70話〜あら?本当に来たのね〜
オトハ様に呼び出された俺は、すぐさま会社を出てタクシーで特区へと向かう。
痛い出費だが、仕方がない。今回は特区案件じゃないから、松本君に送り迎えを頼む訳にもいかないし。
でも、有休は直ぐに取れた。休みの理由も書かなかったのに、星里部長は快く「気にせずに休みなさい」とハンコを押してくれた。
マジで何があったんだ、部長。この前は急に謝ってきたし、俺が管理局に捕まっている間に何が?
いや、今は部長の事より、早く特区へ入る事を念頭に置かなければ。
俺は「毎回検査面倒だ」と思いながら、ゲートへと急ぐ。するとそこには、見知った顔が銃を背負ってゲートに立っていた。
「うぇっ」
「うん?」
つい声を上げてしまうと、そいつが顔を上げる。帽子を被っているから確証を持てなかったけど、そいつは俺を嵌めた鷲尾だった。
なんで、オトハ様傍付きのお前がゲートの門番なんかを?まさか、また俺を迎え撃つために…?
そう思って身構えていたが、鷲尾は帽子を深く被り直し「要件は?」と低い声で聞いてきた。
「蘇芳乙葉様に呼ばれました」
「くっ…」
悔しそうに歯を食いしばる鷲尾。でも、小走りで何処かに行き、帰ってきた時はいつもの上司局員を連れて来ていた。
上司さんが俺を連れて行ってくれるみたいだ。
「おい、鷲塚」
その途中、上司さんが振り返って、鷲尾…鷲塚に呼びかける。
「今週は年末で荷物が多い。くれぐれもチェックを怠るなよ」
「…分かり、ました」
指示された鷲塚は、また悔しそうに奥歯を噛んで走り去る。
どうしたんだ?あいつ。もしかして、傍付きを解任させられたのか?
可哀そうに思う反面、何処か心がスッとしていた。あいつが居ないのなら、検問の安全度は跳ね上がる。彼の様に悲惨な末路を辿るなら、小細工する奴はもう現れないだろうし。
安心して入区の検査を受けるも、やっぱり時間はかかる。朝一で会社を出たのに、特区へ入った頃は日も少し傾いていた。
本当に、近いのに遠い場所だな、特区は。
「おーい。黒川」
ゲートを越えると、そんな声が俺を出迎えた。
佐川さんだ。後ろには、1台のパトカーが。
「佐川さん!もしかして、迎えに来てくれたんですか?」
「ま、まぁな。管理局から連絡があったからよ」
ちょっと恥ずかしそうに言いながら、彼女は徐に長い黒髪をかき揚げる。すると、耳元にキラリと光る物が。
おっ。
「付けてくれたんだ、そのイヤリング」
「ま、まぁな」
頷く彼女。でも直ぐにモジモジし始めて、頬を掻く。
「お前から貰った物だから着けてみたけどよ、やっぱあたしみたいな女には可愛すぎるって。鬼に金棒って奴だよ」
それ、最強って意味だよ?
「良いじゃないか、佐川さん。とても似合っているんだから」
「えっ!そうか?」
嬉しそうに耳を触る彼女に、俺は大きく頷く。
「ああ、自信を持っていいと思う。君は素材が良いんだからさ、きっとドレスとかも似合うよ」
「やめろ!褒め過ぎだ!」
ちょっと怒った風に声を上げる彼女。でも、顔は笑みを隠しきれていない。
そのまま彼女は「ほら、とっとと行くぞ」と俺をパトカーに押し込む。
「蘇芳家に呼び出されたんだろ?何したんだよ、お前」
「プレゼント選びをミスってな…」
道中、俺はここまでの経緯を話し、途中で大きな花束を買って蘇芳家に向かう。
直ぐに良い贈り物が思いつかなかったから、無難な花にしてしまった。一番いい奴を頼んだ筈だけど、値段は5千円もいかなかった。
あのカタログで買っていたら、その10倍は下らなかっただろうに。これでは不安…。いや、大事なのは値段じゃない。特区まで来て、彼女に感謝を伝えたいと言うこの思いが大事なんだ。
「ここが蘇芳家だぞ」
そんな決意で臨んだ俺だったが、パトカーの助手席から見えた大豪邸に怯みそうになった。
何だこれは?屋敷というより、城みたいな大きさだ。庭が公園みたいに広いぞ。
余りの事で口をポカンと開けている内に、パトカーは玄関の前に到着する。そこで待っていたメイドらしき人達が、厳しい顔で近付いて来る。
「おい、黒川。アポは取ったんだろうな?」
「すぐ行きますって、言ったんだけど…」
あれでは申請になっていなかったのかと心配になったが、俺達が名乗るとメイド達は「こちらです」と招いてくれた。
ふぅ。良かった。また捕まるかと思った。
緊張を吐き出し、俺達は蘇芳家の玄関を潜る。外見に違わず、中もお城の様に豪華な内装だった。白亜の大理石に、廊下や階段には真っ赤な絨毯が敷かれていて、歩くたびに足裏を優しく支えてくれる。調度品も高そうな物ばかりで、1つで俺の年収を軽く超えてそう。
やべぇ。益々、このレベルの花束じゃ笑われる気がして来た。
「あら?本当に来たのね」
圧倒されながら廊下を進んでいると、頭上からそんな声が聞こえて来た。見上げると、螺旋階段を降りるオトハ様の姿があった。
「冗談だったのに、本気にしたのね?」
「えっ!?」
冗談だったんかい!
余りの衝撃に立ち尽くすと、それをオトハ様が「うふふふっ」と口元を隠して笑う。
くっ。これは、揶揄われているだけか。ならば…乗るしかない。
「ちょっ、酷いですよ、蘇芳様。ここまで、脇目も振らず全速力で来たんですから」
「当然のことじゃない。私が呼んだんだから」
螺旋階段を降りたオトハ様が、尊大な笑みを浮かべる。
それに、俺は拍手する真似をした。
「すっかりキャラが定着しましたね。これなら、スバル様にも勝てます」
「当然じゃない。もう、あいつの背中も見えているわ」
オトハ様が満足そうに笑う。
そうか。もう、そんなに人気者になったのか。
俺は持っていた花束を恭しく差し出す。
「蘇芳様。あの時は助けて頂き、ありがとうございました。皆さんに助けて頂いたから、今の俺があります」
「そう。良い香りね」
オトハ様は花束を受け取り、匂いを嗅ぐ。そうして優しく笑うも、小さく首を振った。
「でも私は、大したことはしていないわ。ただ、総理からの手紙を持って行っただけよ」
「またまた。そんな謙遜を」
謙虚だなぁと、俺は乾いた笑みを浮かべる。
でも、オトハ様はしっかりと首を振る。そして、
「事実よ。私が何かアクションを取る前に、総理から手紙が届いていた。私は本当に、それを持って局に出向いただけ」
「…えっ?」
それって、最初から総理が俺を知っていたって事?日本のトップが、平社員の俺を把握していた?
なんで?
【クゥ〜ン】
薄らと寒気を覚えたその時、何処からか高い鳴き声が聞こえた。次いで、白と黒のモコモコが足元を通った。
うぉっと?
「あら、ハティ。また部屋から逃げ出してきたのね?」
【クゥ〜ン】
オトハ様の足元でクルクル回っているのは、大きな白黒の犬。
シベリアンハスキーのハティちゃんだ。話で聞いていただけだけど、思ったよりはお利口そうだ。
と思ったけど、口に咥えているそれは、俺がプレゼントしたフォトフレームじゃないか。なんでそんな、ヨダレベトベトで?
「ハティ。だから違うの。これはフリスビーじゃないわ」
フリスビー代わりにされてた!俺のプレゼントがぁ…。
玩具の方が良かったのかな?
「待つんだ!ハティ!」
早く投げて!と、オトハ様に甘えるハティちゃんにほっこりしていたら、上から声が響いた。見上げると、螺旋階段を凄い速さで降りてくる女の子が。
彼女は確か、警察署で会ったオトハ様の護衛。確か…アコちゃん?だったか。
「済みません!乙葉様。ハティの奴、勝手に飛び出し…って、男が侵入してる!?」
俺を見たアコちゃんは、驚きすぎて階段から転げ落ちそうになっていた。でも何とか着地し、オトハ様と俺の間に割って入った。こちらに厳しい目と、警棒らしきものを向けて来る。
「お下がりください!乙葉様。この賊は、私めが成敗して…」
「賊じゃないわ。私が招いた客人よ」
「へっ?」
あっけに取られるアコちゃんに、佐川さんが進み出る。
「そんなに警戒すんなよ。あたしだって居るし。それに、こいつは何度も特区を救ったヒーローだぞ?」
「そんなっ、あり得ません!男が特区を救うなんて。男は世界を壊し、女性が世界を救う。そう教えられて来たではありませんかっ!」
アコちゃんは真っすぐな目を佐川さんに向けて、そう訴える。
なんだかそれって、女尊男卑な考え方だな。まるでフェミニズムみたい。
「なんの騒ぎなの?」
アコちゃんが大きな声を出すから、他の人にも迷惑が掛かってしまった。直ぐ近くの部屋から顔を出したおばさんが、迷惑そうな表情でこちらを睨む。部屋の中なのにお洒落な服を着ているマダムだ。目は鋭いけど、何処かオトハ様に似ている気がする。
オトハ様のお母さんだろうか?
そう予測していると、その女性に向ってオトハ様が深々と頭を下げた。
えぇっ!?あのオトハ様が?
「申し訳ございません、ご当主様。見慣れぬ客人に、ハティ達が興奮してしまって」
ご当主!?この人が?
驚いて彼女を見ると、女性も鋭い目で俺を見る。見透かそうと目を細め、「ふぅ~ん」と冷たく鼻を鳴らす。
でも興味が失せたのか、直ぐに俺から視線を外して、オトハ様に話しかけた。
「丁度良いわ、乙葉。貴女も来なさい。外遊中の総理から、ビデオ会議が繋がっています」
「総理から、ですか?」
「早くなさい」
不安げに聞き返したオトハ様に、しかし当主は冷たく切り上げて部屋に戻ってしまった。
何と言うか、冷たい人だ。当主だから忙しいのかもしれないけれど、実の娘にアレはなかろう。
「オトハ様。俺達は適当に帰りますので、お気になさらないで下さい」
俺は表情だけで「頑張って」と伝えて、その場を去る。
去ろうとしたところに、オトハ様の「あら?」と言う声が待ったを掛ける。
「何を言っているの?黒川。お前も来るのよ」
「うぇっ!?お、俺も?」
驚くと、オトハ様は「当然でしょ?」と首を傾げる。
そして、妖艶に微笑んだ。
「だって、気にならないの?日本のトップが何故、貴方を助けたのかを」
た、確かに。
俺はただただ、頷くしか出来なかった。




