58話〜ほれ、正直に吐いちまいな〜
「んじゃ早速、出発しようぜ?」
水力発電所の水車に多量の砂が流れ込んでおり、その原因調査を依頼された我々。
荒川は一級河川の中でもかなり大きな川で、川幅は日本一だ。そんな広大な川を探せと言われているのに、2人の表情は何故か明るい。
何故?
「そりゃさ、仕事中にハメを外せるんだから楽しみに決まってんだろ?今日からは先輩も居ないし」
「ああ、そう言えば」
今更ながら、今回は佐川さん1人だ。前回はもう1人警官が居て、その前は大集団で俺を取り囲んでいたのに。
もしかして…置いてきたの?
「署長にそう言われたんだよ。今後の護衛はあたし1人で良いって。きっと、お前の頑張りが認められたんじゃねぇか?」
「そう、だと嬉しいんだけどね」
鞍瀬長官からもお誘いされてしまったので、また何かあるのではと勘ぐってしまう。
流石に、俺を警察に誘うなんてないだろうけどさ。
「ってことで、今回は色々と寄り道が出来るぜ。先ずは何処に行く?渋谷か?新宿か?」
「いやそこ、荒川が通って無い地域だからね?」
流石に、全く関係ない地域に赴く訳にはいかんぞ?
「あの、その前にちょっといいですか?」
「おう。良いぜ、ミヤちゃん。何処に行きたいんだ?」
いやいや。鈴木さんはちゃんと、仕事に行くに決まっているだろ?
「ちょっと、寄りたい所があって」
えっ?鈴木さんも?
少し焦った俺だったが、彼女の目的地が自宅だと聞いて安心した。出張へ行く前に、着替えを取りに行きたかったらしい。
ふぅ。良かった。
と、息を吐いたのもつかの間。
「お待たせしましたぁ…」
駐車場で待っていた我々の前に、私服姿の鈴木さんが現れた。
水色のニットシャツに、白いチェックのスカートが何時も以上に大人びた印象を与えて来る。その反面、ちょっと恥ずかしそうに手を振るから、何時もの可愛らしさも倍増中。
そのギャップに、心臓を撃ち抜かれた。
「うっ…」
「だっ!大丈夫ですか!?黒川さん?」
「おいおい。なんか、他の男どもみたいな反応だぞ」
ぐっ。
それは不味い。気を引き締めないと。
「済まない。鈴木さんの私服姿も、とても魅力的で驚いてしまった」
「みりょ…」
鈴木さんが固まってしまった。
やっべ!調子こいて、オッサンが気持ち悪い発言をしちまった!
慌てて謝ろうとするも、その前に佐川さんが俺の肩に手を置いてニヤリと笑う。
「鈴木さん"も"ねぇ。やっぱお前、あたしの普段着にも見惚れていたんだな?」
「うっ、それは…」
「ほれ、正直に吐いちまいな」
それも、そうだな。
「分かった。正直に言って、君の服装もとても魅力的だと思っていた。ほんと済まない」
俺が正直に白状して謝ると、佐川さんは「なに謝ってんだよ」と俺の肩をゆする。
「褒めてんだろ?だったら謝る必要ねぇよ」
「いや、俺みたいなオッサンに褒められても嬉しくないだろ?」
君達は数少ない女性で、しかも飛び切りの美人さん達だ。こんなゴリラなオッサンから評価されても、逆に怖いだろ?
そう思ったが、佐川さんは「いいや」と首を振る。
「普通に嬉しいぞ?そんなこと、なかなか言われねぇからな」
「えっ?本当に?」
それって…君が大き過ぎるからか?
そう思ったけど、佐川さんが「なぁ?ミヤちゃん」と鈴木さんにも話を振ると、彼女も小さく頷いた。
「その、そんなに言われ慣れていませんので。友達に言われることはあっても、それは何か違う感じがしますから」
「ああ~」
確かに、女性の「可愛い」は褒める以外にもあるみたいだからな。共感とか、その場を盛り上げるリップサービスみたいのも含まれる。
男も下心から褒める奴が居るけれど…そもそもこの世界、男性から褒められる機会がない。褒める前にぶっ倒れるもん、あいつら。
「そうそう。だから、今後も正直に言えよ?」
ニヤリと笑う佐川さんだが、その目は何処か期待している風にも見えた。
なるほどな。余りにも高嶺の花になり過ぎて、逆に評価されなくなってしまったのか、この世界の女性達は。
「ああ、分かった。これからは、正直に言うようにするよ」
彼女達が求めているなら、頑張ろう。
そう宣言すると、鈴木さんが嬉しそうに微笑んだ。
「うふふ。では期待して…じゃなくて、張り切って仕事に行きましょうか」
とても楽しそうに笑う彼女。
今日はちょっと不機嫌そうな雰囲気だったから、どうしたのかと思ったけれど…俺に褒められたかったのか?いやでも、機嫌が悪くなったのは佐川さんが着替えで遅くなったからで…。
分からん。それに、良くなったならそれで良いだろう。
「よし。では発電所の付近から調べてみよう」
気持ちを切り替えて、仕事モードに移行する。
そうして戻って来た荒川の河川敷だが…やはり綺麗だ。川面は澄んでおり、時折小魚が跳ねる様子も見える。あの大きさからしてコイではない。元世界の荒川河口付近なんて、コイやフナくらいしか居なかっただろう。あいつらは汚い川でも生活できる代表魚だからな。それだけ、河口付近は酷かったんだ。
ああでも、それは俺の学生時代か。直近ではかなり改善されたって聞いていたし、元世界でもそうなら、この世界ならもっと綺麗な川になっていてもおかしくないよな。
「う~っし。じゃあボチボチ始めっか」
俺が元世界を思い返していると、佐川さんが嬉しそうな声を上げる。後ろで何かカチャカチャしているなと思ったら…。
「佐川さん…それは?」
「うん?見て分からないか?釣り竿だよ」
そう。釣竿を肩に担いでいた。
彼女はそのまま岸辺に立って、見事なキャスティングを披露した。
「この前、雑誌で読んでさ。ここら辺も結構釣れるらしいんだよね」
しかも、結構手馴れているご様子。
あ、いや。そう言う事じゃなくて。
「完全に遊びに走ってるじゃないか」
「違う、違う。こいつも調査だって。どんな魚が居るのかっていうさ」
いや別に、川の環境調査をする訳じゃないんだぞ?
そうツッコもうとしたが、鈴木さんが袖をツンツンと引っ張って止めた。
「私達は私達で、調査を進めましょう」
「まぁ、そうだな」
元々彼女は、俺の監視役って立場だし。
という事で、俺達は周辺住民からの聞き込みを開始した。俺が前に出ると逃げられてしまうので、聞き役は基本鈴木さんだ。最近、変わったことが無かったかを聞いてもらった。
でも、
「芳しくありませんね」
「そうだな」
殆どの人が「知らない」という結果だった。川に興味など無く、常にそこにあるものとして意識の外側に置かれている様子だった。
彼女達からしたら、服やコスメ、美味しいレストランや面白いドラマなどの方が興味があるみたい。川の話は一言だけでも、スバル様の事になると饒舌だったし。
この案件の難しさを少しずつ実感し始めた我々。それでもあきらめずに続けていると、手掛かりとなりそうな話を聞くことが出来た。
それは、一旦河原に戻って、河川敷を歩いている人にターゲットを絞り始めた矢先だった。
「川が少し濁っている?」
「ええ、そうなの」
人の良さそうなおばあちゃんが、聞いて欲しそうに何度も頷く。
「何となくね。こう、透明度が低くなったと言うか。昔はもっと川底も綺麗に見えて、小魚とか、落とし物とかも見えていたのよ?」
「それは、6月くらいからですか?」
「さぁ?何時だったかしら。ここ最近の気もするし…少なくとも、10年前はそうだったわ。河原で孫娘と遊んだから、よく覚えているの」
10年前か。
確実性は乏しいが、初めて掴んだ有力情報だ。
そしてその話は、意外なところからも補強される。
佐川さんだ。
「おっかしいな」
そろそろ引き上げると言うと、彼女は首を捻りながら戻って来た。
「どうしたんだ?」
「あんまり釣れなくてよ。ほら、こんなもんだ」
そう言って見せてくるバケツの中には、楽しそうに泳ぐ小魚たちの魚影が。
十分釣れている様に見えるが?
魚をリリースする佐川さんの背に問いかけると、彼女は口を尖らせる。
「こんなもんじゃねぇ。少なくとも、隣の多摩川ではもっと大きな魚も釣れるんだ。でも今日は…ってかこの川はあんまり魚が居ないみたいでよ」
「それって、黒川さん。おばあさんが言っていた、川が濁っているってのと関係があるんじゃないですか?」
確かにそうかも。
「佐川さん。さっき言っていた雑誌。あれっていつ頃読んだんだ?」
「え~っと…。夏頃だったと思うぞ?川遊びのついでに、魚釣りをやろうと思って見てた覚えがあるからな」
という事は、情報自体は夏よりも前。つまり6月よりも前の情報であった可能性が高い。
つまり、6月から川の汚染が始まっているのかも。
「よし。やっぱり何かある。ここからは川を汚染している原因を中心に探して行こうか」
「はい!」
「おい、ちょい待て」
鈴木さんの良い返事に、佐川さんが被せてくる。
何だい?
「もう遅いだろ?どっか泊まろうぜ?」
「泊る?」
「そりゃそうだ。なんたって旅行なんだしよ」
いやまぁ、ノリでそう言ったけど、みんなは家までそう遠くないだろ?家に帰った方が良いんじゃないか?
そう思ったけど、2人とも泊まる気でいるみたいだ。
そう言えば、鈴木さんは態々お泊りセットも持ってきているし、今更帰りましょうは心無いな。
という事で、我々は佐川さんがお勧めする宿へと向かった。
ザ・高級旅館といった出で立ちのホテルであったが、お金は大丈夫なのだろうか?
根っからの貧乏性な俺は、堂々と入っていく2人の背中に小さくなってついて行く。そして、手慣れた様子でチェックインを進めていく2人を眺めていると、驚くべき会話が耳に入った。
「それじゃ、お客さん達。部屋は4人部屋1つで良いんだね?」
「デラックスもスイートも空いてないんだろ?だったらそれで良いよ」
「かしこまりー」
えっ、ちょっ。
「佐川さん、佐川さん」
「うん?なんだよ、珍しく焦って」
そりゃ、焦るわ。
「一部屋ってどういうことだ?俺には、別の部屋を用意して欲しいんだけど?」
なんなら、付近のカプセルホテルでも良いぞ?
「なに言ってんだよ。お前とあたしが離れられる訳ないだろが」
…あっ、そうか。忘れそうになるけど、彼女は俺の監視役。離れる訳にはいかない。
そして、
「そんで、ミヤちゃん独りにする訳にもいかない。なら、3人で1部屋が普通だろ?」
ぐっ…。不思議と説得力がある。
「それで良いのか?鈴木さんは」
「あの…黒川さんがよろしければ」
そう言って、上目遣いで見上げてくる鈴木さん。
ああ、なんか、本当に…大丈夫か?俺の理性。
「もしや、次回からR18へ引っ越しか?」
いや、そんな事にはならないですって。
……ならないですよね?




