57話~上がってる?~
「葛西発電所の浦田言います。今日は良う来てくれました」
江戸川区の発電所にお邪魔すると、ヘルメット姿のおばちゃんが出迎えてくれた。ツナギ姿だから作業員さんかと思ったけれど、これで所長らしい。
ちょっと期待が持てる。
その浦田所長は鈴木さんと握手を交わし、うんうんと頷く。
「偉い可愛らしい娘さんやな。えっ?凄腕の技術者が来る言うから、どないな堅物が来るんか心配しとったんやけどな」
「え、えっと…」
所長のノリに、鈴木さんはノリ切れずにたじろいでいる。
今度は佐川さんの肩を叩く所長。
「自分は大きいなぁ。大阪城が歩いとるんかと思うたわ」
「大阪城よりも強いぞ?あたしはな」
「おお、ええな。頼もしいわ!」
佐川さんは波長が合ったみたいで、所長が大笑いしている。
そして所長は、俺の前で目を見開く。
「自分、男や無いか!えっ?」
「はい。黒川と申します」
いつもの反応に、俺は感情を乗せずに挨拶をする。どうせ、俺の言葉なんて殆ど聞いていないだろうと思っていたが、所長は俺の肩もバンバンと叩いた。
「なんや。他の男と違うて、自分はぶっ倒れんのやな」
「は、はい。まぁ、ある程度耐性がありますので」
「おお、ええな。救急車呼ばれたら面倒や思うとったけど、ほんなら安心や。現場で怪我だけはせんといてくれよ?」
「はい。気を付けます」
一瞬、俺のことを認めてくれているのかと思って嬉しくなったけど、どうもそこまでではないみたい。入場は許すけど、鈴木さん達の邪魔はするなよ?ってことだろうな。
いいさ。こればっかりは背中で語るしかないんだ。
俺は鈴木さんに目で合図する。彼女はそれを受け取り、所長の前に進み出る。
「浦田所長。早速ですが、トラブルの内容をお聞かせください」
「せやな。あんまりお喋りしとると、区長に大目玉くらってまう。早速、行こか」
ということで、我々は所長に連れられて敷地内に入る。
川から取水した水が何本もの極太配管を通って、工場の中へと続いている。その工場の中へと、我々を誘う所長。
「ここが!タービン室や!」
「すげぇうるさい部屋だな!」
叫んで説明する所長に、佐川さんが興奮気味に返す。
確かに、特区にしては騒音対策も十分ではないけれど、これくらいが現場らしいと思う。寧ろ、今までの工場が充実し過ぎていたんだ。
とは言え、あまりうるさいと会議にならない。我々はタービン室から少し離れて集まる。
「さっき見て貰ったタービン室の水車を、取水した川の水で回して発電機で電気を作っとる。せやけど最近、なんでかその発電量が落ちとってな。周辺の区からも専門家や技術者を呼んだんやが、時期的なもん言うて帰ってしもて」
「時期的…そんな事あるんですか?」
鈴木さんが聞くと、所長は腕を組む。
「そりゃ、水量が違うたら、発電量も変わってくるで。せやけど、電力が下がり始めたんは梅雨頃や。川の水量が一番多い時に落ちとるんやから、時期っちゅうんは違うやろ?」
「確かにそう、ですね…」
所長の勢いに、鈴木さんは押され気味だった。
分かるぞ。俺も現場に出始めた時は、周りがベテランばかりで気後れしたもんだ。
だからそこは、先輩が背中を押してやらないと。
「鈴木さん。先ずは運転データを見せて貰ったらどうだい?」
「あっ、そうですね。浦田所長。宜しいでしょうか?」
「おお、ええで。なら一旦、事務所行こか」
我々は事務所に連れられて、お客さんに報告する用のデスクトップPCを使わせてもらえる事になった。
…これでしか運転データの修正や加工が出来ないそうだ。よく営業できるな、ここ。
「先ずはタービン関係のデータを並べてくれるかい?電力低下が6月から起きているから、1年分は欲しい」
「はい…あっ、ありました。これのレンジを1年分っと…」
鈴木さんが表示してくれた折れ線を見るに…確かに、6月の後半から発電量が伸び悩み、8月からは大幅に発電量が下がっていた。
こりゃ、区長も怒るわな。
「他に変化のあるデータはあるかな?川の水位とかは?」
「6月から8月にかけては減っていますけど…9月からは上がっています。発電量とは連動して無さそうに見えますね」
「うん。やはり水量の問題ではないか」
所長の言う通りだな。調査に来た人達も、ちゃんとデータを見ればいいのに。きっと、現場をちょっと覗いただけで結論付けたんだろう。
特区の技術者に呆れていると、後ろからPCを覗き込んでいた佐川さんが口を開く。
「量が関係ないなら質とかか?またヘドロで配管とか詰まってるんじゃないか?」
「うん。良い観点だね」
俺が褒めると、佐川さんは嬉しそうに笑みを浮かべる。
でもそれを、所長が否定する。
「そりゃ無いわ。うちの所員に、毎日ちゃーんと点検させとるさかい。配管が詰まっとったら、圧力でピンッと来るわ」
おお。ここはしっかりと点検をしているのか。きっとこの所長さんが、現場上がりなんだろうな。
なら、
「所長。何か心当たりがあったら教えて下さい。ちょっとした違和感とか、勘違いだったとしても構いませんので」
ここは、現場の声を聞くのが一番。毎日機器に接している人達こそ、より敏感に感じ取ることが出来るから。
今までの案件では、点検も碌にしない人達ばかりで出来なかった手法だが、本来は一番有効な方法だ。
「せやなぁ」
話を振られた所長は、困ったような声を上げながらも、顔には嬉しそうな笑みが浮かんでいた。
おっ。これは何かあるな。
「うちはな。やっぱタービンが怪しい思うとるんや。僅かに振動しとる気がするし、ひょっとしてキャビテーションでも起こしとるんやないかってな」
「あっ、知ってます!キャビテーション」
鈴木さんが嬉しそうに声を上げる。
可愛らしい。以前にも同じような相談事があったものね。
でも…そうか、キャビテーション。
もしも所長の見立てが正しければ、きっとデータに現れている筈だ。
「鈴木さん。水車の回転数も折れ線にしてくれ」
「分かりました……はい。出来ました」
手早くデータを纏めた鈴木さんは、自分で作ったトレンドを見て明るい声を上げる。
「あっ。当たりですね、黒川さん。回転数、発電量に反比例して上がっています」
「上がってる?」
予想外の言葉に、俺はグラフを睨んでしまう。
でも…確かに上がっている。キャビテーションが起こるとしたら、水車の回転速度が遅くなり、圧力が低下しているからかと思ったのに。
予想が逆。ならこれは、キャビテーションが主因じゃないかも。
「現場に行こう」
今はそれが、1番必要な気がする。
「ええっと…これが振動なんでしょうか?」
タービン室に戻った我々は、早速水車に手を当てて確認してみた。
でも、普段の状態を知らない我々では、この地響きの様な水車の振動が異常かどうか分からなかった。
こうなったら。
「所長!聴診棒はありますか!?」
「聴診?そんな物ないわ!」
無いのか!?
「じゃあ、プラスドライバーで良いです!貸してください!」
これくらいは有るだろうと思って問いかけると、所長は腰袋から長いドライバーを取り出す。
そっちは常備しているみたいだけど、イマイチ基準が分からんな。
気を取り直して、俺は水車のケーシング(水車を保護するカバー)にドライバーの先を当てて、お尻に耳をくっ付ける。
すると…。
ゴボゴボゴボ。
シャー!
サラサラチリチリ…。
複数の音が混ざる中、明らかにおかしな音がしている。
「これだ」
「あたしにも聞かせろ!」
俺が耳を離すと、佐川さんがキラキラした目で俺を見下ろす。
ちょっと待ってくれよ。今、何かでドライバー拭くから。
そうして拭くものを探している間にも、佐川さんは俺の手からドライバーを掠め取っていた。
ああ…。
「どれどれ?ん〜…なんかうるさいのは分かるけど…よく分かんねぇな」
まぁ、初めて聞くとそうだよな。
「なぁ、黒川。どの音だよ?」
「サラサラって音が聞こえないか?そいつはきっと、砂の音だ」
正しくは、砂が水車のブレードに当たっている音だな。この音が出ているってことは、砂がブレードを傷つけている証拠だ。そうなると、ブレードが摩耗してしまい、水の力を上手く運動エネルギーに変換できなくなって空回りする。それで、回転数だけが上がって発電が落ちるんだ。
水力発電は川の水を使って発電を行う。だから、普段も少量の砂は入ってきてしまう。でも、こんなにはっきりと聞こえるくらいに入り込んでいるのは異常。
そう思ったのは、俺だけではなかった。
「なんや!これ。砂が歌っとるやないか!えぇっ?」
そう言われましても。
圧が強めな所長の問いかけに、俺は首を振る。
「所長。何か心当たりはありませんか?例えば、沈砂池の容積がひっ迫しているとか、最近になって洪水が多いとか」
「黒川さん。洪水なら、水位で分かりませんか?」
おっと。確かに。
「どっちも無いで。圧もレベルも、しっかり点検しよるからな。例年と変わった事はなんもしよらん」
「周辺地域は如何です?」
工場で通常通りの運転をしていても、周辺で何か変化があれば変わってくる。
川って言うのは、人々の生活に根付いた物。だからとてもややこしい。人との関わり合いも増えて来る。
そして、
「分からん。周辺で変化があるかなんて、うちらには把握のしようがない。精々、夏に花火が打ち上がるくらいや」
やはり、所長さんは知らなかった。
そりゃそうだ。こればかりは区の治水担当とかでも把握しているか怪しいレベルだ。
かくなる上は…。
「実際に目で見ないと分からないかもな」
「おっ!なんかそれって、旅行みたいだな」
俺の呟きに、佐川さんがキラキラした目を向けて来る。そのまま、俺の肩を抱き寄せる。
「良いんじゃねぇか?砂を求めて3000里。みんなで原因追求の旅に出ようぜ!」
ええっ!?俺達でやるのか?
「そ、そうですね。これも仕事ですし」
何故か、鈴木さんまで乗り気なんだけど?
「頼んだで!兄ちゃん達」
所長にまで背中を押されてしまった。いつの間にか俺に、期待の籠った視線を向けるようになっているし。
それは嬉しいんだけど…大丈夫なのか?俺。こんな美少女に囲まれて小旅行なんて。理性が持つ気がせぇへんのやけど?
※所長の口調は、私が想像で変換したエセ関西弁です。ご了承ください。
「相変わらず報告書は標準語か」
そうなんです。




