63話~おい、邪魔だよ兄ちゃん~
河原に着いてみたら、大量の重機が川の中に入り、橋脚工事に勤しむ姿が見えた。それらは、ガコンッ!ガコンッ!と大きな音を響かせて、川の中洲辺りに巨大な杭を打ち込んでいる。
これだ。きっと、この工事が下流の水質悪化の原因だ。
「2人は向こうの駐車場で待機してくれ。万が一男性に見られたりしたら、大事故になるかもしれないから」
ここの男は一般人。女性耐性のない彼らでは、女性を直接目視するだけで失神するだろう。そうなれば、重機が制御不能となり大災害が起こる。
そう思って提案すると、鈴木さんが不安げな顔を向けてくる。
「黒川さんは、どうされるんです?」
うん?俺か?
「俺は、作業員に話を聞いてくるよ」
それに、もっと近くで工事を見てみたい。ここからだと重機が邪魔で、本当に川を汚しているのかが見えにくいから。確実な証拠が欲しいんだ。
彼女達を説き伏せた俺は、車の荷台からヘルメットと簡易マスクをつかみ取って、1人現場へと急ぐ。
「済みません!」
そして、現場の入口まで来たところで、早速作業員に話を聞こうとした。
でも、
「おい!急げよ!」
「休むな、濱崎!」
誰も足を止めない。ここまでの道で見てきた男達と一緒で、怒号を飛ばし、キマりきった目をかっぴらいて走り回っていた。
相当キてるな。やっぱりあの2人を遠ざけたのは正解だった。
正解だったけれど…さてどうするか。
俺は周囲を見回して、チャンスを窺う。誰か一服でもしないかと期待して見守る。でも、誰も休もうとしない。一服どころか、水分補給やトイレに行く様子もない。
マジでブラックだな、この労働環境。これが夏場だったら、熱中症で死人が出てそう。
「おい、邪魔だよ兄ちゃん」
試しに現場に入ってみるかと思案していると、後ろから声を掛けられた。振り返ると、両手にバケツを持った壮年の作業員が、俺を睨みつけていた。
俺は咄嗟に「済みません」と謝りながら彼に道を譲る。譲りながらも、通り過ぎようとする彼に並走した。
「済みません。ちょっとお話を聞かせてください」
「あぁ?見て分かんねえのか?俺ら今、目も回るほど忙しいんだよ。こいつ以外にも、あと2つも橋掛けねえと行けねぇんだから」
そんなに?
「片手間でも構いません。区長さんから頼まれたことなんです」
「あぁ?区長様だ?」
男性が振り返る。たるんだ頬がブルドックみたいに震え、血走った目が俺を真っすぐに見る。
疑っているのか?
俺はそう思い、胸から下げた許可証と、川咲区長から貰った証明書を見せる。
それを見て、男性は「ほぉ~」と息を吐き出す。
「なるほどねぇ。ならあんたは、俺達の工事を見に来た視察官様ってことだな?」
「まぁ、そんな所です」
そんな大層な物じゃないと訂正したかったが、グッと我慢する。折角話を聞いてくれそうな人を見つけたのだから、彼を逃す訳にはいかない。
俺が渋々頷くと、男性はニヤリと笑う。そして両手を突き出して大声を出す。
「おーい!松田!ちょっと呼ばれたから、こいつを親方の所まで持ってけ!」
「うっす!分かりやした」
男性の怒声に、金髪の兄ちゃんが走って来た。
彼にバケツを渡すと、男性は土手付近を指さす。
「あと、そこで伸びてる施工管理技士のガキに言っとけ。俺は暫く客先対応だってな」
「マジっすか!上出さん。俺も付いてっていいっすか?」
「バカおめぇ。若いのは体動かせ」
「うっす」
金髪の兄ちゃんが走り去るとすかさず、上出と呼ばれた男性が胸ポケットから煙草を取り出す。その煙を深く吸い込むと、煙と共に言葉を吐き出す。
「わりぃ、兄ちゃん。ちょっと一服させてくれ。昨日の夜からずっと、ヤニ切れなんだよ」
「ええ、勿論。なんなら、そこに座って休憩してください」
「ふっ。このままで良い。座ったら、意識が飛んじまう」
激務過ぎるだろ。この人の方が、俺より遥かに年上っぽいのに。
俺がヤキモキしている間にも、上出さんは煙草2本をスパスパ吸い付くし、「お待たせ」と土気色の顔を上げる。
「そんで、兄ちゃん。何処を見たいんだ?」
「あっ、自己紹介遅れました。黒川です。あそこでやっている橋脚工事を見せて頂きたいのですが」
「あいよ。付いてきな」
上出さんに連れられて、俺は重機が唸りを上げる現場に入る。
あっちこっちで慌ただしく走る作業員が目に入るが、現場の3S(整理、整頓、清潔)はしっかりと行き届いている様子だった。
工具も資材もしっかりと纏められているし、重機の動線も明記されている。無茶苦茶に走り回っている様に見えた作業員達も、重機の後ろを横切るとかの危険行為はしていなかった。
まぁ、あんなガンギマリな顔で仕事している時点で、十分危険なのだが。
そしてそれは、川の中でも同じだった。巨大な重機が入り乱れていても、その下を通る川はそれほど透明度を失うことなくタイヤの間を通り過ぎ、下流へと流れていた。
昨日の夕方に見た様な濁流は、そこには全くなかった。
ふむ。
「あの、上出さん。この工事によって、川が汚れる事はありますか?例えば、杭打ちで出る汚水をそのまま流したり」
「ひっひっひ。アホ抜かすな。汚水をそのまま川に流したら、俺達全員これもんよ」
これと言って、手錠を掛けられるジェスチャーをする上出さん。
どうやら、汚水の放流は法律で禁じられているらしい。そりゃ、これだけ大規模な工事で出た排水を垂れ流していたら、折角綺麗な荒川の生態が壊滅するものな。
「ほら、あれを見てみろ」
上出さんが指さす方を見ると、杭打ちをしていたハンマー車の横に、大きな管が設置された。
「掘削で出た泥は全部、あのバキュームで吸い上げるんだ。だから、川も綺麗なままなんだよ」
「凄い手際が良いですね」
あれだけ轟音を響かせる大工事なのに、そこから漏れる泥水は僅か。荒川の膨大な水量からしたら、数秒で溶け切ってしまうレベルだ。
「あったり前だ、おめぇ。俺達を誰だと思ってんだよ」
そう言って、上出さんは制服のロゴを指さす。〈横川〉と書かれた部分を誇らしげに見せつける。
…なるほど。そりゃこれだけのクオリティを平然と繰り出せる訳だ。
それからも俺は、上出さんに連れられて現場の視察を続けていく。
相変わらず作業員は超絶ブラックな扱いを受けているが、作業自体は丁寧だ。殆どの人が慣れた手付きで各々の役割を全うし、超スピードで現場が回っている。
彼らでなければ出来ない事だろう。これだけの仕事を、ほぼ無休でやり続けるなんて。
「ありがとうございました、上出さん。お陰で、現場のことを知れました」
「お互い様だ。俺も、たんまり補充出来たからよ」
そう言って、上出さんは空になったタバコの箱を振る。
いつの間に吸いきったんだ?この人。
俺はもう一度、現場に戻る上出さんの背中に頭を下げてから、鈴木さん達の元へと戻る。
「お待たせ」
「大丈夫でしたか?黒川さん。現場の人に怒られている様に見えましたけど…?」
ああ、見られていたのか。
「大丈夫だよ、鈴木さん。最初は怒られたけど、こいつのお陰でしっかり話が聞けたよ。ありがとう」
俺は借りていた証明書を差し出して、お礼を言う。
それを受け取り、鈴木さんは表情を和らげる。逆に、佐川さんがグイッと顔を寄せて来る。
「それで、どうだったんだよ。やっぱここが原因だったのか?」
「それが…」
少し迷ったが、俺は正直に現場の状況を話した。入っている業者の技術力は高く、排水処理も問題なかったと。
「じゃあ、ここじゃなかったって事か?」
「そう…かもしれないし、ここかもしれない」
「なんだよ?ここはちゃんとしてたんだろ?」
「そうなんだがね」
事が起きるのは夕方なんだ。そこまで待てば、何か状況が変わるかもしれない。でももし、原因がここではなかったとしたら、ただ待っていては無駄だ。
どうしたものか…。
悩んでいると、鈴木さんが体を乗り出す。
「でしたら、二手に分かれませんか?私とカンナさんが川を上って確認しますから、そしたら黒川さんはここの監視が続けられます。如何ですか?」
「あたしはそれでいいぜ」
「黒川さんは?」
「そうだな…」
俺は悩む。
彼女達2人だけにしてしまって大丈夫なのか?俺みたいに耐性がある男が居たら、襲われたりしないか?もしもトラブルに巻き込まれたら…。
そこまで悩んで、首を振る。
いや、そんな事を言い出したらキリがないだろ。2人は俺の仲間なんだから、信じてやらないでどうする。
「分かった。お願いするよ」
俺は二手に分かれるにあたり、2人とルールを取り決める。車から出ない、男性と接触しないと言うのは継続で、もしも男性に発見されたら、直ぐに荒川区方面へ逃げること。また原因を見つけたら、電話で知らせる等だ。
「じゃあ2人とも、十分に気を付けてな」
「黒川さんも」
「無茶すんじゃねぇぞ?」
「約束するよ」
俺が降車すると、車は直ぐに出発した。
少しの寂しさを覚えるも、俺は去り行く車から視線を切って堤防の上から工事現場を眺める。
「はいっ!上げ!上げ!」
「親方さん!図面の変更あるから、注意してね!」
「おい、バキューム急げ!」
こうして上から見ると、彼らの動きが良く統制されているのが分かる。無駄が少なく、流れるように工程が進んでいく。普通なら、何処かで設計と現場のズレが生じて、流れが止まる時間が出来る筈なのに、全くそうならない。
上出さん達が熟練の職人ってだけじゃなくて、あの施工管理技士が優秀なんだろうな。上出さんからはガキ呼ばわりされていたけど。
「おい!またかよ~」
順調だった現場で、そんな声が聞こえた。見ると、巨大なタンクの前で作業員が腕組みをして、そのタンクを睨み上げていた。
何かトラブルだろうか。
「どうかしましたか?」
「あぁ?いや、いつものだよ」
駆け寄って聞いてみるも、作業員は肩を竦めて首を振るだけ。
いつもの?
「お~い!黒川の兄ちゃん!」
更に聞き出そうとすると、向こうの方で上出さんが手招きしていた。なので、俺は彼の所に向かって駆け出した。
その途中で、
ゴボッ、ゴボッ!
背後で、嫌な音が聞こえた。
俺が驚いて振り返ると、タンクから大量の泥水が溢れ出した。
うぇっ!?
「なっ、何が起きて…?」
驚きを隠せない俺に、上出さんが「ああ」と平然と答える。
「そんな驚くな。毎日起きている事だからな」
「毎日?」
それって…?
唖然とする俺に、上出さんは誇らしげに嗤った。
「オーバーフロー。俺達の仕事の速さに、汚水の処理装置が追いつかねえんだわ」




