48話〜ほらっ!また滝だ!〜
「鈴木さん!」
鈴木さんから『ダイオキシン濃度が下がっていない』と連絡を受けた俺達は、すぐ現場へ急行した。そして、一足早く着いていた鈴木さんを中制で見かけて、駆け寄った。
その声に、青い顔の彼女が振り向く。
「黒川さん!どうしましょう…。数値が…」
「先ずは結果を見せてくれ」
俺が手を出すと、すかさずファイルを渡す鈴木さん。
準備していたか。流石だ。
褒めたい気持ちを押し止め、ファイルに目を通す。彼女の言う通り、殆ど数値が下がっていない。採取の現場は俺も立ち会ったし、採り方やタイミングの問題ではない。
なら…。
「燃焼温度は?」
「下がっていません」
画面に表示してくれたトレンドを見るも…確かに、昨日からはしっかり850℃以上をキープしている。ゴミピットの方も、汚水の姿は完全に無くなっていた。
燃焼温度が原因じゃない?他に何か要因があるのか?
俺はDCS画面前に戻り、1つ1つを確認し始める。そこに、後ろから声がポツリ。
「あぁ…だから男なんかに…」
所長だ。青い顔で爪を噛み、右往左往していた。
…いや、分かっている。彼女もいっぱいいっぱいなんだ。操業停止が現実味を帯び、何かのせいにしないとやっていられないんだろう。
だからな、佐川さん。そんな顔で所長を睨まないでやってくれ。
「黒川さん。どうしましょう?もっと、燃焼設備の温度を上げましょうか?」
「いや、これで十分だよ。あまり高いと、今度はサーマルNOXが発生してしまう」
焦った様子の鈴木さん。その姿を見ていると、胸の内で膨らんだ不安が小さくなる。俺は冷静にならなきゃって、気持ちが自然と落ち着いてきた。
そう。先ずは冷静に分析しよう。俺は技術屋なんだから。
…そうだな。NOXか。
「鈴木さん。NOXと一緒で、ゴミ処理場におけるダイオキシンの発生にも、幾つか発生パターンがあるんだ。1次生成と、2次生成って言うのがね」
「1次、2次…ですか?NOXと一緒という事は、やっぱり温度で?」
「うん、その通りだよ」
ダイオキシンは200~400℃の間で発生する。そして、ゴミ処理の機械でその温度に達するタイミングは2回ある。ゴミを燃やしたその瞬間と、燃焼したガスを冷却するタイミングの2回だ。
ゴミを燃やして発生するダイオキシンは、後流の燃焼部で分解される。それが十分でないと思って、昨日は燃焼温度を上げる事に注力した。
「なら、もう1つのタイミングが怪しいと?」
「ああ、そうなる。特にボイラーやSTB辺りが…うん?」
俺はスタビの画面を開いた所で、違和感に気付く。そこで〈緊急散水中〉と言うボタンが赤く点灯していたからだ。
「おかしい」
「えっ?何がおかしいんですか?」
「この緊急散水ってのはね、文字通り緊急時にしか作動しない安全装置なんだ。それが、通常操業時にも発生しているのが異常なんだ」
そもそも、ゴミ処理設備におけるスタビライザーとは、排ガスの温度を一定に調整する為の安定装置だ。設備の中で水を噴霧する事で、上がり過ぎた排ガス温度を下げている。
そして、あまりに排ガス温度が高過ぎる時は、こうやって最大量を一気に噴霧して、非常事態を乗り切ろうとする。
だから、普段から緊急噴霧していると言う事は、普段からガス温度が高いと言うこと。
俺は、ボイラー設備画面を開いて見る。確かに通常よりは高い気がするけど…燃焼設備と違って、温度計の数が少ない。分かるのは、ボイラーの入出のガス温度くらいだ。
「鈴木さん。このボイラー出口の温度変化を、ここ数年分トレンドにしてくれないか?」
「分かりました」
鈴木さんは手際よく、手持のパソコンでカタカタと作業する。
その間も、スタビの緊急散水は入りっぱなしだ。オペレーターも、特に気にした様子はない。普通なら、ゴミ処理速度を落としたりするのに。
緊急事態が通常?嫌な予感がする。
「黒川さん。出来ました」
「ありがとう。ああ、やはりか…」
鈴木さんが作ってくれたトレンドを見て、俺は唸る。予想よりも、酷い事になっていたから。
「所長。ちょっと」
「なんだい!私は今、ゴミの転送を各所に相談して…」
「原因が分かりました。ちょっと話を聞かせて下さい」
所長は苛立っていたが、俺は有無を言わさず所長を呼び付ける。そして、鈴木さんが作ってくれた折れ線グラフを見せつける。
「今年に入ってから、ボイラーの出口温度が跳ね上がったままになっています。もしかして貴女、灰落し装置を使っていないんじゃないですか?」
灰落し装置とは、ボイラーに付いている付属機械の1つだ。ボイラーの内部には数多の水管が巡らされており、その水管に排ガスを当てる事で、そこで発生した熱を水蒸気に変えて、その水蒸気でタービンを回している。
ただ、通過する排ガスには大量の灰が含まれている。元はゴミから出たガスだからね。かなり汚い。だから、水管もそのままにしていると灰まみれになってしまって、上手く熱交換が出来なくなる。
そうさせない為に、灰を落とす機械を設置しているんだけど…。
「排ガス量もゴミカロリーも下がっている。なのにボイラーの出口温度だけが上がっているなんて、水管の灰を落としていないとしか思えない。違いますか?」
「そ、それは…」
所長が押し黙る。
図星か。
「何故です?何故、そんな危険な事を?発電効率だって落ちるでしょ?」
「……」
所長は尚も黙る。
そんなに苦しい事情が?
俺が所長を見詰めていると、
「おい!凄いぞ!黒川」
また、佐川さんの呼ぶ声が。
いつの間にか、クレーンを見に行っていたみたいだ。
「ほらっ!また滝だ!またピットに滝が出来てんぞ!」
「…滝?」
俺は一瞬迷ったが、所長を置いて佐川さんの元へと駆け寄る。
そして、彼女の視線の先を見ると、ピットの壁から鉄砲水が吹き出していた。
「これは…」
「なぁ。すげぇだろ?これも汚水なのか?でも昨日見たやつより、色は黒くねぇよな」
「そいつは再利用水だよ」
そう答えてくれたのは、クレーンウーマンの彼女だった。
「そろそろ10時の休憩だからね。この時間には大量の水をピットに戻しているんだよ」
「何故です?」
つい俺は、前のめりで聞いてしまった。
何せ再利用水ってのは、スタビが噴霧するのに使っている水だからだ。
もしかして…。
「何故って…そりゃ、再利用水槽がパンパンだからだよ。みんなが風呂タイムに入ってるから、風呂の水が槽に行って、そのオーバーフロー分がこっちに来ているんだよ」
「風呂、タイム?」
聞き慣れない単語を聞いて、俺は固まる。振り向くと、同じように固まる所長の姿が。
「所長。どういう事です?貴女は一体、何を隠しているんです?」
「……お話します。全て…」
所長は項垂れた。
「…つまり、再利用水槽が満杯だから、スタビで無理やり処理する為に、ボイラーの温度を上げていたと?」
「…はい」
会議室に集まった我々は、小さくなった所長から話を聞いた。聞いていたらつい、ため息を吐いてしまい、その度に所長が小さくなっていた。
でも、仕方ないだろ。あまりにもお粗末な事業運営なんだからな。
俺と同じくらい呆れ顔の鈴木さんも、質問する。
「何故、そんな事をしたんです?クレーンの彼女が言われていた、お風呂タイムって何なんですか?」
「それは…従業員のみんなが、定期的にお風呂入りたいって言うから。休憩でお風呂を使うのをOKにして…」
そのお風呂タイムで、大量の水を使っているらしい。そして、その排水は再利用水槽へと流れ込み、事業所の水バランスを崩壊させていた。それをリカバリーするのに、スタビの緊急散水を利用したとの事。
「なんでそんな風呂に入るんだよ?あいつらそんな現場出てないんだろ?帰る時に纏めて入りゃ良いじゃん」
「それは…だって、そうした方が離職しないから。募集の反応も良いし…」
つまり、人員確保の為にやっていたと。
確かに、特区は女性ばかりでインフラ系の職種が不人気だ。少しでも職員を確保する為に、待遇を良くしたい所長の思いも分かる。
分かるが、
「だからって、設備に負荷をかけちゃいかんでしょ。現に今、操業停止の危機なんですよ?」
「ご、ごめんなさい。私、その、ダイオキシンの再合成を知らなくて…」
「……」
これも問題だ。管理者が必要な知識を有していない。ちゃんとした教育が出来ていないんだ。本来なら、従業員全員が知っていなくちゃいけない常識なのに。
いや。今は先ず、ダイオキシン問題をクリアしないと。
「所長。先ずは風呂タイムを見直して下さい。タイミングを減らして…」
「それは無理だ!みんなに約束しちゃってるんだから!」
…まぁ、人手不足も大きな問題だからな。
「では、湯船の使用を控えて下さい。シャワーだけにするか、湯船の使い回しをする方針で」
毎回どころか、1人毎に湯船を入れ替えてたらしいからね。そりゃ、いくら大型の再利用水槽でも溢れるわ。
「分かったよ…。なるべくシャワーを使う様に言うから」
「ありがとうございます。それで、水バラは戻るかと。そしたら次に、灰落とし装置を…」
「うん、それだ!今すぐ運転して来るよ!」
「待って!所長!いきなりやったら、落ちた灰でボイラーが潰れる!」
今にも部屋を出て行こうとした所長の腕を、俺は何とか掴む。
危ねぇ。今まで溜まった灰を一気に落としたら、ボイラーが閉塞して操業停止だ。折角ダイオキシンが何とかなりそうなのに、意味がなくなっちまう。
素直に話を聞いてくれるのは嬉しいんだけどさ。ちょっとは先の事を考えてくれよ…。
そうして、慎重にボイラーの灰を落とすと、ボイラー出口温度も如実に下がり、スタビも緊急散水を止めた。
そして、その後に採った灰を、所長にお願いして分析業者に届けて貰うと…。
「はい…はいっ!黒川さん!ダイオキシンの数値、大幅に下がっているそうです!これなら行けます!」
「「おぉお!」」
鈴木さんの報告に、俺達だけでなく中制のメンバーからも驚きと安堵の声が漏れる。
俺も、いつの間にか張っていた肩の力が抜ける。
終わった。まだ正式分析をしないと数値は分からないけど、基準値以下なのは確実。これで何とか、操業停止の危機を脱したんだ。
「いやぁ〜、助かったよ。ありがとう、鈴木さん」
みんなで喜んでいると、所長が笑みを浮かべながら近付き、鈴木さんと握手をした。
そして、驚く事に、
「黒川君もありがとう。君が来てくれて、本当に助かったよ」
なんと、俺の手を取り、感謝を述べてくれた。
いや、すげぇ嬉しい。始めて、社外の女性から認められた気がする。
俺が感動を噛み締めていると、所長が「それでぇ…」と上目遣いになる。
…なんです?
「君、重金属固定剤とかも詳しかったりする?ちょっと、教えて欲しい事があって…」
……。
…ああ。認められるってのも、考えものだな。
何とか…終わったんですかね?
「これは終わったが、始まりに過ぎん」
相談事が増えそうですね。




