54話〜貴女宛の手紙です〜
※他者視点です。
通話を終えて、私はイヤホンを仕舞うのも忘れて部屋を出る。廊下で待機していたアコに指示を出し、当主との面会を取り付ける様に言い付けた。
その返事を待つ間に、私は調べ物をする。
確か、黒川が特区でやり取りしていた会社は、JIEとかって名前だったわね。そこの鈴木とかって言う女なら、黒川の事も少しは知っているでしょ。
私は会社の電話番号を調べ、掛ける。すぐに繋がったけど、受付の女がモタモタしていて苛立たしかった。
なんで受付なのに、電話の転送方法も知らないのよ。レベル低すぎでしょ。
『お電話代わりました。ソリューションサービス室の鈴木です』
やっと繋がった。
「蘇枋乙葉よ。黒川の事で聞きたい事があるの。よろしくて?」
黒川の名前を出すと、向こうで息を飲む音がした。
間違いないわね。この鈴木が、黒川と一緒に仕事をしている女だわ。
『聞きたいことって、なんですか?個人的なことにはお答え出来ませんけど』
随分と硬い声が返って来た。私を敵視しているのが、この声だけで見えてしまう。
ふぅ〜ん。もしかして、黒川から私の事を聞いているのかしら?だから、この態度なの?
面白いわね。
「あら?そんな事を言っている時間があるかしら?この間にも、黒川が大変な目に遭っているかもしれないわよ?」
『大変な、目?一体、黒川さんに何があったんです!?』
慌て出す鈴木。やっとこちらと会話する気になったみたい。
扱い易いわ。
「黒川は今、管理局に捕まっているそうよ。無実の罪を着せられてね」
『なんでっ、そんな事…いえ、こんな事、蘇枋さんに言っても仕方ないですよね…』
ふぅん。若く短絡的な人かと思ったけど、意外と冷静なのね。普通なら、もっと取り乱すでしょうに。
ちょっと詰まらない。
「その黒川が何処で囚われているのか、貴女なら分かるのではなくて?彼が出入りしているゲートは何処なの?」
『えっと…葛飾区の』
「そうじゃなくて、区外側のよ」
黒川はそこで、捕まったんだから。
『えっと、そっちの方は分からなくて…』
「そう」
彼女でも知らないとなると、ちょっと厄介ね。きっと護衛している荒川の警察なら把握しているでしょうけど、アイツらもグルの可能性もある。
しらみ潰しに探すしかないかしら?
『あの、蘇枋さん。ちょっと時間を頂けませんか?私の方で調べてみます』
「出来るの?」
『はい。ツテがありますので、きっと…いえ、絶対に突き止めます』
ふぅん。随分とやる気ね。
私は自然と、口元が緩んでいた。なんだか黒川に似ていると思ってしまった。それが少し癪だった。
「なら、そちらは任せるわ」
なので、手短に済ませて電話を切る。
丁度その時、アコが帰ってきた。
「乙葉様!ご当主様との面会、取り付けて来ました!今、お部屋でお待ちですっ!」
…えっ。今すぐの時間を抑えたの?
「貴女、相当な無茶を言ったんじゃなくて?」
「自分はただ、任務を全うしただけですっ!」
キラキラの笑顔で報告する彼女だけど…信じられない。この様子、また土下座か何かしたんじゃないの?
…まぁ、良いわ。早い分には有難いから。
私は彼女の欲しそうな顔に答えて、頭を撫でてやる。すると彼女はぴょんぴょん飛び上がって喜び、そのまま私をエスコートした。
…なぜ私の周りには、犬みたいな子が集まるのかしら?
「ご当主様。乙葉です」
「入りなさい」
部屋に入ると、以前よりもドレスの見本が増えていた。色は様々でも、濃くてシンプルな物が多い。
きっと、私用のドレスね。
そのドレスの森の奥で、当主がデスクに座って私を見上げていた。その目は少し、呆れの色が入っている。
やっぱり、相当無茶をしたわね?アコ。
「貴重なお時間を頂き、ありがとうございます」
「そう。その貴重な時間を使ってまで話したい事とは、一体何かしら?」
「入区させた男についてです」
当主の眉がピクリと動く。
次いで、大袈裟なため息。
「随分と入れ込んでいるのね。何か、良からぬ事を考えているのではなくて?」
「いいえ。ただ、蘇枋家の名前で入らせた者が捕まったとなれば、我が家のイメージを損なう恐れがありますので」
じっと見詰めて来る母に、私は笑顔の壁を作る。
そうしていると、先に母が視線を外す。今度は本物のため息を吐き出す。
「分かった。では貴女の望みを言いなさい。私に、何をして欲しいの?」
「局に圧を掛けて頂きたいのです。黒川の無実を認める様にと」
「無理ね。蘇芳家にそんな力は無いわ」
「では、力のある方にお声がけ下さい。それは可能ではありませんか?」
私が笑顔で迫ると、母は目を細める。デスクに肘を着き、少し身を乗り出す。
「それで?貴女は何をしてくれるの?まさか、カードも持たずに交渉の場に立った訳では無いわよね?」
「私は既に、多くのカードを手にしています。鮮やかなカードを」
そう言って、私は手を広げる。周囲の鮮やかなドレス達を指し示す。
そう。私は今、世間にそれなりの影響力を持っている。私が着るドレスは飛ぶように売れ、私が出る舞台は多くの人が詰めかける。この前なんて、警察のイメージポスターに呼ばれたし、着実に地位を確立しつつある。
「ご当主様が用意したこのドレスを、私はご指示の通り着る事をお約束致します」
だから、これだけで良い。今まで通り指示に従うと言うのが、私のカード。
何よりも強力な切り札。
だって、私に拒否されたら貴女達は大慌てでしょ?女王に代役はいないもの。
「…分かったわ」
予想通り、当主は渋々頷く。そして、一通の手紙を差し出してきた。
予想外の反応に、今度は私がたじろぐ。
「これは…」
「貴女宛の手紙です。今朝、官邸から届いたばかりの」
えっ!?
私は驚き、その場で中身を改める。
そこに書かれていたのは、驚くべきことだった。
「なんで、もう、こんなことが…?」
〈◆〉
『マジかよ。黒川が掴まっちまうなんて…』
蘇芳さんとの電話を終えた私は、真っ先に佐川さんへ電話した。
彼女なら、毎回黒川さんを送り届けているから、彼がどのゲートから来ているか分かるかと思った。
そしてそれは、当たった。
『あいつが出入りしているのは、松戸の第5ゲートだ。特区で言うと、葛西の第2ゲートが一番近い』
「松戸の第5ですね。ありがとうございますっ」
『おいおい、ちょっと待てって』
私が通話終了ボタンに指を掛けようとすると、向こう側で佐川さんが慌てた声を上げる。
なので私は、渋々電話を耳に当て直す。
「何ですか?カンナさん」
『何ですかじゃねぇよ。どうせお前、1人で黒川を助けに行くつもりだろ?』
「うっ…」
言葉に詰まる。
蘇芳さんに報告した後は、そうしようと思っていたから。私に何が出来るか分からないけど、ただ座って待っているなんて出来ない。何かしなくちゃって、心がソワソワしていた。
それを、佐川さんは見抜いていた。
『ミヤちゃんらしくねぇな。ちょっと冷静になれって』
「でも、早くしないと黒川さんが…」
『分かってるよ。でもさ、管理局に行くなら準備しないとだろ?少なくともあたしは、ちょっと時間かかるぜ』
「えっ?カンナさんも、来てくれるんですか?」
だって、彼女は現役の警官。こんなことに関わっちゃいけない筈。
そう思って聞くと、彼女は『当たり前だろ?』って躊躇なく返してくる。
『今日は非番だからな。余裕だぜ』
「ええっと…」
それって、大丈夫なのかな?
そんな心配は、彼女とゲート前で合流して更に酷くなった。
「おいっす。ミヤちゃん」
「かっ、カンナさん!?」
私の目の前に現れたのは、ゴツゴツのプロテクターを全身に纏い、顔はフルフェイスのマスクで覆われた黒い巨人だった。右手に持った〈POLICE〉と書かれた透明な盾を掲げて、彼女は嬉しそうな声を上げる。
「どうだよ?署からパク…借りて来たんだ。これなら乱戦になっても負けないぞ」
「戦わないで下さい!そもそも、そんな凄い装備を借りちゃって大丈夫なんですか?非番なんですよね?」
「大丈夫だぞ。あたしがこれ着ても、誰も止めなかったからな。黒川はあたしに任せたって、先輩達も言ってたし」
佐川さんはガッツポーズを取り、その恰好のまま管理棟入口へ入っていく。
でもやっぱり、直ぐに止められてしまった。佐川さんの恰好を見た局員さんはみんな驚いて、ぞろぞろと集まって来てしまったのだった。
先頭のリーダーっぽい子が大きく手を開いて私達の前に立ちはだかる。
「ちょっと!何なのよ、あんた達」
「面会だよ面会。ここに黒川が囚われてるんだろ?会わせてくれよ」
「黒川?そんな人居ないわよ!そもそも、囚人自体が居ないし」
「女性側じゃねえ、男側の囚人だよ」
「男の?そんなの、出来る訳ないじゃん…」
リーダーは目を逸らして弱弱しく言う。
それに、佐川さんは「はっ!」と笑い飛ばす。
「嘘吐け。面倒だからそんな事言ってんだろ?いいから会わせろよ」
「出来ないもんは出来ないわよ」
「あっそ。じゃあ、こっちから行くわ。ちょっとそこ退いてくれ」
佐川さんがズンズンと前に出ると、局員達は怯えて飛び退いた。私達を警戒しながら、後ろをついて来る。同じ女性だから、腰の銃は抜けないみたいね。でも、安心は出来ないわ。
私は背後を警戒しながら、佐川さんに付いて行く。すると、彼女が急に立ち止まった。
「あっ、っとっと。どうしました?カンナさん」
「扉が閉まっててよ」
見ると、大きな金属製の扉があり、私達の行方を遮っていた。
このサイズは…流石の佐川さんでも無理ね。
「お~い。誰か鍵持ってないか?」
後ろの局員達に聞いてみるも、みんなソッポを向く。表情からして持っていそうだけど、誰も口を割ろうとしない。
「よぉ~し。良い度胸だな、お前ら」
「ちょっ、暴力はダメ!」
グルグル回り始めた佐川さんの腕に、私は慌てて飛びついた。局員達が腰の銃に手を置いたから。
暴力沙汰は不味いわ。でも、鍵が無いとここを通れない…。
どうしたら…。
「何をしているの?貴女達」
一触即発の中、涼しい声が聞こえた。見ると、白いワンピースを着た綺麗な女性が立っていた。
その女性は呆れたような表情で私達を見た後、手提げバッグから一通の封筒を取り出す。そこに記された印を指さして、局員に言う。
「直ぐにここを通しなさい。それが、神宮寺総理からのお達しよ?」




