51話~このケースは何だ?~
入区しようとしたら、ゲートで止められてしまった。相手の確認不足かと思ったけど、どうも局員の様子が怪しい。もしかしたら、まだ進藤社長から局へ連絡が行っていないのかも。
どうするべきかと考えていると、局員の目が鋭くなる。
「何時まで突っ立っているんだ?怪しいな。本当は不法入区を狙っているんじゃないのか?」
「えっ!?いや、違いますよ!」
俺は慌てて否定するも、局員は肩に掛けていた銃を向けてくる。
「うるさい!今すぐ立ち去らないなら、ハチの巣にするぞ!」
「いっ!?」
セーフティも外して、本当に撃ちそうだ。
これは、不味い!
取り敢えず逃げるしかないと、俺の足が後ろへ動く。
と、その時、
「おい。そこで何をやっている?」
後ろから声が掛かった。
振り返ると、デコの広い局員が訝しそうに俺を見て、同僚に問いかけていた。
そいつの顔は何処かで見た顔だ。確か…。
俺が思い出そうとしている後ろで、銃を向けていた局員が直立になり、敬礼する。
「申し訳ありません!鷲尾一等管理保安監。こいつが、無理やりゲートの通過を試みた為、防衛しておりましたっ」
おいおい。そりゃ、あまりにも誇張が過ぎるだろうが。
俺は下っ端局員に反感を覚えるも、何か言う前に鷲尾局員が手を突き出す。俺を指さす。
「貴様、乙葉様の慰問会に居た奴だな?俺とも何度か顔を合わせていると思うが?」
あっ!
「オトハ様の傍付き局員さん」
正解だったみたいで、硬かった彼の表情が少しだけ緩む。
彼はそのまま、胸ポケットから灰色のカードケースを取り出し、こちらに差し出してきた。
なんだ?
「通行証だ。これがあればゲートを越えられる。まさか知らんのか?」
「つうこう、証。これを、私に?」
何故、そんな貴重な物を俺に?
訳が分からず、鷲尾さんに視線を戻すと、彼は「ふんっ」と鼻を鳴らす。
「あの特別慰問会から、乙葉様は随分と明るくなられた。そのキッカケの一端を、お前達も担ったのだ。末端も、末端。殆ど意味をなさない役割ではあったが、乙葉様の役に立った事は事実。その報酬だ」
「それは…ありがとうございます」
随分と偉そうで、受け取るのを考えてしまったけど…今は急いでいる。背に腹はかえられない。
頭を下げて受け取ると、鷲尾さんはまた「ふんっ」と鼻を鳴らすだけで去って行った。
ツンデレかな?そこまで悪い奴じゃないのかも。
俺は彼への印象を変え、通行証を掲げる。下っ端局員は悔しそうに見ていたけど、何も言わず俺を通した。
そして俺は、無事に入区手続きを受ける事が出来た。
通行証を見せていたら、もう誰も俺を阻もうとしない。本当に良い物を貰った。
そう思いながら身体検査を受けていると、検査官の1人が貴重品トレーに入れた通行証を睨みつけた。
「このケースは何だ?」
「えっ?何って、ゲートの通行証ですよ」
「通行証?」
…えっ?なんで局員のあんたが、そんな事を知らないんだ?ゲート担当しか知らないとか?いや、でも…。
違和感を感じた俺。でも、それは遅すぎた。
「こ、これはっ!」
カードケースを怪しんだ局員が、ケースの中から通行証を取り出すと、その裏から何かを見つけた。
それを摘まみ上げ、顔を真っ赤にして叫ぶ。
「針だ!それも、こんな長いのを隠していただと?貴様!これで何をしようとしていた!?」
針だとっ!?
「待ってくれ!それは俺のではなく、鷲尾って名前の局員から渡されて…」
「そんな名の局員は居ない!」
居ない!?
じゃあ、さっきのやり取りは…。
「貴様、やはり危険思想の暴徒であったか!拘束する!」
「待っ…いでで!」
複数人の局員に押さえつけられて、俺は身動きが取れなくなる。そして手首を拘束され、何処かへと連れて行かれる。
その道中で、俺は奥歯を噛み締めた。
ああ、そうか。俺は嵌められたんだ。あの鷲尾って偽名の傍付き局員が、ケースに針を仕込んだ。きっと、ゲートに居た下っ端局員もグルだな。思えばあいつら以外、通行証を見ていなかった気がする。通行証なんて物は、存在すらしていなかったんだ。
考えてみれば分かる事だった。入区しようなんて男は、俺しか居ないんだから。
「入れ!」
「ぐあっ!」
暗い通路の先には牢屋があり、俺はその内の一室に蹴り入れられる。顔からコンクリートの地面に突撃してしまい、強かに顎をうつ。解かれた手で触ってみると、薄ら血が付着した。
そうしていると、後ろでガチャリと音がする。振り返ると、頑丈な鉄格子の扉が閉まり、俺を連行した局員が厳しい目で見下ろしていた。
「大人しくしていろ」
冷たく言い放った彼らは、そのまま来た道を戻る。乱暴にドアを閉めた音が聞こえ、彼らの足音も途絶えた。
「いてて…」
再び顎に手を当てながら、周囲を観察する。
窓等は一切なく、通路の電球が唯一の光源だ。部屋の中は殆ど何も無く、簡易ベッドと古臭いトイレだけ。
脱獄とかは…難しそうだな。
仕方ない。待つことにしよう。きっと、進藤社長あたりが誤解を解いてくれるだろうから。区長案件で急いでいるみたいだったし、そんな長いことは拘束されないと思う。
俺はそう考える事で、胸の内で燻る不安を抑えようとした。そうでもしないと、この薄暗い空間に心の中まで暗くされそうだったから。
どうなるのだろうか。あの傍付き局員は、何が狙いでこんな事をしたのか。
そんな考えを払拭する為に筋トレを始めるも、気持ちが乗らない。胸の内に不安がこびり付いて、全然集中出来なかった。
結局俺は、またベッドに座り込んだ。
そうして、暫く心を落ち着けようとしていると、何処かでドアが開く音がして、複数人の足音が廊下を反響する。その足音達が徐々に近付いてきた。
牢屋の外に、2つの影が差す。
「ふんっ。厚顔無恥な貴様でも、それなりに堪えている様子だな」
「ああ、あんたらか」
顔を上げると、そこにはゲートで会った下っ端局員と、自称鷲尾保安監の2人が立っていた。彼らの顔には、こちらを嘲笑するような笑みが浮かんでいる。
分かりやすい。俺達が犯人でございって言っている様なもんだ。
「なんでこんな事をしたんだ?オトハ様の慰問会が成功して嬉しいって言ったのは、嘘だったのか?」
「しらばっくれやがって。貴様が乙葉様に近付き過ぎたのが原因に決まっているだろう!」
顔を真っ赤にして唾を飛ばす鷲尾。俺に、敵意剥き出しの目を向けて来る。
「ただの雑魚男が、俺達管理局員様の真似事をしやがって。お前が調子に乗っているから、この俺様自らが動いてやったんだ」
「そうそう。慰問会を開こうとしたり、乙葉様と電話したり。分不相応なんだよ!」
鷲尾の後ろから、下っ端局員も煽る様な声を上げる。
でも、その内容はあまりにも稚拙。ただの嫉妬であった。しかも、この鷲尾と名乗る男の私怨。
なんだ、そんな事なのか。
俺は張り詰めていた緊張を解き、息を吐く。
もっと組織的な問題…例えば、俺が何度も入区を繰り返しているから、危険分子だと思われての事とかだったら大変と思っていた。けれど、思ったよりも小さな原因だったみたいだ。
そう俺が安堵すると、鷲尾は鼻にシワを寄せる。
「貴様、自分の立場が分かってない様だな。特区に武器を持ち込もうとした時点で、国家反逆罪に該当する。このまま行けば、貴様には終身刑が下されるだろう」
「えっ!?」
ちょっと待て。針1本の携帯で、国家を危険に晒す最高刑になっちまうのか!?
あまりの事で、俺はつい立ち上がっていた。それを、鷲尾が再び笑みを浮かべて見上げる。檻から1歩下がる。
「例外は無い。貴様も、こいつらの様に生きる屍となって悔いるがいい。自分の犯した大罪をな」
こいつらと言って、鷲尾が後ろの檻を指さす。
今までそっちを気にしている余裕が無かったが、よく目を凝らすと、その簡易ベッドには人が横たわっていた。
酷く痩せた老人だ。胸が上下に動いてなければ、死んでいると勘違いしそうな程に衰弱していた。
俺も、ああなるって言うのか?
ふざけるなよ!
「お前が仕組んだ事だろう!針も、俺は一切触れていない!俺の物という証拠はない!」
「それがどうした?貴様の持ち物から出てきた時点で、貴様の行く末は既に決まっている」
「なにっ!?」
マトモに現場検証もしないって事か。まさか、裁判もろくにしない?
俺が絶句していると、鷲尾が乾いた笑い声を上げる。そのまま、下っ端も連れて帰って行った。
奴の汚い笑い声が廊下に響き、ドアの閉まる音が聞こえてやっと、静かになった。
「くそっ!」
あまりに理不尽な状況に、俺は怒りのままに檻を蹴る。でも、檻はビクともしない。
どうする。このまま助けを待つだけで良いのか?国家反逆罪って、下手したら何処か地方の刑務所に送られるかもしれないぞ?そうなったら、流石の社長も手出し出来ないんじゃないか?
いやそもそも、俺が犯罪者になったら、会社をクビになるかも。社名を汚してしまうから、関わり合いたくないと思うのが普通じゃないか?
怖い想像が、頭の中を巡る。自然と簡易ベッドの上に戻って、頭を抱えていた。
そうしていると、またドアが閉じる音が聞こえた。続いて、1つの足音が近付いて来る。
誰だ?また鷲尾が煽りに来たか?ヒマな奴だな。
俺は気力を振り絞り、ベッドから立ち上がる。精一杯背筋を伸ばし、奴に弱みを見せまいとした。
だが、現れた影は鷲尾の物では無かった。もっと細く、俺と同じくらいの背の高さがあった。
「ほぉ?思ったよりも元気そうだな。黒川慶吾」
「あっ、あんたは。試験の時のおじ様じゃないか!」
目クソおじさんを足ふきマットにしていたおじ様が、局員の白い制服を着て俺の前に立っていた。
そうか。
「局員に受かったんだな、おじ様。おめでとう」
「ふっ。何を勘違いしている。私のこの声を、お前は覚えていないのか?」
えっ?声?
あれ?そう言えば、このイケボとお高く止まった喋り方は、何処かで聞いた気がするぞ?
そう、あれは管理局からの電話。あの時に俺を局員に誘ったあの人の物だ。
あれって、確か…。
「鞍瀬、長官?」
「思い出すのが遅いぞ?黒川。減点だ」
そう言って楽しそうに笑う彼の目は、異様な光を孕んでいた。それを見て、俺の中の不安が膨れ上がる。
管理局のトップが、こんな所へ何をしに来たんだ?




