7話~私が対応します~
※今話は、他者視点です。
「他者視点?」
黒川さん以外の方が、語り部と言う事です。
「おはようございます」
「あっ、おはよ。美夜子ちゃん」
朝。出社すると、受付の中に先輩が居た。なんで社長秘書である先輩がこんな所に居るのだろう?って不思議に思ったけれど、聞いてみると受付の子が病欠で、彼女の代わりに入っているそうだ。
「大変ですね」
「ううん。ただ座ってるだけだから、秘書より楽なもんよ」
先輩は朗らかに微笑み、またスマホに視線を落とす。
確かに楽だとは思う。社外からの訪問者なんて殆ど来ないし、来るのは見知った同僚ばかり。しかも、その彼女達も暇を紛らわしに来るだけ。
先輩が言うように、ただ座っているだけとも言える役職だ。
「秘書は大変だよぉ。毎日コーヒー淹れなくちゃいけないし。社長のデスク拭かなくちゃいけない。会議に出なくちゃいけない時もあるし」
「大変ですね」
でも羨ましい。私も、そういう重要な仕事をしたいなって思う。正直、私達が任されている業務なんてお遊びみたいなものだから。
「ホント大変。この前なんて、男の面談に付き合わされたりしたんだよ?」
「えぇっ!男性、ですか?」
聞いただけで気が滅入ってしまう。男性と面談なんて…そんな大変なことまでしなくちゃいけないのなら、確かに秘書は大変な仕事だ。とても、私には務まらないと思う。
「あっ」
大変。つい、先輩と話し込んでしまった。もうすぐ定時になる。
「失礼しますっ、先輩」
「そんな慌てなくても、誰も怒ったりしないよぉ~」
それはそうですけど、でも、私はちゃんとしたい。私くらいは、しっかり仕事に向き合いたいんです。
「おはようございます!」
意気込んでデスクまで来たものの、まともに就業をしている社員は殆どいなかった。みんな固定のグループに分かれて、楽しそうに談笑している。
昨日のドラマがどうだったとか、ディナーは何処に行ったとか、王子の講演会に幾ら使ったとか。
就業後だったら、別に問題ないと思うけど…今はもう仕事が始まっているのよ?せめて、パソコンの前に座った方が良いと思うわ。
そうは思いながらも、私は何も言わずに着席する。粛々と、自分の仕事を始める。
簡単な業務でも、工夫したら楽しくなる…筈だから。
「きゃはははっ!」
やっと集中し始めた時になって、何処からかの馬鹿笑いがそれ断ち切ってしまった。声の方を見ると、向こうのデスクで何人かが集まり、誰かを囲んで盛り上がっていた。
就業開始から30分。流石にちょっと注意しなくちゃ。大声を上げているのは、私の同期みたいだし。
「鮫島さん。何の騒ぎなの?」
「うん?ああ、鈴木さん。ほらいつもの入社テストよ」
ニヤリと笑う私の同期は、そう言いながら隣の女子社員の肩に手を乗せる。途端に、その子は肩をびくりと跳ねさせる。
名前は憶えていないけど、確か今年入社した子よね?
「いつものって、またアレをやらせてるの?」
「そう、アレよ。貴女も見ていく?」
途端に下卑た笑みを浮かべる鮫島さんに、私は呆れてしまって、ついため息を吐いていた。
「やめてあげて。私達だってソレをやられて、辛かったでしょ?」
「これも立派な業務よ?しかも、社長直々に任されたお仕事。それを、後輩に譲ってあげてるんだから、私って優しい先輩でしょ?」
そう言って、ピカピカのアタッシュケースに手を乗せる鮫島さん。
優しいって…貴女が任された仕事を、ただ後輩に押し付けているだけじゃない。私達もやられたからって後輩にもやってたら、何時までも負の連鎖が終わらないわ。
…そう。ここで断ち切らなきゃ。
「分かったわ。私が対応します」
「えっ?対応って、これを鈴木さんが?」
「ええ」
「…マジで?」
一瞬、顔を歪めた鮫島さん。でも直ぐに、メモ用紙をこちらに差し出してきた。
「番号はそれだから、じゃあ、あとよろしくぅ~」
そう言い残して、鮫島さん達は階下のコンビニへと行ってしまった。残された新人ちゃんが申し訳なさそうな顔をしていたけど、私は「大丈夫、任せて」と言って彼女を自分のデスクへと帰す。
貴女にも、やることがあるでしょ?
そうして周りに誰も居なくなってから、私はもう一度ため息を吐く。
「はぁ…。なんで私ってこう、引き受けちゃうかな…」
なんだかいつも、貧乏くじを引かされてる気がする。私だってまだ3年目なのに、いつの間にか教える場面の方が多くなってるし。
時間があるからって調子に乗っちゃったのかも。だから、天罰が下ったのかしら?男性に電話を掛けるなんて、最悪。先輩の事を言っていられない。あの人達、変な声しか出さないんだもの。それが嫌だからって、この会社に入ったのに…。
でも…引き受けたんだから、やらなくちゃ。
私は会社の電話を取り、メモの番号を押す。直ぐに管理局に繋がるので、許可を貰って特区の外へと繋いでもらった。
『…はい。杉森です』
そうして繋がった先から聞こえたのは、男性の人の硬い声。
私は意を決して、話しかける。
「あの、JIEの…」
『ぐっ…うぅう~…』
ほら、やっぱり変な声出してる。声で興奮されるなんて、本当に嫌。
頑張って電話したのに、もう挫けそうだった。
諦めて、切ろうかしら?
そんな衝動に駆られたけど、切る前に相手が『てん…そう、しまっ…』と謎の言葉を唸って、保留音に切り替わってしまった。
そして直ぐに、保留音が切れた。
『お待たせしました。JIES、製品管理部の黒川です』
別の人だ。どうやら、たらい回しにされたみたい。
また男の人に悶絶されないといけないのかと思い、私はつい、大きめのため息を吐いていた。
でも…。
『どうぞ、ご用件をお伺いいたします』
「えっ?」
あれ?悶絶して…いない?この電話口の人って、男の人よね?女性の声を聞いても平気なんて、そんな事あり得るの?
私は一瞬、理解が追い付かなくて言葉が出なかった。でも直ぐに、仮説を立てる。
もしかしたらこの人、私が女だって気付いていないのかも。
そう思って、改めて名乗ってみたけど、向こうからは異常な息遣いも、気持ち悪い奇声も上がらない。
それどころか、
『そのエラーは、設定に誤りがありますね。設定画面を開いて頂けますか?』
「設定…画面?」
『はい。メニューボタンを押して、下矢印を3回押してください』
とても丁寧な口調で、分かり易く説明してくれた。
男の人なのに、こんな親身に教えてくれるなんて…。
いいえ。女性の技術者でも、こんなに親身になって教えてくれた事なんてなかったわ。だってみんな、教える時は不機嫌になるか、適当なことを言ってはぐらかしていたから。
だから私は、彼に抱いていた嫌悪感を忘れてしまった。学生時代では考えられない位、他人に甘えてしまった。
「では是非!ずっと謎だったこの、同期収集機能について教えて欲しいんですけど…」
甘えすぎて、最初の依頼とはかけ離れたお願いまでしてしまう。
あぁ…。何を言っているのよ、私。何でもって言われたからって、流石にこれは怒られるわ。図々しいのよ貴女って、急に不機嫌になるのが目に見えている。
そう思って、直ぐに「ごめんなさい!結構です!」って言い直そうとした。
でも、それよりも先に、
『同期収集ですね。では先ず、また設定画面を開いて頂けますか?』
彼は、当たり前の様に対応してくれた。
響いて来るその声色に、不満や苛立ちと言った色は全く無かった。低く落ち着いた声と口調に、私はいつの間にか安心感すら抱いていた。
この人に聞けば、何でも分かる気がする。ずっと謎のエラーが出ていたこの機器を、簡単に直してしまったんだから。
今まで誰も解決できない”難解な”問題も、たった電話一本で解決してくれる。取扱説明書すら取り寄せることの出来ない私達からしたら、なんて有難い存在なのかしら…。
「あの、ありがとうございましたっ」
彼が居てくれた有難さに、私は自然と頭を下げていた。この人は男の人だけど、話していても全然嫌じゃなかった。
寧ろ…。
『いえいえ。また何かあれば、お声掛けください』
そんな風に優しくされて、もっと話していたいとすら思えてしまった。
いけない。これは業務なのよ?社長に任された大切な業務。それに、私的な感情を持ってしまったらダメよ。
「しっ、失礼いたします!」
私は無理やり電話を切る。ちょっと乱暴な切り方になってしまったけど、仕方がないじゃない。勢いを付けないと、切れないと思ったんだから。
切りたくないと、思ってしまったんだから。
「あれ?なんかその機械、動いてない?」
黒川さんとの電話が終わり、私が受話器をジッと見詰めていると、背後で声がした。振り返ると、コンビニ袋を持った鮫島さん達が帰って来ていて、私の手元で稼働する機器に目を見開いていた。
彼女が、ぼそりと感情を吐露する。
「うそ…。どうやったの?」
どうやった。それを聞いて、私は誇らしくなった。そうでしょ?凄いでしょと自慢したくなった。
でも同時に、怖くも思った。みんながみんな、黒川さんの事を知ってしまったらという想いが先行した。
その結果、
「適当にボタンを押してたら、直ったわ」
私は嘘を吐いていた。あれだけ嫌っていた、嘘を。
「マジで?」
「ええ」
私は目を逸らして、小さく頷く。
流石にバレるかな?って思ったけど、鮫島さん達は「やるぅ~」って喜んで、私の手から機器を奪い去る。
「流石は鈴木さんだね。またよろしく~」
そう言いながら去っていく彼女に、私は小さく頷く。
「ええ。いつでも頼って」
メモ用紙を拾い上げて、微笑む。
「私には、これがあるから」
前話の裏側、でした。




