5話~終わりではありませんよ?~
パソコンのスピーカーから聞こえたのは、毎朝の朝礼で耳にする社長の声だった。
この声を聞くと、午前中にトイレへ駆け込むみんなを思い出してしまうから、正直苦手だ。未だに、岩本係長の笑顔がチラついてしまう。
いやいや。それは失礼だろ。この声に劣情を抱いているのは彼らの責任なのだから、こうして彼女にマイナスイメージを持つのは違う。
しっかりと、向き合わねば。
「初めまして、進藤社長。製品管理部の黒川です。本日は面談をして頂けるとの事で伺っております。宜しくお願い致します」
PCでも見えるよう、小さく頭を下げた俺。でも、向こうからの反応は無い。無言のまま、数秒が過ぎる。
回線のトラブルか?マイクが入っていなかったか?と心配し始めた時、漸く向こうから反応があった。
『ええ、はい。宜しく…』
…なんか、歯切れが悪いと言うか、戸惑ってる?俺、何か不味い事を言ったのか?
どうリカバリーするべきかと必死に考えてたけど、俺が答えを出す前に社長から最初の質問が飛んでくる。
『では先ず、貴方が所属する製品管理部の業務内容を教えて下さい』
「えぇ~、はい。業務は主に、稼働中の製品についての状況確認と…」
取り敢えず、当たり障りのない範囲で業務を説明する。下手に問題となっている製品とか、先月のトラブルとかを言い出すと収拾つかなくなるだろうし。
相手がユーザー様だと思って、対応しよう。
「と言うのが、主な業務となっております」
『はい、十分です。では次に…貴方は入社して何年になりますか?』
「今年で8年目です」
『中堅社員ですね』
まだ肩書きもない平社員だけどね。
『長く務めていますが、貴方にとって仕事をする目的はなんですか?』
「はい。えぇ…賃金を頂き、生活を豊かにする事です」
正直に言ってしまおう。ここで「やりがいです!」なんて答えたら、本当に穴埋め要員にされるかもしれんからな。
あと、それだけ金に飢えてるって分かって貰いたい。給料安いんですよ、この会社。
ベア、ベア、ベア!
『そうですか…』
俺の訴えに、社長はため息混じりに呟く。そして、憂いた声で呟いた。
『私の為では、ないのですね…』
ヤッバ!愛社精神が無いと思われたか?
「も、勿論、会社の為でもありますよ?この会社の事は好きですし、社員は頼れる戦友です。皆さんの役に立ち、会社の一翼を担えたらと思っています!」
結局、建前の理由も述べてしまったが…仕方ないだろ。給料アップを願い出て、解雇されたら溜まったもんじゃない。
これで、社長は機嫌を治してくれるか?と固唾を飲んで待っていると、次に発せられた社長の声は、すっかり元の声色に戻っていた。
『なるほど。会社を回す為に、今日と言う日も働いているのですね?』
「ええ。はい。自分のタスクを終わらせる為に…」
『嘘ね』
うっ…。
『貴方の退社記録を見るに、業務に追われている様には見えません。今日休んでも、明日以降で取り返せるでしょう。それでも慰問会に行かなかったのは…女性が嫌いだからですか?』
「えっ?あっ、いえ!とんでもない」
予想外の質問に、俺は取り乱しそうになりながら否定した。
女性の前で、女性が嫌いなど言ったらどうなるか分からん世界だからな。
それに…。
「私も男です。人並みの欲はあり、女性を好ましく思っております」
本当に、嫌いではない。婚活で色々苦労していたが、女性と話す事自体は楽しい。学生時代、好ましく思っていた娘とかもいたし。
だから、決してあっち系じゃないですよ?と俺は念を押すと、社長は更に踏み込んで来た。
『では何故、慰問会に行かないのですか?蘇芳乙葉さんが貴方の好みではなかったと?』
「と、とんでもない!」
勘弁してくれ。何処に耳があるか分からないんだぞ。
変な音を奏でる心臓を押さえながら、俺は力説する。
「私が慰問会に行かなかったのは…そのぉ…あの場の雰囲気が私に合わなかったからです」
何と言うべきかをちょっと考えてしまったが、俺は素直に話した。
あれは本当に、トラウマになるレベルの異常さだったから。全員がスクリーンに釘付けで、異様な熱気が包んでいた。まるで洗脳されているのかと思うくらい、あの場の雰囲気はおかしくなっていた。
いつしか自分もあれに囚われてしまうのではと思うと、美女との会話よりも保身に走りたくなってしまったのだ。
「ですから決して、蘇芳様云々の問題ではございません!」
『そうですか』
そうですとも。だから、告げ口だけはマジでやめてね?
『では貴方は、場の雰囲気が苦手なだけで、蘇芳さんと会話したことに関しては喜んでいると?』
「それはもう、夢のような時間でした!」
悪夢の方だけどね。
『蘇芳さんをどう思いましたか?彼女の声を聴いて、どう感じましたか?』
「とても素敵な女性だと思いました」
つい反射で答えてしまったが…大丈夫だったか?今の発言。30歳のオッサンが堂々と…セクハラで捕まったりしないだろうな?
俺はビクビクと、社長の次の言葉を待つ。
だが、
『分かりました。では、私からの質問を終わります』
社長の声色は平坦。怒ったりドン引きした様子はなし。
「はい。ありがとうございました」
ふぅ。何とかなった。
俺はつい口元が緩みそうになって、顔を隠す為に深々と頭を下げる。
後半は慰問会の事ばかり聞かれたけど、無難な返しをした筈だ。しっかりとオトハ様の事も持ち上げたし、この会話を第三者が聞いていても問題ないと思う。これで、午後からのタスクに移れる。
そう思った俺の頭上で、
『まだ面談は、終わりではありませんよ?』
「ひょっ?」
無慈悲な社長の言葉が降りかかる。
驚いて顔を上げると、画面にはしたり顔でこちらを見詰める女性の姿が。
ああ、カメラをONにしたのか。
『改めまして。私が、社長の進藤知代子です』
「あっ、ご丁寧にありがとうございます。黒川慶吾です…って、僕側はずっとカメラONでしたね。失礼しました」
『ふふっ。構いませんよ』
社長は小さく笑みを零す。
思っていたより若い方だった。髪は白髪交じりで、目元にはしっかりと皺が刻まれているが、目は生き生きとしていて姿勢が良い。50代くらいか?バリバリのキャリアウーマンって感じの美魔女だ。
その美魔女が、少しだけカメラの方へと身を寄せる。
『さて、黒川さん。今度は貴方の質問を受けますよ?』
ああ、そうか。面談って、最後にこれがあったよな。まるで定型文みたいな最後の質問。
こいつには勿論、
「特にありません」
こちらも定型文で返すのが礼儀。
なんの不満もありませんので、このままここで働かせて下さい。
そう言う意味を込めて返した俺の答えに、社長は笑みを消す。『本当に何もありませんか?』と言いながら、スーツの上着を脱いだ。
…暑いのか?こっちは上着羽織ってても寒いぞ?
『何でも構いませんよ?”個人的な”ことでも、ね?』
「ええっと、そうですね…」
これは、何か言わないとダメなパターンだ。意見も要望もない無気力な社員だと、レッテルを貼ろうとしているのかも。
とは言え、ここで給料アップを直接申し出るのは違う。それは、支社長に言うべき案件だ。
ならお言葉に甘えて、個人的な事を願い出よう。
「でしたら一つ、要望を」
『…どうぞ』
なんでそんな、目を鋭くさせるの?
「慰問会には行きたくないと申しましたが、蘇芳様がいらっしゃる回には参加したいと思っています」
約束してしまったからね。行かなかったら処刑されるかもしれん。
「なので、その時は有給を使わせて頂きたく思います」
だから、俺を体のいい補充要因にはしないでくれよ?
そんなニュアンスも含めて希望を出すと、社長は暫し動きを止めた。でも再び動き出した時には、とても満足そうに微笑んでいた。
『分かりました。その時は貴方を優先させましょう。他にはありませんか?』
「はい。ありません」
『結構。面談の結果は、後ほど支社長に伝えます。お疲れ様でした』
そう言い残し、社長は退出した。
何とか終わったけど、随分と変わった面談だったな。もっと異動希望とか、キャリアアップとか聞かれるとビクビクしていたのに。
まぁ、取り敢えず…。
「腹減ったぁ」
途中だったからな、昼飯。
〈◆〉
「ふぅ…」
通話を切り、私は心の中の緊張を吐き出す。足に掛けていた上着を羽織り、冷たくなってしまった手先を温める。
「お疲れ様でした、社長」
そうしていると、秘書が温かいコーヒーを持ってきてくれた。
私はそれを受け取りながら、彼女に”調査結果”を聞く。すると…。
「彼の体温は正常値でした。一部の質問では上がっていましたけど、殆ど正常…」
「その質問とは、なんです?」
やっぱり、あの質問?
「あっ、ええっと…蘇芳さんが好みじゃないのか?って質問です」
「…そう」
私がカメラに映った所だったり、上着を脱いだところじゃなかったのね。
私に興味を示さないのは傷付くけど、でも試した価値があった。彼がかなり”特殊”だと言う事が分かったから。
「なかなか、良い人材が眠っているものね」
「えっ?そうですか?」
私が喜びを零すと、秘書は不思議そうな顔をする。
何か?
「いえ、だって、蘇芳さんの慰問会には行きたい!って言ってましたし、他の男と同じような気が」
「…貴女は何処を見ているの?」
彼女の話をする時、彼の目は死んでいたじゃない。本心じゃないのがバレバレよ。もしも他の男と同じ様に発情していたら、あんな理路騒然と喋ることも出来ないわ。
…とはいえ、あまり分かり易過ぎるのも問題ね。もう少しポーカーフェイスが出来るようになってもらわないと。
これから貴方に任せる、大事な役割の事を考えたらね。
「彼みたいな人材は、そうそう現れないでしょうからね」
適材適所。
彼をあのまま埋もれさせるのは、勿体ないわ。




