60話〜ちょっと休憩しよう〜
今日は聞き込みを頑張ったからと、ハメを外し過ぎた。佐川さんのペースに乗せられて大吟醸まで飲んでしまい、2人とも千鳥足になっていた。
何とかホテルまで帰って来れたものの、そのまま倒れ込む様にベッド・インしてしまった。
「こいつは、明日に残るかもな」
泥酔している2人の様子を見て、俺は枕元に水を用意する。本当は二日酔い用の薬なんかも買ってきたかったけど、俺1人では出歩けない。また逮捕されるからな。
と言う事で、俺も大人しく寝る事にする。
2人が寝ているんだから、こっそりソファーで寝ようかとも思ったけど、ベッドで寝ると約束した以上、姑息な事はやめた。
不意に起き出すかも知れないからね。
そう観念して、佐川さんの隣で横になったんだが…落ち着かない。心臓がドクドクと強く脈打っているのは、酒を飲み過ぎただけが理由じゃないだろう。隣から聞こえる規則正しい寝息が、彼女達の存在を意識させる。少々酒臭さも含みながらも、甘い香りが俺の意識を惹き付けようとする。
寝ようとして目を瞑ると、余計にそれを強く意識してしまった。彼女達が直ぐ傍にいると言うのに、頭が勝手に変な妄想を映し始めてしまう。
イカン。イカンぞ!このままでは飲み込まれる。羊を、羊を数えるんだ。羊に意識を集中させろ。
俺は煩悩を追い払おうと、必死になって意識を逸らそうとする。
すると、
「ムフフフ…だいぎんじょ〜♩」
佐川さんが笑う。
…寝言みたいだ。
まさか、夢の中でまで飲んでいるのか?現実では二次会を止められたから、そっちで楽しんでる?
「ふふっ。変わらないな、あんたは」
マイペースな彼女の様子に、俺は笑いが込み上げた。幸せそうなその横顔を見て、向こう側の鈴木を見て、再び枕に頭を預ける。
不思議と、さっきまで感じていた緊張感が薄まっていた。代わりにあるのは、安心感。特区と言う特異な場所でも、この2人なら信頼出来る。
魅力的な異性だけど、彼女達は立派な俺の仲間だ。
「おやすみ」
今度は難なく、闇の中に意識を手放せた。
「ぐぉっ!」
突然、イノシシが俺の腹に突っ込んで来た。その衝撃で目が覚めて…。
あっ、違う。ここは特区の高級ホテルの中だ。イノシシが居るはずない。あれは俺の夢か。
じゃあ、何が俺の腹に飛び込んで来たのかと下を見ると…俺の腹に佐川さんの足が乗っていた。
「うぃ〜…」
足だけじゃない、彼女が俺の直ぐ近くまで迫っていた。どうやら大きく寝返りを打ったみたいで、ベッド1つ分を開けていたスペースが、今は全く無くなっていた。
0距離。横を向けば、目の前に佐川さんの顔がある。と言う事は…。
反対側はガラ空きと言うこと。
俺はゆっくりと起き上がり、俺の体を挟み込んでいる足を退かそうとした。でも…重い。足の筋肉凄いな。どうやったらここまで鍛えられるんだ?今度教えてもら…って、何を考えているんだ、俺は。
「ムフフ…逮捕しちゃうぞ〜?」
「ぐっ」
そんな事を考えて居たから、今度は胸の上に佐川さんの腕が乗る。そうすると、完全に抱き枕状態になってしまった。
0距離接近を超えた完全密着。彼女の柔らかさが、熱が、ダイレクトに伝わってくる。
彼女の吐息が、耳元で囁かれる。
ヤバい。こいつはヤバい。左腕が幸せなフワフワで挟まれて、悪魔が心の中からコンニチワ!しちゃいそうだ。
ちょっとくらいならバレない?いやいやいや。言っただろ。彼女達は俺の仲間。仲間に手を出すんじゃない!大学時代の、雪山で張ったテントの中を思い出せ。
色々と限界が来ていたその時、佐川さんが笑った。オトハ様とは違う魅力的な唇を小さく曲げて、そこから言葉を漏らす。
「じゃーま」
「邪魔?」
なに?何が邪魔なの?
俺が首を傾げると同時、抱きついた彼女の腕に力が入る。
そのまま、
「じゃーま、ん。スープレックスぅ〜」
「うぉっ!」
物凄い力で、俺の体はベッドの向こう側に投げ飛ばされた。
床をゴロゴロ転がり、壁に肩を打ち付けてやっと止まった。
「いてて…」
俺は背中を擦りながら立ち上がる。本当は起きているんじゃないかと佐川さんを睨むも、彼女は誇らしげな笑みを浮かべながら寝息をかいていた。
…一体、どんな夢を見ているんだか。
「まぁ、助かったよ。サンキューな」
「うぃ〜…」
…本当は起きてるんじゃないか?
幸せそうな寝顔に疑問を向けた後、俺は柱時計に視線を向ける。もうすぐ6時になるところだった。
中途半端な時間。二度寝したら寝坊しそうだ。
俺は起き上がり、佐川さんの向こう側で寝る鈴木さんの様子を見る。
昨日の夜から全く動いていないな。胸は上下に動いているから大丈夫だと思うけど…素晴らしい寝相だな。ある意味、佐川さんも素晴らしかったけど。
俺は顔と歯を磨いたあと、ソファーに座る。そのまま、テレビの電源を入れた。
地味に気になっていたんだよな、特区のテレビ。区外でやっているのと、どれだけ違うんだろうか?
そう思って見始めたテレビだが…時間帯が悪かった。朝は殆どニュースしかやっていなかった。しかも、随分と薄い内容の物ばかり。
食べ物の話題と、芸能の特集と、地域のほっこりニュースばかり…。
外のニュースとは随分と違うな。経済や国際のニュースはやらないのか?
そうしてチャンネル送りを繰り返していると、気になるニュースが目に入った。
『今年で20年目の任期を迎える神宮寺総理ですが、節目である昨日、その抱負を表明しました』
キャスターの女性から画像が切り替わり、首相官邸らしき部屋の中で、立派なデスクに座った初老の女性がニコリとテレビに微笑みかける。
『国民の皆さん、ご機嫌よう。総理の神宮寺です』
彼女が総理か。思っていたよりは若い。けれど、やっぱり女性がトップなんだな。よく名前は出てくるのに、一切顔が出てこないから何となく予想はしていたけれど…希少な女性が首相をやって大丈夫なのか?総理大臣なんて、相当な重労働だろう。
俺は心配になったが、演説する彼女の様子は明るい。血色も良く目元も落ち込んだりしていない。
俺の知っている総理は大抵、表情がみるみる暗くなっていったからね。それが20年もの長期政権ならと思ったけど…とてもお元気そうだ。まるで、就任したての様に。
総理も、周りの男性官僚が支えているのかな?
そんな事を思っている間に、総理の抱負は終わっていた。みんな元気にとか、悩みはみんなで解決とか、随分とフワフワした演説だったけど、それくらい優しい方が特区でウケるのかも知れない。もしかしたらその優しさが、俺を助けてくれたのかもしれないし。
まぁ、とにかく。
「助けて頂き、ありがとうございました」
俺はテレビに映る総理に頭を下げた。
「うぅ…頭痛いです」
朝8時になって、2人が起き出す。佐川さんはいつも通り「快眠!快眠!」ってハイテンションだったのに対し、鈴木さんは苦しそうだ。
寝る前にかなりの水を飲ませたんだけど、それでも残ってしまった様子。
「大丈夫かい?鈴木さん。今日はホテルで休むか?」
「いえ、これくらいなら問題ありません。痛いのには慣れているんで」
ああ…。
「じゃあ、運転は代わるよ」
二日酔いは立派な飲酒運転だ。警官が後ろにいるのに、そんな事はさせられない。
と言う事で、我々は調査を再開する。昨日は川が汚れている可能性を明確に出来たので、今日からは川を汚す原因を探すことをメインとする。
ああ、あと…。
「うぅ…」
グロッキーな鈴木さんを回復させるのも、大切なミッション。寧ろ、それが優先だ。
「ちょっと休憩しよう」
と言う事で、車を走らせて早々に、俺はコンビニへと立ち寄る。車を降りる時も、鈴木さんが降りやすい様にとドアを開けて、手を差し出す。
「足元、気を付けてね」
「済みません、黒川さん」
申し訳なさそうに謝る鈴木さん。気にしないで欲しいんだが…。
そう思いながら、俺は店に入る。
〈◆〉
「あー。最悪」
今日、何度目になるか分からないセリフを吐きながら、私は店内を眺める。
園田の奴がドタキャンしたから、夜勤伸びちゃったじゃん。今日はこの後、スバル様のライブに行く予定だったのに…。
「マジ最悪」
不満をぶちまけていると、キャッキャと騒ぐ高校生のグループが入店する。4年前の自分を見ている気がして、一層気分がブルーになった。
ああ、高校時代は楽しかったなぁ。
そんな風に羨ましく思っていると、高校生の口から気になるワードが聞こえた
「あれさぁ。スバル様みたいじゃない?」
「手を引いてのエスコートでしょ?カッコよかったよねぇ」
なぬ?スバル様?
「でも、声低くなかった?マジもんの男だったり」
「ないない。シュッとしてカッコよかったし、そもそも男にエスコートなんて出来ないし」
「じゃあ…スバル様2号?」
「あっ、来たよ」
スバル様2号なんて気になるワードで、私も入口をガン見してしまった。自動ドアが開いて、そこから3人組が入ってくる。
「さぁ、2人とも。好きな物を入れてくれ。カゴは俺が持つから」
「ありがとうございます、黒川さん」
弱々しく笑う小柄な女性に、背の高い王子役の人が優しく微笑みかける。荷物を持つ役を自然と買って出て、フラつく彼女を優しく支える。
そのシュチュがもう、スバル様のデートPVそのものだった。スーツ姿の人が、いつの間にか王子コスを纏っている様に見えてしまった。
「鈴木さん。トマトジュースは飲める?二日酔いに良いらしい。あとシジミの味噌汁ね」
「あの、あまり食欲が無くて」
「少し口に含むだけで良い。残ったら俺がもらうから」
「じゃ、じゃあ。一つだけ」
優しい。蕩けるくらいに優しい。
本当にお姫様と王子様みたいだ。王子の声が低くて、男の様にも聞こえるけど…気にならない。寧ろ良い!なんか、心地良い響き。
忘れていた何かを、思い出しそう。
「おぉい!佐川さん。こっそりビール入れるな」
「ちっ。バレたか」
「バレるわ、普通」
「うふふ。ダメですよ、カンナさん」
あー…すっげぇ楽しそう。なんなら私も、あの中に混ざりたいんですけど?
「お願いします」
「はひっ!?」
呆けていると、いつの間にか件の王子が私の目の前に居た。
顔だけ見ると、本当に男に似ている。でも、違う。教科書に載っている気持ち悪い男じゃない。男の要素が強い、スバル様って感じ。
スバル様、2号…。
「あの、どうかされました?」
「ひゃっ!?ご、ごめっ」
私は慌てて会計をする。目がつい彼の方へと行きそうになり、何度もバーコードじゃない所を読もうとしてしまった。
そうして何とかレジを終えると、彼女達は楽しげに笑い合いながら店を出て行く。その背を、高校生達が静かに追う。まるで追っかけだ。
私もそれに混ざりたかったけど、仕事だから離れられなかった。
園田の奴、なんでこのタイミングで休むんだよ。
「あ~…マジ最悪…」
今日一番に、そう思った。
「案件はどうした?」
体調を整えるのが先ですよ。




