52話~我らの使命。我らの正義~
一緒に試験を受けたおじ様が、もう長官の座まで上り詰めていた。
…いやいや、そうじゃない。それはあまりにもスピード出世。そうじゃなくて、きっとあの時は受験者のフリをしていたんだ。それで、俺達を内部から試していた…のか?何の為に?
ああ、いや。今はそんな事より、どうして長官であるこの人が、俺なんかに会いに来たかを考えるべきだろ。
「何を百面相している?お前の考えが、手に取るように分かるぞ」
俺の動揺を、鞍瀬長官は嘲笑う。その言葉の通り、切れ長の目は俺の内側を見透かす様に強い光を放っている。
そうかい。お見通しかよ。
俺は張り詰めていた息を吐き出し、正直に聞く。
「なら、話は早いですね。長官ともあろうお方が、こんなところへ何をしに来たんです?まさか、態々俺を足ふきマットにする為に?」
「ふっ、それは名案だ。今から私の部屋へ来て、這い蹲る覚悟がお前にあればだがな」
「ある訳ないでしょ…」
俺が力なく否定すると、長官の口が少しだけ笑みを作る。でもすぐに真顔に戻り、俺を見据える。
「私がここへ来た理由。それは、お前を管理局員に誘う為だ」
えぇ…。
「まだ、そんな事を言われるんですね。俺は終身刑を受ける重大犯罪者になったって言うのに」
「取るに足らん事だ、その様な紛い物の罪。私であれば、幾らでも揉み消す事が出来る」
まっ、紛い物って。まさか…。
「あんた、鷲尾のやった事を知っているのか?知っていて、ただ見逃しているって言うのか?この蛮行を」
「管理局員になれ、黒川慶吾」
ぐっ、聞いちゃいないな、この人。
でも、局員になれば最悪、犯罪者にならなくて済むって事だよな。なら、それも良いのでは…?
沈んでいた心が、徐々に軽くなっていく。いつの間にか、局員になる自分を想像し始める。明るい世界に戻りたいと思い始めていた。
良いんじゃないか?局員になるのも。
「って、何を考えてんだ、俺は!」
俺は慌てて頭を振る。弱った心が楽な方向へ逃げようとするのを、何とか留める。
ここで局員になったら、俺は俺で無くなるぞ。この腐った組織の歯車になるだけで、いずれ俺も錆び付いてしまう。鈴木さん達に合わせる顔が無くなっちまう。
俺は顔を上げる。すると、こちらを興味深げに見る長官の表情があった。独り相撲をしていた俺を、楽しげに観察している。
くそっ。あんたの思う通りになるか。
「お断りします、長官。俺は俺です。局員にはなりません」
「ふっ。君は何か、勘違いをしているな。我々がしている事は同性を虐げる悪ではなく、世界を守る正義である」
「正義?」
陳腐な言い方に、つい俺は口元を緩ませてしまう。
それを見て、長官も片頬を引き上げる。後ろに組んでいた腕を解き、右拳を上げる。
「男とは、何とも愚かな生き物だと思わぬか?3度の世界大戦を引き起こし、今も癒えぬ傷を世界に刻んだ。君も知る様に、あの核戦争の放射能汚染が、この歪んだ男女比を作り出した」
「そっ、それって…!」
既に、第3次世界大戦が起きたって事なのか!?この世界は、核戦争が起きた後の世界ってこと!?
驚きで、心臓が飛び出すかと思った。変な世界だとは感じていたが、まさか放射能が原因で女性が産まれ難くなっていたなんて…。
必死になって情報整理をしている俺の前で、長官は満足そうに頷く。
「ああそうだ。嘗ての愚かな男達が、今も世界を苦しめている。誰より強く、誰より先へ、誰より上へ! 競い、争い、殺し合い、己が同胞を喰らい合い、その結果が世界を壊した。それこそが男の性。男の業だ」
長官は顔を歪め、握った拳を見詰める。それがまるで、憎む業であるかの様に。
そして、不意に視線を上げる。まだ瞳に強い光を残しながら、俺を見る。
「分かるか?黒川。その欲望の連鎖を止める為には、秩序が必要だ。止める為の番人が必要だ。それこそが管理局。それこそが我々である。男を統治し、この世を統治し、そして女神様を守る。それこそが我らの使命。我らの正義」
握っていた拳を開き、長官は俺へと手を差し出す。
真っ直ぐに、その右手を。
「お前はその素質を持っている。黒川慶吾。お前こそ、我らの同胞として相応しい」
「素質?」
「ああ、そうだ。女神様を前にしてもブレぬ心。揺らがぬ信念。その様な強き男を、我らは求めていた。欲に呑まれず歩み続ける者こそ、私の右腕となるに相応しい」
俺の特異体質を見抜いて、誘っているって事か。
それを聞いて、俺は複雑な気持ちだった。だってこれは、俺が異世界人だから得た能力で、俺が努力して得た力じゃない。
でも、認められたのは嬉しかった。ちょっと過大な評価だけど、巨大組織のトップに言い寄られるのは悪い気がしなかった。
でも…。
「お気持ちは有難いんですけど、やっぱり俺の意思は変わりません。俺は俺の仕事で、女性の皆様を支えて行きたいって思うんです」
「仕事だと?お前はその力を持ちながらも、敢えて地べたを這おうと言うのか?」
「地べたって…縁の下の力持ちってのも、大事な役割じゃないですか」
そりゃ、局員様は華やかしい仕事なんだろうけどさ、俺には向かないよ。俺には、今の生き様が合っている。
俺がそう言って肩を竦めると、長官は手を引いた。眉を寄せて、俺に皮肉な笑みを向けて来る。
「全く、厄介な存在だよ、君は。稀有な才能だと言うのに。それを認識して尚、ただの男であろうとするとは」
「厄介?」
さっきから随分な言い方だなと、つい俺は立ち上がってしまう。
それでも、長官は引かない。嘲笑を消し、俺を鋭い目で見据える。
「君を知れば、誰もが羨むだろう。君と代わりたいと、君に変わりたいと渇望する。故に許されない。君は、君という存在は。ただの男が、女神達と交わるなどあってはならない」
「それでも俺は、俺の道を貫きます」
この人の言葉を聞いて、俺はより自分の正しさを認識した。
彼らの様に、女性を女神だと崇めることが正しいなんて思えない。俺が接した彼女達はみんな、感情のない女神なんかじゃない。1人1人が個性を持ち、価値観を持ち、笑い合っていた。だから、長官の様に思うのは間違っている。
彼女達は決して、女神なんかじゃない。俺達と同じ、人間なんだ。
だから、
「俺は局員にはなれません。俺は俺です。黒川慶吾です」
俺は、自分の価値観を曲げない。少なくとも、俺だけは。
「ふっ、そうか」
長官はまた、嘲笑を浮かべる。まるで自分が正しいと言うように、俺を見下ろす。
「ならば暫し考えるがいい。改心し、この世界の為に尽くす男となり、解放されるのか。このまま、異端の革命者としてここに留まるのか。2つに1つの道を、その暗く冷たい独房の中でな」
そう言い残し、長官は足早に去って行く。震える彼の肩は、まるで俺を嘲笑っている様にも見えた。
愚かな。
そうとでも言うように。
でも、
「さて、筋トレを再開しますか」
彼との会話を終えてから、俺の心は軽くなった。
局員にならないと独房からは出さないぞ!と脅され、最後に嘲笑を受けはしたが、裏を返せばそれは、俺に利用価値を見出していると言うことだ。この局のナンバー1の目に留まっているのなら、最悪の事態にはならない気がしてきた。
鷲尾よりも、長官の方が立場は圧倒的に上だろうからね。いざと言う時は、これを交渉材料にも出来るかもしれない。
それは本当に、最悪の場合だけど。
そうして、暫く独房の中で生活する。何度か質素な飯が出て、ベッドで軽い睡眠を取る。
持ち物検査で全部取り上げられてしまったので、時間も何も分からないけれど、きっと数日が経ったと思っていた。
そんな時、また俺の独房に数人の局員がやって来た。鷲尾でも長官でもない。見た事ない奴らだった。
その内の1人が、徐に言う。
「面会だ、黒川。大人しく出てこい」
「面会?」
聞くが、局員達は口を開こうとしない。ただ独房の扉を開けて、早く出ろと銃で催促する。
それに従い独房から出ると、再び手錠をされる。背中に銃口を突き付けられ、歩く様にと突つかれる。彼らの厳しい目が、下手な動きをしたら容赦はしないと語っていた。
やらんよ。今はね。
俺は大人しくそいつらに連れて行かれて、一室に入る。前回、鈴木さん達と面会した時と似たような作りの部屋だが、あの時よりも随分と小さな部屋だった。そして、向こう側に居るのも女性では無かった。銃を持たない局員が1人と、心配そうな表情を浮かべる小太りの青年が1人。
「まっちゃん!」
俺が駆け寄ると、彼も慌てて立ち上がる。そして、青い顔で無理に笑みを作って見せた。
「本当に捕まるなんて、びっくりしましたよ、先輩。何があったんです?」
「嵌められてな。何も出来ないままに捕まってしまった。鷲…オトハ様の傍付き局員さんからは、終身刑だと伝えられている」
「ええっ!?しゅ…?そんな、一体なんで?誰がそんな、嵌めるなんてして…?」
「それは…」
俺は言葉を切り、周囲を見る。局員達は俺を厳しく監視し、一丁の銃口がこちらを向いていた。
下手な事を言うなって事か?分かっているよ。
俺は視線を松本君に戻し、大きく首を振ってみせる。そうすると、彼も察してくれたみたいで「ああ」と乗り出していた体を引く。そのまま、足元からドンッとダンボールを机の上に乗せた。
うん?
「まっちゃん。これって、もしかして…」
「勿論。お約束の差し入れです」
約束って…まさか本当になっちまうとはな。
俺が苦笑いを浮かべる前で、松本君がダンボールの蓋を開ける。中にはお菓子や日用品なんかが大量に詰め込まれていた。
「これは星里部長からで、こっちは岩本係長から。そしてこれが支社長で、ここら辺が僕です」
「こんなに…」
俺はつい、ホロリと涙を落としてしまった。
慌てて目頭を抑え、そのまま頭を下げる。
「済まない、まっちゃん。ありがとう。みんなにも迷惑を掛けちまって」
「何言っているんですか、先輩。僕たちは同じ会社の仲間じゃないですか」
力強く言い放つ彼に、俺は自然と顔を上げる。声と同じくらい頼もしい表情の後輩が、ニカッと笑った。
「待っていて下さい、先輩。僕が何とかしますから」
「な、なんとか?」
「ええ」
そう言って、松本君は胸を叩く。
何をするつもりなのか、ここでは聞けないのがとてももどかしかった。
ただ1つ言えるのは…。
あまり無茶してくれるなよ?まっちゃん。
これは…次は松本君のお話っぽいですね。
「次回:松本、動きます」
ダメダメ!
そのサブタイはホントダメ!




