59話~今日の上限に行っちゃいまし~
「ここがあんたらの部屋っす」
「おおっ!めっちゃ良い部屋じゃん」
無気力なスタッフに連れて行かれたのは、洋風の高級ルームだった。部屋が広いのは勿論のこと、家具が揃い調度品も凝っていて、スイートルームと見紛う程の豪華な客室。
流石は特区。何もかもが最高級レベル。
…ああ。働く人間の接客態度を除いて、ね。
「あたしベッド真ん中の2つな!じゃないと落っこちんだ」
佐川さんが4つ連なったベッドに駆け寄り、真ん中2つをバンバンと叩いた。
確かに、体の大きな彼女からしたら、ダブルサイズのベッドもシングルサイズに見える。だから2つ使うのは全く問題ない。
いや、そもそも。
「俺はこのソファーを使わせて貰うから、そこの領域分配は2人でしてくれ」
俺はリビングにある3人掛けのソファーを指さす。枕と掛け布団さえ貰えば、ここも十分な高級ベッドだ。
夜中にこっそり、特区の番組を見られるし。なかなか良いぞ。
そんな風に考えていると、佐川さんが隣のベッドをバンバン叩く。
「なに言ってんだ?ベッド余ってんだから、こっち使えって」
いやいやいや!
「同衾は不味いだろ」
「なんでだ?」
本当に分からんと言った風に聞いてくる佐川さん。
振り返ると、鈴木さんも頭の上に〈?〉を浮かべている。
「ソファーでなんて、風邪を引きますよ?黒川さん」
「いや…」
年頃の娘さん達が、何故こんな無防備な…。
いやそうか。この世界は特区で仕切られた世界。男性と接触した事のない彼女達は、言わば箱入りのお嬢様。男女の営みなども知らないなら、男女が共に寝る危険性を理解出来ないのかも。
そう分かったけど…どうするべきか。
「分かった。じゃあそっちのベッドを使わせて貰うよ」
ここは、郷に従う。
ここで尚も拒否してしまったら、きっと彼女達を傷付ける事になる。一緒に居るのも嫌なのかと、そんな風に思ってしまうかも。
ここは、俺が頑張るしかない。頑張って、男の本能を抑えるしか。
「よぉ〜し。配置も決まったし、飯食いに行こうぜ?」
「あっ、良いですね。さっきチェックインした時に、食堂を見つけましたよ。そこにします?」
鈴木さんが提案すると、佐川さんが軽く手を振る。
「やめとけ、やめとけ。スタッフの態度を見るに、ここは手抜きの可能性が高い。きっと区外のもんをレンチンするだけだぜ」
ああ、やっぱり。女性から見ても、態度の悪いスタッフさん達だったのか。それでも宿を変えなかった所を見るに…他のホテルも同じなのかな?
「では、どうします?カンナさん」
「適当にぶらつこうぜ。美味い店ってのは、外からでも分かるからよ」
豪語する佐川さんだけど、なんとなく頼れる気がする。
そんな俺の予感は、当たった。
「こことか、良いんじゃないか?」
佐川さんの勘を頼りに、ホテルからほど近い中華料理さんに入ってみる。すると、美味しそうな匂いが出迎えてくれて、とても活気のある店内が人気を裏付けていた。
そして、運ばれてきた料理を頬張ると、濃厚な味わいが口いっぱいに広がった。
「なっ?当たったろ?」
「大当たりだな、佐川さん」
彼女に感謝しながら、並んだ中華料理に舌鼓を打つ。
そうしていると、店の奥から鋭い視線を感じた。
店主だ。
「まだ見ていますね、あの人」
俺の様子に気付いた鈴木さんが、同じ方向を見て口を尖らせる。
それを、俺は抑える。
「仕方ないよ」
何せ、男が来店しているんだからな。
ホテルの時もそうだったけど、最初は男の俺が利用するのに難色を示した。でも鈴木さんが1枚の紙を見せて『川咲区長が許可しています』って言ったら通してくれたのだ。
なんでも、俺が安全である事を保証する証明書らしい。そんなのに署名してくれるなんて…区長も俺をどうにかしようとしているのか。
分からないが、今回は助かる。こうして良い思いが出来るんだから。
そうして数々の料理に舌鼓を打っていると、急にピピピッという音が聞こえた。
鈴木さんのスマホだ。
「あっ、この料理で私、今日の上限に行っちゃいました」
「上限?」
何のこと?と聞いてみると、鈴木さんが教えてくれる。
「摂取カロリー上限です。私、体が小さいから、あまり容量が無くて」
なんでも、スマホで料理や飲み物の写真を取ると、そのカロリーを測定するアプリが入っているらしく、それでカロリー制限をしているそうだ。
なるほど。だから毎回写真を撮っていたのね。俺はてっきり、SNSにあげるのかと思っていたよ。
「黒川さんは、上限値高そうですね」
「うん?俺かい?どうだろうね?」
まぁ、筋肉はあるから、多少食べ過ぎても太らないかも。
ちょっと誇らしくなって肩を竦めると、鈴木さんはかなり驚いた表情を見せる。
うん?どうしたの?
「もしかして黒川さん、アプリ入れていないんですか?」
「マジか!?逮捕するぞ?黒川」
うえっ!?逮捕?
驚いたが、どうも特区ではみんながやっている事らしい。
と言うより、半分義務なんだとか。小さな頃からやっているから、これが当然との事。だから、やっていない俺を見て驚いたらしい。
「男性の皆さんは入れてないんですか?」
「ああ。見た事もないアプリだ」
鈴木さんのスマホ画面を見せて貰って、俺は大きく首を横に振る。
なるほど。だから特区には綺麗な女性が多いのか。みんなから貢がれる存在なら、もっとブクブク太っていてもおかしくないと思っていたけど…これで謎が解けた。
どうしてこんな管理をしているのかは、まだ分からない。彼女達が希少な存在だから、病気とかにならない様にしているのか?それとも、慰問会の為?
「そっ、そんなマジマジと見ないで下さい」
「おっと、ごめん」
画面を見ながら考えていたら、慌てて引っ込められてしまった。鈴木さんは頬を染めて、こちらを恥ずかしそうに見上げている。
俺は小さく首を振る。
「そんな気にしなくて良いと思うけどね」
「気にしますよ。だって私、背の割に太いと思いますし」
ええっ!?
「そんな事ないよ。君は十分に細くて綺麗だ」
「きっ、きれ…」
あっ。しまった。言い過ぎた。
正直に言うと誓ったものの、顔中を真っ赤にした鈴木さんを見てやり過ぎに気付く。
謝ろうとしたけど、それより先に佐川さんが鈴木さんの肩を抱き寄せた。
「そうだぞ、ミヤちゃん。気にし過ぎだって。あたしなんて、ほら、こんなに太いし」
「カンナさんのそれは、殆ど筋肉じゃないですか」
「そう言うミヤちゃんだって、今日は一日中歩き回ったんだろ?だったら今日は、高負荷日設定にして良いんじゃないか?」
高負荷日って言うのが何か分からないが、鈴木さんからスマホを奪った佐川さんが何か弄っているのを見て、アプリ内の話しだろうと推測する。
そうして佐川さんは、鈴木さんに画面を見せつけて明るく笑う。
「ほら、これならデザートも食えるぞ?あたしも頼むからさ」
「そ、そうですね」
「おばちゃーん!レモンサワー3つ!」
うぇっ!?
「デザート頼むんじゃなかったのか?」
「デザートだろ?ジュースみたいなもんだし」
ジョッキが来ると、佐川さんが軽くそう言って、一気に飲み干してしまう。
なんちゅう屁理屈と飲みっぷりだ。自然と喉が鳴ってしまう。
「なんだよ?お前らは飲まねえのか?」
「えっと、そうですね。今日はもう、運転しませんし…」
鈴木さんが緊張しながら、ジョッキを丁寧に持ち上げる。そしてちょこっと口を付けると「あっ、美味しい」と安心した表情になった。
レモンサワー初めてだったのか?
「大丈夫か?鈴木さん」
「はい。あまりお酒を嗜んだ事がなかったんですけど、これは本当にジュースみたいで美味しいです」
そうか。この歳までお酒と無縁だったのか。俺が鈴木さんくらいの時は、先輩達と3軒目4軒目と連れ回されて、汚いラーメン屋のトイレに顔を突っ込んでいた記憶しかない。
彼女はそんな汚い世界とは無縁な世界で生きてきたんだな。
「おお。いい飲みっぷりだな、ミヤちゃん。ほら、黒川も飲めよ」
いつの間にか新しいサワーを手にした佐川さんが、俺に酒を勧めて来る。
良いんだろうか?特区で飲酒したりして。捕まったりしないよね?
「なんだよ?黒川。もしかして飲めねぇのか?」
むっ。それは聞き捨てならないぞ?俺はジョッキで日本酒を飲む男なんだからな。
…あの時は、係長に飲まされただけだが。
雑念を振り払い、俺はジョッキを傾ける。
ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ。
「ぷはぁー!サワーもなかなかだな」
「いい飲みっぷりだな、黒川。結構イケる口か?」
佐川さんがクイクイと、小さな器を傾けるジェスチャーをする。
えっ?まさか佐川さん…。
「おばちゃーん!大吟醸、一升瓶で!」
いや飲み過ぎだろ!
「大吟醸って、なんですか?」
「美味い酒だよ。ミヤちゃんも飲んでみるか?」
「はいっ」
いや、鈴木さんまで乗るのか?
なんか頬が赤い気もするけど…さっき俺が赤くさせてしまった名残か?
「ほれ2人とも、いっぱい飲めよ?」
「わぁー。これが大吟醸ですね?」
「そうだぜ、ミヤちゃん。うんじゃ、今日もお疲れって事で、カンパーイ!」
「カンパーイ!」
やべぇ。これ、アカン流れだ。特に鈴木さん。テンションがいつもと違う。
俺は2人の様子をつぶさに見つめる。
やり過ぎないよう、俺が監督しないとな。
そんな風に飲んでいたから、全く酔えなかった。
でも、それが良かった。
「う〜ん。足元がフワフワしますぅ」
「大丈夫か?鈴木さん」
店を出ると、鈴木さんは足取りが怪しく、フラフラとしていた。
飲んでる途中で危ないと思って止めたんだけど、ちょっと遅かったかな?
「鈴木さん。そこの自販機で水を買ってきたから、これをゆっくり飲んで」
「ありがと、ごらいまふ」
呂律も怪しい鈴木さん。
俺は彼女が水を飲めるようにサポートし、歩く時も隣で介助した。
すると、周りから視線が。
「ねぇ、見てあれ」
「あっ、あれって」
なんだ?知り合いか?
そう思って視線を上げて見るも、見た事のない人達だった。そもそも、セーラー服を着ている。
塾帰りの高校生?俺たち酔っ払いを見て笑っているのか、それとも男の俺に嫌悪しているのか。
そう思ったけど、彼女達の視線は嫌な感じがしなかった。
寧ろ…。
「ねぇ。そうだよね」
「うん。まるでスバル様みたいだよね」
えっ?スバル様?
どう言う事だ?俺をスバル様と勘違いしている?いや、それはない。あっちはイケメン女子で、俺はゴリラだ。見間違う筈がない。
でも、彼女達が見ているのは俺で、キラキラした目を向けている。
…どう言うこと?
疑問が喉元まで来た時、目の前を千鳥足の佐川さんが横切る。そのまま、高校生の方へ歩いて行った。
「おら、お前ら。夜中に出歩く悪い子は〜、この佐川巡査が逮捕しちゃうぞ?」
「えっ?警察?」
「やっば。早く行こ」
佐川さんに脅されて、高校生達は慌てて自転車を漕いで行ってしまう。
…なんだったんだろうな。
「うぃ〜。黒川、2軒目行くぞぉ〜?」
「いや、真っ直ぐ歩いてから提案してくれ!」
「あひゃひゃひゃ」
確かにこれは、酒を飲ませたら危ない人だ。
飲み屋街に行こうとする佐川さんを止めながら、俺はそう痛感した。
酔っぱらい回でした。
「だが、気になる事も多々あったな」
カロリー制限。それに、スバル様みたい、ですか。




