67話〜しっかりと計画を立てないとですね〜
「そんじゃ、今度こそゲートに行くぞ」
「ああ。寄り道してくれてありがとう、佐川さん」
「任せとけって」
足立区の現状を確認できた俺は、安心して帰路に立つことが出来た。
まだ若い人達は奉仕の精神を忘れられない様だったが、何時かそれを見直してくれる日が来てくれると嬉しい。自己犠牲で回る社会なんて、そんなの正常ではなから。
「なぁ、黒川。お前、本当に戻るのか?」
「うん?」
車窓から流れる景色を見ていると、隣の席に座る佐川さんが徐に話しかけてきた。
戻るって言うのは、区外へって意味だろう。そりゃ、向こうに住居も働き先もあるんだから、戻るのが当たり前だと思うんだが…。
不思議に思いながら、俺は「まぁ、そりゃなぁ」と曖昧に返す。
すると彼女も「ふ〜ん。そっか」と、気の無い反応をしてくる。
ちょっとした話題作りだったのかな?
そう思ってまた車窓に視線を戻そうとすると、
「別に、うちに泊まっても良いぞ」
「ぶっ!」
しれっと、爆弾発言を投下してくる佐川さん。あまりの事で、俺は吹き出してしまった。
窓フキフキ。
「何を言い出すんだ、佐川さん」
「なんだよ?一応、綺麗にしてっぞ?あたしの部屋」
いや、そこを気にしている訳じゃないぞ?
「それともあれか?やっぱ、あたしみたいなデカいのは怖いか?」
いやいや!それこそ勘違いも甚だしい。
「そう言う事じゃない。そうじゃなくて、男をそんな風に部屋に上げるのは、君にとって危険な事なんだ」
「何が危険だ?あたしの方が強いぞ?」
…それはそう。情けないけど、この前は投げ飛ばされたし。
俺が肩を竦めていると、佐川さんがグイッと体を寄せて来る。
「良く分からんけど、問題がないなら良いんじゃないか?それとも、やっぱうちに来るのが嫌なのか?」
「嫌ではないよ。お呼ばれしたこと自体は…その、凄く嬉しいんだ。君に認められたと言うか、仲間として親密に…」
「そんじゃ決定だな!先輩、行き先変更。あたしンちで!」
「人の話を最後まで聞いてくれ!」
先輩さんも、しれっと交差点を曲がろうとしないでくれ。そこ、直進ですからね。
そんな、意味の分からんドタバタが車内で繰り広げられたが、車は何とか葛飾区のゲートまで辿り着いた。
だが、そこでもまた一悶着があった。
ゲートの前に、見覚えのある車が止まっていたのだ。
ついでに、とても聞き覚えのある声も。
「黒川さん!」
「鈴木さん?」
パトカーから降りると、不安げな顔をした鈴木さんが走って来た。
…これは、何かあったのか?
「どうしたんだ?鈴木さん。まさか、また新たな案件か?」
それとも、足立区が発言を撤回してきたか?あいつらだったら平気でしそうだもんな。
そう心配した俺の予想を、鈴木さんは小さく首を振って否定した。
「いえ。それは無いのですが…ちょっと、心配で…」
「心配?」
一体、なんの心配?
「はい。あの、黒川さんがまた捕まらないかと」
…あっ、そう言う事?
「そういや俺、来る時に逮捕されたんだったな」
オトハ様の傍付きに騙されて、後ちょっとで終身刑になるところだった。
その事を思い出してポンと手を叩くと、鈴木さんがムッと口を固く結ぶ。
「もうっ、黒川さん。そんな大切な事、忘れないでください」
「ごめん、ごめん。その後の案件があまりにも大変だったから、つい記憶が薄れてしまって」
俺が両手を合わせて謝ると、後ろの佐川さんが「まぁ、大変だったもんな」と援護してくれる。
ありがとう、佐川さん。そして鈴木さんもね。俺がまた捕まるんじゃないかと、心配で見送りに来てくれたなんて。
鈴木さんらしいなと思って彼女のふくれっ面を見ていると、彼女は急にモジモジし始めた。
うん?
「あの、黒川さん。やはり戻るのは危険ですので、暫く特区へ滞在されては如何ですか?また捕まったら大変ですし。それに、ここにいればすぐ現場に行けますよ?もし宿泊先でお困りでしたら…う、うちに泊まって頂いてもっ」
「えっ!?」
鈴木さんまで?
俺は驚くと同時に理解した。佐川さんが誘った理由も、同じだったんだと。
確かに、管理局は信用ならないけどさ…俺も信用ならないからね?同じ部屋になるだけで限界だったのに、2人の部屋に行ったりしたらもう、狼を抑えきれないかもしれないよ?
そう思ったので、俺は冷静に断った。
「2人ともありがとう。そんなに心配してもらえて、凄く嬉しいよ。でもな、やっぱり帰らないと。向こうで俺を心配している奴らも居るし、狭いけど家もある。何より、まだやりかけの仕事もあるからね」
「黒川さんらしいですね」
そう言って、鈴木さんは寂しそうに笑う。
済まないな。
「よぅしっ。ならせめて、黒川が無事に帰れる様に見送ってやるよ」
そう言って、佐川さんがズカズカとゲートへと向かう。
えっと…見送るって、何処まで来る気?
そう思いながら彼女の背について行くと、黄金扉の前まで来てしまった。しかも、佐川さんは向こうの男性局員に「お前ら、また変な事したら承知しないぞ?」なんて脅すから、みんな卒倒してしまった。
いや、過保護が過ぎる。
「黒川さん。お気を付けて」
鈴木さんが心配そうに見上げて来る。
帰り辛い。
「これも持ってけよ、黒川。土産だ」
佐川さんからは、紙袋を貰う。何かと思ったら特区名産の地酒らしい。
全く、佐川さんらしいな。
「2人ともありがとう。じゃあ、またね」
俺が手を上げると、2人も大きく手を振る。
「行ってらっしゃい。黒川さん」
「早く向こうの仕事、片付けて来いよ?」
…いや、2人とも。笑顔で見送ってくれるのは嬉しいんだけどね。その言い方だと、まるで区外に出るのが出張みたいに聞こえるんだけど?
複雑な気持ちを抱えたまま、俺は黄金扉を潜った。
「いやぁ〜。良かったですよ。無事に帰ってこられて」
運転席の松本君が、しみじみと言う。
俺は助手席で、彼に向って頭を下げる。
「ありがとうな、まっちゃん。君のお陰で、無事に釈放されたよ」
佐川さんが脅してくれたからか、退区の手続きはスムーズに終わり、昼過ぎには壁の外へ出ることが出来た。今は、そこで待機してくれていた松本君に送ってもらっている所だった。
あっ、そうそう。その佐川さんの脅しが、別の方向でも効いたんだ。
「そのお礼って事じゃないんだけど、特区の中でお土産を買ってきたんだ。これが、まっちゃんの分」
俺は元々準備していたお土産に、佐川さんのお土産をプラスして松本君に見せる。すると、彼は嬉しそうな声を上げる。
「へぇ。そんなにいっぱい持って帰ってくれたんですね。検問が厳しいのに、流石は先輩です」
「俺の力じゃない。警官の佐川さんが牽制してくれたお陰だ。それで、早めに検問も抜けられた。その彼女からのお土産が、この地酒だ」
「おぉっ!!」
松本君は痛く感動し、運転中だと言うのに、こちらにキラキラした目を向けて袋を凝視した。
バカバカ!前見ろ!前!
車が大きく蛇行したが、何とか事故らずに済んだ。あと一歩で大事故だったと言うのに、松本君は鼻歌混じりで喜ぶ。
「こんなに素敵なプレゼントを貰っちゃったら、お返し頑張らないとですね」
「おっ。そうだな。ちゃんとお返ししないとな」
佐川さんだけじゃなく、前回は鈴木さんも送ってくれたからね。日頃の感謝も込めて、何か贈り物をした方が良いかも。
「何を送ったら良いか、考えないとな」
「ですね。しっかりと計画を立てないとですね」
…うん?計画?
どういうことか、松本君に聞こうとした。けれど丁度会社についてしまったので、俺は降りる準備を優先した。
さて、みんなにも迷惑を掛けてしまったからな。先ずはお詫び行脚だ。
そんな覚悟でオフィスに顔を出すと。
「「「お帰り!黒川!」」」
みんなが一斉に、俺に向けてクラッカーを打ち鳴らす。
なんだ?なんだ?と現状を把握しようとしている内に、みんながわらわら集まって来る。先頭の岩本係長が、俺の肩をバシバシと叩いた。
「おめぇ、よく帰って来れたな。えぇ?終身刑になるかもしれなかったんだろ?」
「捕まったって聞いた時は、耳を疑ったぜ」
「速攻で釈放されたって聞いた時はもっとだ!」
みんながみんな、俺に笑顔を向け、至る所を突いたり叩いたりして来る。
それが、何よりも嬉しかった。これだけ騒がせてしまったから、最悪無視されるかもと思っていたから。
俺は目頭が熱くなって、慌ててリュックを下ろして中身を確認するフリをする。そこから、幾つもお土産を取り出す。
「済みません!皆さん!大変お騒がせしました。これ、ホンの気持ちです。皆さんの為に、特区の名物を買ってきました!」
「「「おぉおおお!」」」
お土産を渡すと、みんなが歓喜に湧き立つ。早速箱を開けて、お菓子をみんなで分け合う。
そこに、松本君が進み出る。
「みなさーん!佐川様からのお土産もありまーす!特区の地酒だそうでーす!」
「「「うぉおおおおお!!!」」」
みんなが歓喜にむせび泣く。
それだけ喜んでくれたのは嬉しいが…良いのか?まっちゃん。それは君にあげようと思ったんだぞ?
そう言う思いで見詰めると、彼は小さく首を振った。
…出来た後輩だ。
「うめぇ。うめぇよ」
「これが特区の酒か。まさに女神の雫だ」
松本君に気を取られていると、いつの間にか試飲が始まっていた。
おっ、おいおい。
「係長。それは流石に不味いんじゃ?就業中ですよ?」
「ばっか、お前。黒川の出所祝いだ。仕事どころじゃねぇ!」
「良い事言うな、岩本は。おいっ。忘年会で飲む予定だったビール持ってこい。お神酒も開けるぞ!」
係長や江河部長が言うもんだから、みんなドンドン酒盛りの準備を進めて行く。
良いのだろうか?
「良いよ、良いよ。杉森さんには、私から言っておくから」
柔和な笑みの星里部長が、力強く頷く。
意外だな。部長って、こういう事には厳しいと思ったのに。
珍しい事もあるもんだと思っていると、部長が俺の肩を軽く叩いて囁く。
「済まんかったね」
えっと…何がです?
「おう、黒川。お前も飲んどけよ」
支社長室へ向かう部長の背を見ていたら、係長が絡んで来る。佐川さんのお酒を持ってきてくれた。
有難い。
「…おおっ。かなり辛口」
「なぁ?いい酒だよな。こんな良いもん貰っちまったら、おめぇ、クリスマスは奮発しねぇとなんねぇぞ」
…えっ?
「クリスマス?」
なんで、地酒と関係があるんだ?
訳が分からず、俺はマジマジと係長を見詰めてしまった。すると、彼は「なにを惚けてんだ」と俺の頭を叩く。
そして…。
「クリスマスはよ、俺達の想いが女性に届く唯一の日だろうが」
「……えっ?」
それって…どういうこと?
女性が少ないこの世界でも…。
クリスマスって、あるんですね。
「我々の知る、クリスマスかどうかは怪しいものだがな」




