53話~待ちなさい~
※主人公交代のお知らせ
「視点切り替え、であろう?」
失礼しました。他者視点です。
さて。大変な事になったぞ。まさか先輩まで管理局にやられてしまうなんて。
僕は車のアクセルを踏みながら、大きなため息を吐く。
僕の友達も、何度か局に捕まったことはある。ヤンチャな奴だったから、酔った勢いでイタ電したりとか、女性と会いたいなんて過激な発言してたからね。闇市に行った時なんて、女性の絵を買ったから1ヶ月も拘留させられた。
でもそれも、一時的な拘留だ。ちょっとした罰を受けただけで、直ぐに釈放された。
だから、今回の先輩も同じかと思っていたけど、まさかの実刑。それも終身刑なんて…。
「嵌められたにしても、異常過ぎる。なんか、見えない圧力を感じるな」
それもこれも、先輩が優秀過ぎるからだ。女性の声に耐えられるだけでも凄いのに、とうとう入区まで漕ぎつけて。
流石に、局員から目を付けられるよね。あの人達、プライドだけは一流だから。
そんな人達から先輩を取り戻すには…さて、どうするか。
僕は悩みながら車を走らせるが、なかなか良い手が思い浮かばない。こういう時は経験者に…と思って旧友に電話を掛けてみたけれど、あまり現実的ではない案ばかり投げつけられてしまった。
”屋上への抜け道”とか、使い道が無い…。
なので僕は、帰社と同時に先輩社員へ駆け寄った。
「係長。ちょっとお知恵をお貸しください」
「おう、まっちゃん。あの卑怯者はいつ帰って来るんだ?何時でも迎撃の準備は出来てるぜ?」
「その先輩について、ちょっと面倒なことになってしまい…」
僕が状況を説明すると、係長は笑みを消して顔を赤くした。
「の野郎ぉ~。とうとう手を出してきやがったか。えっ?よぅし、分かった。地元の仲間かき集めて、全員でカチコミ入れてやる」
「ダメですよ、係長。もっと穏便に進めないと」
お仲間って、君津では有名な暴走族なんでしょ?1000人規模のチームメンバー集めたら、本物の戦争になっちゃいますよ。
僕が止めると、係長は不満気に頭を搔く。
「そりゃ、それが社会人の対応だってのは分かるけどなぁ、あの石頭共と交渉するなんて無理だぞ?あいつら、俺達を完全に見下してやがるから、話なんて一切聞きゃしねぇ」
「なるほど。僕らじゃ無理と。じゃあ、誰ならイけますかね?」
「誰って、そりゃ…上の奴だろ。局のトップと言えば、次官とか、長官とか?」
「うちの支社長とかでは無理ですかね?」
僕が提案すると、係長は大きく手と首を振る。
「無理だ。あいつらにとって、区外の男は全員一緒。そりゃ、大臣や神宮司秘書官なら話は別だけどよ」
「なるほど。男は一緒と。でしたら、女性ならOKと」
僕が呟くと、係長は「はっ」と乾いた笑い声を上げる。
「そりゃな。でもどうやって交渉して貰う?社長にすら、こっちからの連絡手段は無いんだぞ?」
「そうですよねぇ。社長が慰問会でも開いてくれたら…」
僕が起こりもしない希望を呟くと、皮肉な笑みを浮かべていた係長が真顔に戻る。顎を摩って考え出した。
「社長は無理だが、あのお方なら話せるかもしれないぞ?」
「あのお方?」
「オトハ様だ」
えっ?
僕は驚いた。だって、ここ最近でオトハ様の慰問会は予定されていないから。2週間後に繁華街で開かれる告知はあったけど、そこまで待つのは怖かった。
先輩が、どうにかなってしまうと思ったから。
でもそれを言うと、係長は再び首を振った。
「近所の慰問会はそうだ。でも地方なら、今日にも開かれる噂がある」
「それは、何処です?」
前のめりで聞くと、係長が僕の両肩を揺する。
「群馬だ、松本。今すぐ、群馬に行け」
僕は愛車を唸らせて、関越自動車道をひた走る。まだ日は高いけど、ここから群馬までは3時間以上かかる。なので、あまり時間は残されていない。
本当はもっと早く出たかったけど、なかなか部長が許してくれなかった。実刑を受けた人を庇うのはどうなのかって、有給申請を受理してくれなかったんだ。
どうしたものかと迷っていた所に、支社長が来てくれて何とかなった。しかも、業務として行ってこいって言ってくれた。なのでこれは、僕の立派なお仕事になった。
先輩を助け出す重大なお仕事だ。失敗は許されない。
そう思って、僕は急ぎながらも途中で寄り道をした。温泉が併設されている道の駅に寄って、体を綺麗にする。レストランにも寄って、しっかりと腹ごしらえをした。
以前、先輩が言っていた。こうすると、慰問会で成功しやすいって。
だから僕は、万全な状態で慰問会の会場へと足を踏み入れた。でももしかしたら、寄り道せずに早く来た方が良かったのかも。なにせ…。
「あんま押すな!」
「前が見えんよ、これ」
小さな公園に、埋め尽くさんばかりの人がひしめいていたから。
凄い人数。真冬なのに、湯気が雲を作るほどの熱気が籠る。公園の端にテントが乱立しているから、遠征している人も結構いるみたい。
どうしよう。これじゃ前に行けない。質問が出来ないかも。
気持ちが焦り、何とか前に行こうと道を探す。でも、無い。ここには僕しか居ない。岩本係長達が道を切り開いてくれないし、先輩が背中を押してもくれない。
僕以外、誰も居ないんだ。
「そうだ。僕しか居ない。僕がやらないと、ここで終わってしまう」
自分に言い聞かせる。ミスは出来ないと、逆にプレッシャーをかける。失敗出来ないなら、慎重に行こうって思う。どうにもならないなら、機を窺うしかない。待つのは僕の得意分野じゃないか。
言い聞かせると、心が落ち着いて来る。僕はあの黒川先輩の後輩だって、自然と自信が湧いて来た。
根拠もない、なけなしの自信。でも良いじゃないか。少なくとも、自分は騙せているんだから。
それが勇気に変わるなら。
「「「おぉおお…」」」
どよめき。
見ると、パトカーに守られた局員の車が到着した。そこから数人の局員と大勢の警察が降り立って、慰問会の準備を始める。
特区から遠いから、局員の数は少なめだ。来ているのは、オトハ様に近しい局員だけみたい。よく先輩を呼び付ける傍付きの人も居るし。
そんなベテランの彼らも、舞台に立って会場を見渡して驚く。どうやら予想外の人数だったみたいで、詰め掛けた人々をただ見回していた。
そして…何故か僕の方を見て、顔を顰めた。
うん?どうして?
『これより!蘇枋乙葉様のご慈悲により、慰問会を開かせて頂く。貴様ら、有難く拝聴するように!』
僕から視線を切り、傍付きの彼がいつも通り司会をする。今までは堂々として輝いて見えていた彼が、今日は何処か焦っている様に見えた。
先輩と修羅場を潜って来たから、見え方が変わったんだろうか?
そんな風に気を大きくしていると、スクリーンが切り替わる。白い背景が暗転し、次いで真っ赤な花が咲く。今日も凛々しいオトハ様が、真っ赤なドレス姿を披露した。全身を顕わにしている彼女が、優雅にカーテシーを行う。
『こんばんは』
「「「あぁ~…」」」
男達の断末魔。前の列からドミノ倒しの様に、男達の黒い波が波打つ。そのまま、地面へと倒れ込む。
僕も、心臓が射貫かれる。その優雅な立ち居振る舞いが、僕の心を鷲掴む。ドクンッ、ドクンッと、耳元で心臓の音が狂ったように響いた。
「かはっ!はぁ、はぁ…」
荒い呼吸。酸素を求める体。
ただ、ただ、感動が全身を走る。雷に打たれたように、電流が駆け抜ける。
なんて美しい女神様。彼女になら、この心臓を捧げても良いとさえ…。
その時、頭の中で声がした。
先輩の声だ。
『女神だなんだって言われるより、対等に話せる人を欲しているだろうからね』
そう、だった。今、目の前で微笑む彼女は、女神様なんかじゃない。僕たちと同じ人間。か弱い女性。
僕と同じ言葉を使う、同じ体温の人間。
僕らはみんな、同じなんだから。
『なんだ、貴様ら。手すら上げられないのか?では、これで慰問会を終わりにするぞ』
意識を取り戻すと、そんな声が聞こえた。顔を上げると、こちらを嘲笑するような笑みを浮かべた司会が見えた。
傍付きの彼がスクリーンに正対し、頭を下げる。
『申し訳ございません、乙葉様。脆弱な劣等種共は、貴女様のお姿にひれ伏すしか出来ない様です』
『そう。では撤収を』
『はっ!』
今にも終了しそうな雰囲気。
僕は腹に力を入れて、体を起こす。
「まだです!」
声を、張る。
「まだ…僕が居ます!」
途端、司会が物凄い顔で僕を振り返る。まるで親の仇の様な憎しみを浮かべ、まるで銃を突き付けられたかのように顔を顰める。
そして、慌ててスクリーンの方に向き直り、機械を止めようとした。
そんなっ!
「待ってください!」
僕が声を掛けても、司会は知らんふりだ。着々と撤収の準備を進めていた。
そこに、
『待ちなさい』
美しい声が掛かる。
オトハ様だ。
『まだ、誰か残っているのではなくて?』
やった。気付いてくれた。
『…いえ。局員の話し声です』
くっ。
こいつ、完全に僕を無視する気だ。
そうはさせるか。
「オトハ様!聞いてください!」
僕が再び声を上げると、オトハ様の眉がピクリと動く。目が氷の様に冷たくなる。
『嘘を吐いたの?』
『ま、まさか。見逃しておりました。余りにも人が多く…』
『早くなさい』
オトハ様に急かされて、局員は悔しそうにマイクを持ってくる。僕に渡す時、凄く睨みつけてきた。
なに?変な事言うなって?そんなに怖がってるって事は、もしかして君が犯人なの?
『こんばんわ、オトハ様。僕は松本和弥。黒川先輩の後輩です』
『へぇ?黒川の後輩ね』
オトハ様の目に熱が戻り、僕の方を向く。それだけで、収まりかけた動機が激しくなる。足が震え、地面に寝そべりたい衝動に駆られる。
でも、だめだ。ここで挫けたら終わりだ。
先輩の為に。
『オトハ様…はぁ、はぁ、聞いてください。黒川先輩は今、捕まっています』
『捕まる?誰に?』
『うっ…管理、局に、です…』
「貴様!」
意識が飛びそうな中、鋭い声が聞こえた。
司会者の男だ。仲間を連れて、僕の方へと駆け寄る。僕の手からマイクを取り上げて、僕を押し倒す。ぐちゃりと、お尻が泥で濡れる。
「反逆罪だ、貴様!拘束する!」
ああ、そんな。
言い終える前に、僕は多くの局員に組み伏せられる。地面に顔をこすり付けられ、全身を押さえつけられた。
失敗した。失敗した。
あとちょっとだったのに、僕は失敗してしまった。
『鷲塚』
悔やむ僕の胸に、美しい声が入り込む。
『何をしているの?』
「はっ!乙葉様を惑わす暴徒が現れましたので、それを」
『私の邪魔をして、何をしているのかって聞いているのよ?』
オトハ様の冷たい声で、僕の心まで鷲掴まれる。
凍った様に、静かになる。
『お前、私に逆らうの?』
「めっ、滅相もありません。俺はただ…」
『お前の意見など要らない。私を邪魔するなら、お前など要らないわ』
「なっ、あっ…」
司会が固まる。激しく呼吸を繰り返すだけになる。
オトハ様が手を払う。
『分かったなら、そこを退きなさい。他の者も』
「「「はっ!」」」
局員が退き、僕は自由になる。目の前には、固まったままの司会。そいつの手からマイクを奪う。
オトハ様に向き直る。
『聞いてください、オトハ様。先輩は捕まっています。無実なんです。嵌められて、終身刑を受けようとしています。どうか、どうか力を貸してください!』
『ふっ。出る杭は打たれるって奴ね』
オトハ様は笑った。皮肉めいた言葉を吐き出し、先輩を馬鹿にした様に。
でも、その目は優しかった。
『本当に手のかかる子ね、あの子は。ハティと同じだわ』
そう言って、オトハ様がカメラに近付く。それを見て、まるで僕に近付いてくるような錯覚を覚えた。
ドアップになった彼女が、再び笑う。
優しく微笑む。
『安心しなさい、松本。私があいつを…』
その先は、覚えていない。
名前を呼ばれた事。そして、その優しい笑顔を前にして、僕の意識は途切れてしまった。
薄っすらと記憶に残っているのは、彼女が『まだまだね』って優しく微笑む顔だけだった。
「松本、動いたな」
はい。激動です。
お疲れ様でした。松本君。




