69話〜なんでお前、あんなの贈ってきたんだ?〜
先週の金曜日。それはもう、大波乱であった。
クリスマスプレゼントの最終受付であったその日は、男性達が銀行やコンビニにごった返していた。江川部長の読み通り、締切日は大変な混雑となり、手続きが間に合わなくて轟沈した人も少なくなかった。
まさに、ブラックフライデー。ニュースでも、悲惨な男達の特集が組まれる程だった。
それとは打って変わって平和だったのが、一昨日と昨日。
いよいよクリスマスの本番という週末の2日間だったが、街は嘘のように静かになっていた。金曜日はあれだけ走り回っていた男達は何処にも見当たらず、子供達が元気に駆け回る声ばかりが響いていた。
まるで元旦の昼間みたいだ。きっと、プレゼントを贈った人達は家に籠っていたのだろう。家で届くことを祈っていたのか、はたまた散財し過ぎて出られなかったのか。
…後者臭いな。
そうして、今日は月曜日。
ただでさえこの曜日は憂鬱になる事が多い中、今日は特にその色が濃い。
それもその筈。今日は、松本君が言っていた魔のイベント。ブラッククリスマスだ。
ピンポーン!
「お届け物で~す」
「ひぃ!うそだよぉおおおお!」
朝。
俺が出社の為に外へ出ると、部屋のすぐ横でこんな会話が交わされていた。疲弊した配達員さんの前で、小さな箱を抱きながら絶叫するお隣さん。
きっと、プレゼントが返って来てしまったのだろう。見れば、向こうの部屋でも、その下の階でも同じような光景が広がっていた。
ブラッククリスマス。まさにその名前に相応しく、あちらこちらで怨嗟の声が響いていた。
そしてそれは、会社でも同じだった。
「おはようございまーす!」
「「……」」
いつもなら、先に来ている人達から返事が返ってくるのに、今日は誰1人反応してくれない。確かに、いつもより人は少なめだ。でも、居ることは居る。
居るけど、みんな目が死んでる…。
「おう、黒川」
みんなの様子に唖然としていると、後ろから声がした。振り返ると、煙草をくわえた係長が青い顔で手を上げていた。
随分とやつれている。
「おはようございます、岩本さん」
「その様子だと、お前は返品が無かったみたいだな」
「ええ」
来てない筈だ。ポストも確認したし、配送業者からのメールもない。今日は配送物が大量だからと、業者も増員して早朝から対応しているみたいだから、返品物が遅れているって線も薄いだろう。
だから…係長はだめだったんだろうか?
そんな俺の思いが顔に出ていたのか、係長が「俺か?」と皮肉な笑みを浮かべて煙草を落とす。
「俺はな、5つ贈って3つ返って来た」
「おおっ」
それって、2つは受け取って貰えたってこと?
そう思ったけど、係長は首を振った。
「そんで、返って来なかった2つは、局に没収された」
「えっ!?」
そんな、横暴な。
「仕方ねぇよ。その2つは女性ものの化粧品と、ランジェリーだったからな」
なんでも、そういう女性色が強い物品は局が回収してしまうんだとか。回収された物の代金は、送料と手間賃を引かれて返ってきてしまうとのこと。
係長は深いため息を吐き出して、落ちた煙草も拾わずに行ってしまった。
余程ショックだったのだろう。吸おうとしていた煙草は逆であった。
「おは…」
「うぅ…」
「はぁ…」
その後に出社してくる人達も、みんな目が死んでる。落ち込み過ぎて、何時倒れてもおかしくない人ばかりだ。星里部長なんて、一気に20歳くらい老け込んだように見えた。
マジで地獄絵図だな。
「(小声)おはよございます」
始業ギリギリで駆けこんで来たのは松本君。デスクに着くなり、顔を伏せて倒れ込んでしまった。顔は分からないけど、耳が真っ赤だ。
もしかして…風邪か?
「(小声)まっちゃん。まっちゃん」
心配だったので、就業開始のチャイムが鳴る中、俺は彼の隣に座る。そして、震える彼の肩に手を置く。
「無理すんな、まっちゃん。しっかり休め。インフルエンザなら、治るまで特別休暇が使えるぞ?」
「いえ、先輩。風邪ではないんです」
そう言って上げた彼の顔は、やはり赤い。でも、目がキラキラと輝いていた。みんなとはまるで真逆。
これって…。
「もしかして…?」
俺がサムズアップを送ると、彼は大きく頷いた。
おおっ!
嬉しくなった俺は、自販機に急ぐ。そこでコーヒーを2本買って、その内の1本を彼に渡した。それに、自分の缶を軽く当てる。
乾杯。
「おめでとう」
「ありがとうございます」
「それで…(小声)誰に贈ったんだ?」
「(小声)オトハ様です」
マジか。
「凄いな。良く、受け取って貰えたな」
この会社でも、彼女に贈った人はかなり多い。その誰もが悲しい顔をしていたのに…。
俺が驚くと、松本君は「いえいえ」と首を振る。
「先輩には敵いません。だって、皆さんに贈って、誰からも返品が無かったんでしょ?」
「まぁ、有難いことにな」
鈴木さん。佐川さん。オトハ様。
お世話になった彼女達3人に、心ばかりのお礼を贈らせて貰った。本当にセンスは壊滅的だったから、受け取って貰えたのは彼女達の優しさだろう。
それでも、俺は十分嬉しかった。
「ほら、先輩。僕が言った通りだったでしょ?やっぱり先輩は、皆さんに信頼されているんです」
「それは…そう言うまっちゃんだって、オトハ様に気に入られたって事じゃないか?」
「僕は、ほら、先輩の救出でお世話になりましたし」
ああ、その時か。
そう言う意味では、彼にも贈るべきだったんだよな。お土産は渡したけど、あれでは足りない恩がある。
そうするべきかと悩んでいると、スマホが鳴る。心が踊るメロディーだ。
「もしもし?鈴木さん」
『おはようございます、黒川さん。実は、少しお願いがありまして…』
お願い?
詳しく聞こうとするも、彼女は『WEB会議を開かせて欲しい』と依頼するだけ。
なので、俺は手早く準備し、防音室でパソコンを開いた。
すると、
『よ、よぉ。黒川。見えるか?』
今日の会議室には、3人目の接続があった。
佐川さんだ。
「ああ、バッチリ見えるよ佐川さん。おはよう」
『おう。おはよう…』
制服姿の佐川さんは、いつもの元気が無くモジモジしていた。場所は警察署からみたいだし、周りに気を使っているのか?それとも、WEB会議に慣れていないのか。
どうしたのかと佐川さんを見ていると、鈴木さんがパチンと手を合わせた。
『今日はですね。黒川さんにお礼が言いたくて、会議を開かせて頂きました』
「お礼って…もしかしてクリスマスの?」
『はい。そうなんです』
「そんな、態々いいのに」
そう言ったが、彼女達の律儀さに笑みが零れてしまう。
鈴木さんは手元のケースを取り上げ、中から薄桃色の万年筆を持ち上げる。こちらに、笑顔と共に向ける。
『素敵な万年筆を、ありがとうございます。大切に使わせて貰いますね』
「うん。喜んでもらえて、俺も嬉しいよ」
本当に、喜んで貰えて良かった。年頃の女の子に万年筆はどうなのか?とも思ったが、室長にもなった彼女の勤勉さを考えて、これにしたんだ。
俺のセンス、何とか及第点か?
『ほら、カンナさんも』
『あ、ああ』
鈴木さんに急かされて、佐川さんが頬を掻く。
『あ、あのよ、黒川。なんでお前、あんなの贈ってきたんだ?』
えっ!?
「もしかしなくても…気に入らなかったか?」
返品されなかったからOKかと思ったけど…無理に受け取っちゃったのか?
やっちまったと冷や汗を流していると、佐川さんは『そうじゃねぇ!』と慌てた様子で手をバタバタした。
違うのか?
『そうじゃなくてよ。あたしなんかには、似合わないっていうか…』
『カンナさん、黒川さんから何を頂いたんですか?』
『い、いや。あの、何って、別に、何でもねぇよ』
誤魔化し方が下手だな、佐川さん。そんなに顔を真っ赤にしていたら、誰だって気になってしまうだろ。
ここは、助け船を出した方が良さそうだ。
「2人に喜んで貰えて、安心したよ。いつもお世話になっているし、この前は区外まで助けに来てくれたからさ。少しでも、感謝の気持ちを伝えられたらって思ってね」
『そんな、感謝しているのは私の方ですよ。いつも助けて貰っていますし、凄く勉強になっているんです』
『あたしも、今年は楽しかったよ。ありがとな』
そんな事を言われたら、ついつい天狗になってしまいそうだ。
俺は2人と「来年もよろしく」と挨拶を交わして、WEB会議から退出する。その後も、暫く防音室でボーっとしてしまった。
心の中が、とても温かい気持ちでいっぱいだった。俺のプレゼントに喜んでもらえた安心感と、直接お礼の言葉を掛けてくれた喜びとで満たされて、暫く仕事に戻りたくないと思ってしまった。
凄く幸せだ。俺ばかり、こんな幸せで良いのだろうか?何か、良くないことが起きたりして…。
そんな事を思ってしまったからか、電話が鳴る。表示される名前は、〈支社長〉の3文字。
嫌な予感がする…。
「黒川です。何かありましたか?支社長」
『…何かじゃないわよ』
うぇっ!?
この声は、オトハ様!?
「済みません!蘇芳様。てっきり、支社長かと…」
そうだった。支社長はまだ、自動転送を使っているんだった。
悔やむ俺に、オトハ様が『ねぇ、黒川』と話しかけて来た。
『昨日は何をする日か知っているかしら?』
「えっ?ええ。昨日はクリスマスですよね?皆さんに、プレゼントを贈れる唯一の日で…」
何でそんな事を聞くのだろうか?
不思議に思っていると、オトハ様は『そうね』と艶めかしく肯定する。
そして、
『それで?貴方はいつ、私にプレゼントを贈って来るのかしら?』
「へぇ?」
ど、どういう事だ?まさか、届いていない?
「蘇芳様。実はもう、贈っていまして。ハティちゃんと一緒に写れるペットメモリアルプレートをですね?」
『あら?でもそれって、ハティへの贈り物よね?』
なっ!?えぇっ!
ノーカン!?俺のプレゼントは、ノーカンなの!?ワンちゃんのプレゼントって事で、処理されちゃったってこと?
絶望する俺に、電話口でオトハ様が妖艶に呟く。
『それで?私へのプレゼントは、いつ届けてくれるの?』
「いっ、今すぐに向かいます!」
反射的に言ってしまい、俺は慌てて防音室を出る。
こりゃ不味い。早く、プレゼントを持って行かないと!
あの佐川さんがモジモジ?
一体、何を贈ったんです?




