68話~自信を持ってくださいよ~
「おーっし。それじゃあ、黒川の出所を祝いましてぇ~」
「あと、特区の出張大成功も祝いまして」
「「「かんぱ~い!」」」
係長達の合図で、みんなが陽気な声を上げる。
ところ変わって、ここは居酒屋。
急にオフィスで試飲会が始まってしまい、どうなるのかと思ったら、結局ここへとたどり着いてしまった。
みんな乾杯の前から出来上がっており、赤ら顔で楽しそうに飲んでいる。普段は参加しない部長達まで、今日はみんなと仲良く笑い合っている。
お酒の力ってすげぇ。
そうして、完全に出来上がったみんなは、口では俺の祝いだと言いながら、もう楽しければ何でもOKって雰囲気で自由にやっている。
なので、俺も誕生日席から移動して、端っこにいた後輩を捕まえた。
「まっちゃん。ちょっと良いか?クリスマスについて教えて欲しいんだが…」
岩本係長の発言を受けてから、俺はずっと気になっていた。
女性に想いを伝えるって、一体何なんだ?
「クリスマスですか?僕もそんなに詳しくないですけど…」
そう前置きした彼だったが、俺からしたら十分過ぎるくらいに詳しかった。
クリスマスが今月の25日だとか、24日がイブだとか。そう言う基本的仕様は一緒。違ったのは、その中身。
「クリスマスは特別な日なんです。特区にいらっしゃる女性の皆様に、僕達から贈り物をしても許される唯一の日なので」
「贈り物…」
「はい。プレゼントです」
普段、我々から特区へ個人的に何かを届けることは不可能である。物品は勿論の事、電話や情報ですら遮断されてしまう。
だが、このクリスマスの日は特別らしい。我々からプレゼントを贈っても、特区の検問で弾かれないのだと。
ただし、
「何でもかんでもプレゼントすることは出来ません。管理局が用意したカタログから選んで、それを贈ります」
事前に管理局が精査した物品があるらしく、我々はその中から希望のプレゼントを選び、お金を収めて購入するらしい。
購入と言っても、物品が直接我々の手元へ届く訳では無い。購入したプレゼントは管理局へと届けられ、そこから女性の元へと送られる。我々が出来るのは、お金を出すことだけ。
なんだか寂しいが、それでもみんなこの日を待ち望んでいたらしい。数少ない、個人で女性に奉仕出来る日だから。
でもさ。
「本当に届いているか分からないんじゃないか?」
捻くれた見方だが、管理局がちゃんと渡してくれる保証はない。下手したら、商品すら買わないかも。
そう危惧したけれど、松本君は悲しそうに首を振る。
うん?
「贈られたプレゼントには、それを購入した男性の情報も付きます。それを見て、女性は受け取るかどうかの選択が出来るんです」
「…つまり」
嫌な予感がして、俺は恐る恐る聞いてみる。
松本君が項垂れる。
「殆どのプレゼントは受け取り拒否されて、購入者の元に戻ってくるんです」
「おぅ…」
そりゃ、誤魔化せないわ。
「なので、12月26日はブラッククリスマスって呼ばれています」
そんなクリスマスは嫌だ。
「なるほど。なら余計に、プレゼント選びは慎重にしないとな」
「はい。事前に慰問会とかで趣向を把握し、みんなと被らない様にするんです」
…もしかして、ネットで女性個人の情報が流れ難いのって、この日の為なのか?
上手いこと情報管理しているなぁと、俺は管理局を感心した。効率的な飴の使い方だ。
「まっちゃん。そのカタログって、何処で手に入るんだ?」
「管理局のホームページにも載っていますし、警察署や役所で配布もしてますよ。ほら、ここです」
松本君がスマホを見せて来る。
なるほど。かなりのジャンル、種類を扱っているみたい。値段も結構するな。花束1つで1万円か。配送料とか作業費も込みなんだろうな。
「ありがとう、まっちゃん。今日帰ったら探ってみるわ」
「急いだ方が良いですよ。今週の金曜までにお金を振り込まないと、受付終了ですから」
やっべ。あと2日じゃないか。こりゃもう、飲み会どころじゃないぞ?
俺はビール片手に冷や汗をかいた。
「マジで色々あるな」
二次会へ行こうとする奴らの包囲網を掻い潜り、俺はなんとか我が家に帰還した。そして、久々のボロアパートを懐かしむのも程々に、パソコンの電源を付けてカタログをスクロールする。
本当に商品が多いな。花束もあればお菓子もあるし、洋服やアクセサリー、家具や家電なんかもある。オススメで出てきたのは、なんと高級外車だ。
誰が買うんだよ。こんな億を超えたプレゼントなんて。
「ああでも、金を掛ければ受け取ってくれるって思っちゃう奴が居るんだろうな」
俺も婚活をしていた時は、良い服に良い店を選ばなきゃって焦ったもんだ。だが結局、上手くはいかなかった。お金じゃなくて、相手の事を考えるべきなんだ。
きっと、それはこの世界でも一緒。高級車を贈ったところで、鈴木さん達は困ってしまうだろうから。
「相手の事を考えて…相手が一番欲しいと思う物を買う…」
それが難しい。考えれば考える程、何が良いのかが分からなくなってくる。
鈴木さんに合う物。鈴木さんが求めている物…。
「佐川さんは、酒一択なんだがなぁ…」
いや、それもどうなんだ?地酒を貰ってしまったし、同種を贈るのは失礼じゃないか?彼女の事も、もっと考える必要があるぞ。
「う~ん…」
俺は悩みながらスクロールするも、結局その日は決まらなかった。
そして、翌日。
出社時間ギリギリまで悩んだけど、結局決まらず。俺は自転車に飛び乗り、会社に向かう。
俺が今悩んでいるからか、道行く人達も同じく悩んでいる様に見えてしまう。
スマホを必死にスクロールしている人は、プレゼントを選んでいる最中なのかと。血走った目でパチンコの行列に並んでいる人達は、プレゼントで散財してしまったのだろうかとか。
ちらっと見かけた屋外広告には、〈即日!安心ローン。これでクリスマスプレゼントもワンランクアップ!〉なんて謳い文句が躍っていた。
…これは、俺の勘違いじゃない。この世界の男性、マジでクリスマスに全力投球だ。
そしてそれは、会社の男達も同じだった。
昼休み。
自席で昼飯を食いながらスマホをスクロールしていると、営業部から声が聞こえる。
「おい、前田。もう決めたか?」
「まだですよぉ~。係長は決められたんですか?」
「決まってたら、こんな話しねぇよ。部長はどうしました?」
「俺はもう振り込んだぞ。金曜ギリギリだと、送金が間に合わない可能性があるからな」
「やべぇ。今日中に決めねぇと」
みんな、ギリギリまで悩んでいる様子。
そして…俺もやべぇ。そろそろ決めないと。
「先輩、先輩」
頭を抱えながらスクロールしていると、松本君が話しかけて来る。空いてる隣の席に座り、こちらに朗らかな笑みを向けて来た。
「そんなに焦らなくても、先輩なら大丈夫ですよ」
「そう言ってくれるのは嬉しいがね、まっちゃん。俺のセンスを舐めてもらっちゃ困るぜ?」
壊滅的だからさ。
「自信を持ってくださいよ。先輩は誰より、皆さんと交流が深いんですから。きっと、何を贈っても受け取ってくれます」
「そうかね?」
「そうですよ。でなけりゃ、お土産なんて貰えません」
…それもそうだ。
彼女達とは、それなりに親交を深めて来た。苦難も共に乗り越えて来たし、共に笑い合った。
とても楽しい時間を過ごさせてもらった。
「時間…」
そうだよな。俺は他の人達の何倍も、彼女達と接してきた。その豊富な経験から、プレゼントを選ばなきゃ。
「ありがとう、まっちゃん。何か見えた気がするよ」
「いえいえ。お互いに頑張りましょう。これ、勝負ケーキです」
聞き慣れない単語を放ちながら、松本君が蒸しケーキを差し出してくる。
その…なんだい?勝負ケーキって。
「プレゼントを受け取って貰えるようにって願掛けして、ケーキを食べる。それが、クリスマスの習わしなんです」
…尽く嫌なイベントになっているぞ、この世界のクリスマスって。
色々とシュールなクリスマスに戸惑いもしたが、俺は何とかプレゼントを選ぶことが出来た。そして、定時の鐘と共にダッシュして、最寄りのコンビニに駆け込んだ。
クレジット決済が出来なかったからね。今時現金のみなんて、ホントに昭和みたいだ。
そんな愚痴を零しながら入店すると、そこには長蛇の列が出来ていた。
なっ、何が起きて?
「俺はナナ様に、2カラットのダイヤモンドの指輪をプレゼントする!」
「「「おぉお…」」」
「俺はスバル様だ!彼女に100万円の純金マイクを贈るんだ!」
「「「おぉお…!」」」
どうやら、彼らもクリスマスプレゼントを贈る為に来店しているみたいだ。しかも、今並んでいる人達は随分と奮発しているみたいで、札束をバンッ、バンッ!とレジに置いていた。とても、そんな大金が払えそうな身なりをしていないのに。
…これは、ローン会社が張り切る訳だ。
そんな彼らの中に、更なる強者が現れる。アタッシュケースをドンと置いた老人は、「はぁ、はぁ」言いながら用紙を記入する。
そして…。
「儂はこれで、千代子様にフェラーリを贈るんじゃ!」
「「「うぉおおお!」」」
「爺さんやるぅ!」
…まさか、あの外車を買うなんて。
でも千代子って、何処かで聞いた名前だな?
「お次の方、どうぞ」
そんな風にみんなのプレゼント宣言を聞いていたら、あっという間に俺の番となっていた。
案外、楽しい時間だった。
「ええっと、お客様。これだけ…でしょうか?」
俺がスマホのバーコードを見せ終わると、店員が困惑した顔をこちらに見せる。
何か買い忘れがあるかと画面を見直すが…うん。ちゃんとみんなの分買っている。問題なしだ。
「はい。以上です」
「か、かしこまりました。では3点のお買い上げで、46,580円になります」
ぐっ…。結構いったな。こりゃ、今月ピンチだ。
俺が財布から万札を取り出していると、後ろでクスクスと笑い声が漏れる。
うん?
「4万とか、どんだけ金ねぇんだよ、この兄ちゃん」
「俺でも70万だわ。ローンも通らないのか?こいつ」
…ふん。プレゼントは金額だけじゃないんだぞ。
ただ金だけで計ろうとする奴らに負けたくなくて、俺は胸を張って振り返る。そのまま、堂々とコンビニを出ようとした。
のだけど…。
「おいっ!この人、黒猫さんだ!」
「「「うぇっ!?」」」
並んでいた客の1人が俺を指さし、その声を聞いた奴ら全員が驚きで目を見開いた。
ぐっ…。もうそんなに広まっているのか?その恥ずかしい二つ名。
俺が怯んでいる間にも、彼らはぞろぞろとこちらへ集まって来る。俺を見て、俺が払い終わった会計画面に目を向ける。
「マジか!黒猫さん、4万しか使わなかったのか!?」
「こりゃ不味いぞ。今年のトレンドは、低価格帯なのかも」
ザワザワが広がり、さっきまで笑っていた奴らがレジに駆け込む。
「くそっ。おい、店長!俺のダイヤ返してくれ!返品だ!他のを注文する!」
「俺の純金マイクも返してくれ!」
「無理ですよ、そんな。支払い後の返金は出来ません!」
「「そんなぁ〜!!」」
絶望する人達の間をすり抜けて、俺はコンビニを出る。
締まりつつある自動ドアの前で振り返ると、床に泣き崩れる男性達の姿があった。
だからさ、プレゼントって言うのは、気持ちが大事なんだって。
返品された純金マイクは、どうするんでしょうね?
「既に返品前提なのが、悲しい世界だな」




