47話〜分かりました。俺がやります〜
佐川さんに呼ばれてクレーン室の窓を覗くと、そこでは驚くべき光景が広がっていた。
俺の目の前で、土砂降りが降っていたのだ。
「すげぇだろ?スコールだ。建物の中で豪雨が降ってるぞ。雨漏りでもしてんのか?」
「違うぞ、佐川さん。こいつはゴミに含まれている水だ。ほら、上にクレーンが居るだろ?」
「マジだ!うはっ、汚ねぇ!」
楽しそうに笑う佐川さんを傍目に、俺は気が気じゃなかった。何せ、そのビショビショなゴミをそのまま、ストーカ炉の中に投入してしまったからだ。
これだ。こんな水分だらけのゴミをそのまま入れているから、炉内の温度が急激に下がっているんだ。
クレーンマン…ウーマンは何をしているんだ?
「あの、済みません。ちょっとお話聞かせて貰えませんか?」
「えっ?なに?今、忙しいんだけど」
俺はクレーン操作席に座る女性に話しかける。すると、彼女は凄く嫌そうな顔で俺を見上げてきた。
忙しいと言ってる割に、スマホいじってるじゃないか。クレーンも自動運転中だろ?
「普段からゴミは、あんなのを掴んでいるんですか?投入する前に一旦乾かしたりとか、しないんでしょうか?」
「……」
クレーンウーマンさんが、凄く面倒臭そうに俺を睨み付ける。そして、クレーンがゴミ投入から戻ってくると、無言で操作し始める。
無視されたのかと思っていると、彼女はクレーンをゴミの山に突っ込ませる。途端に、山の麓が大きく波打った。
波打つ!?
「なっ!?ゴミピットが…水没している!?」
驚きで叫ぶと、クレーンウーマンさんがこちらを見上げる。彼女の顔には、小さな笑みが浮かんでいた。
「どこ掴んでも汚水だらけなのに、どうやって乾かせって言うんだい?」
「なっ、なんで、こんな事に…」
俺が絶句していると、鈴木さん達も不安そうに近付いてくる。
俺はピットを指さしながら、所長に迫る。
「所長!これでは温度が上がりませんよ。何が起きているんです?」
「ああ、それねぇ…実は今、汚水のハケが悪くなっちゃって」
ゴミピットには通常、溜まった水を排出する排水口が設置されている。
ゴミ自体が水分を含んでいたり、雨とかを吸水して入ってきたりするからね。それ以外にも、工場の排水をピットに捨てたりもするから、排水口は必要なんだ。
「どうも排水口が詰まっているみたいなんだ。10数年前も同じ事が起きて、大変だったんだよ」
「ああ、なるほど」
それは…ゴミ処理場なら割と起こるトラブルだ。排水口へ流すのはドロドロの汚水。どうしても詰まり易い。
でも、普通はここまで水が溜まる前に、詰まり除去をするのだが…。
「所長。すぐに業者を呼んで、詰まり除去をして貰いましょう」
「いやぁ。そんな危険な事、特区のどの業者も受けてくれないよ」
「えっ?じゃあ、以前はどうしたんです?」
10数年前も起きたんだろ?
「あの時は偶々、千代田区の集中工事が入ったからねぇ。男性達に除去して貰ったんだ」
「くっ…」
まぁ、当然か。排水口はかなりの大きさだし、詰まり除去は困難を極める。物は固いし、汚水は硫化水素とかも発生して危険だ。そんなの、希少な女性がしていい工事じゃない。
でも今は、一秒を争う。
どうするべきか、俺が考え込んでいると、所長が「ああ、でも」と明るい声を出す。
「その工事の時に、排水用の配管を付けて貰ったんだ。それのバルブを開ければ、きっと排水が再開され…」
「すぐに開けましょう!今すぐに!」
そんな良い物あるなら、早く言ってくれよ。
そんな怒りにも似た思いでお願いすると、所長は小刻みに首を振る。
なんです?
「だから無理だよ!あんな汚ったない所に行くなんて人、この特区に居る訳ない!」
「なっ…」
ただその部屋に入るだけもダメなのか?
俺は改めて特区の闇を見た気がして、言葉を失う。そして、力無く手を挙げる。
「分かりました。俺がやります」
また俺か。
そう、肩を大きく落とした。
「じゃあ、シュコー…行って来るから。シュコー…」
再びエアラインマスクを装着した俺は、地下に集まった鈴木さん達にそう言って、手を振る。
途端に、鈴木さんが心配そうな顔で近付いてくる。
「気を付けてください、黒川さん。無理だと思ったら、すぐに引き返して下さい」
「ありがとう。そうする。シュコー…」
今にも泣きそうな彼女とは反対に、佐川さんはニヤニヤ笑っていた。
なんだい?
「いや、またその格好で出陣かぁって思ってさ。もう完全にヒーローじゃん」
「仕方ないだろ?この仕事をやっていたら、避けては通れない道だ」
それがインフラ事業ってもの。普段では見えないトラブルの為に、俺達みたいのが居るんだ。
そう思うと、俺は背筋が伸びる気がした。俺でも顔を顰めてしまう場所に潜るが、嫌悪感より使命感が湧いてくる。
俺がやらねば、誰がやる。
「みんなはしっかり逃げてくれよ?最悪の場合、この部屋が汚水に沈む可能性もある」
作業が上手く行けば、汚水室に汚水が雪崩れ込んで来る。そして、もしも汚水室だけで水が堰き止められなかったら、汚水室に近いここまで汚水が来る可能性だってある。
そう警告すると、鈴木さんはより心配そうな顔になり「やっぱり別の方法を…」なんて言い出してしまった。
やべっ。脅し過ぎた。
「万が一の話だよ。じゃあ、行ってくる。シュコー…」
決意がブレない内に、俺はハンマーを持って足早に汚水室への長い階段を降りる。部屋へ繋がる分厚い扉を開けると、真っ暗な空間が広がっていた。
ヘルメットに装着したヘッドライトを付けると、汚水室の壁と下へ降りる階段が照らされる。汚水の固まった物だろう。見渡す限り、周囲は黒い付着で覆われていた。その光景はホラーゲームに出て来そうで、寒気すら覚えた。
早く終わらせよう。
俺は慎重にコンクリート製の階段を降りるも、付着で滑りそうになる。ただでさえボンベが重いのに、バランスを取るのがクソ難しかった。
何とか最下段まで降りると、目の前にはより分厚い付着がこびり付いた壁と、壁から1本の太い配管が伸びていた。
…いや、違うな。こいつは壁じゃない。排水口を塞いでいる汚物だ。ここまで成長してたら、業者を呼んでもすぐには解消出来ないレベルだった。
しみじみそう思いながらも、俺は配管を設置してくれた男達に感謝する。貴方達の配慮が、今の俺達を救ってくれるのだと。
そう感謝しながら、配管に着いていたバルブを回す。すると…。
……。
……。
…何も起きない。何も出てこない。
あれ?おかしいな?
俺はバルブをどんどん回すも、配管から汚水は出てこない。とうとう全開にすると、チョロチョロと配管口から真っ黒な汚水が流れ始めた。
こいつは…。
「詰まってやがる。汚すぎたんだ…」
俺は握っていたハンマーを振り上げて、何度か配管を叩く。衝撃で振動を与え、内部の詰まりを除去しようとした。
何度も配管をハンマリングする。時折コロコロと小さな音がしているので、ちょっとずつ中の詰まりが出てきている感じがした。
…イケるか?
「頼む!出て来い!」
そんな俺の思いが、通じた。
配管が一瞬ビクンッと脈動し、次いでブシュっと言う音と共に、大量の黒い汚水が流れ出す。
よし。これで…。
そう安心した途端、配管の振動が大きくなった。その口から順調に排出されていた汚水が、一気に噴出した。
ブッシャァアア!!
「ぐっ!」
ヤバい!バルブが全開のままだ!
俺は慌ててバルブを閉めようとしたが、出した足が汚水を踏んだ。見ると、汚水が部屋の床を満たし始めているのが見えた。
不味い!このままだと、俺が汚水に溺れる!
『無理するな』と言う鈴木さんの言葉を思い出し、俺はバルブの閉止を諦める。階段を急いで登り…登っている途中で、滑って膝を強かに打ち付けてしまった。
「いってぇ…」
痛みで顔を顰めるも、何とか立ち上がる。後ろを見ると、真っ黒な汚水が2段下の段まで飲み込んでいた。
ヤバい、ヤバい、ヤバい!このままだと俺は…。
いや、焦るな。焦らず1歩、1段登れ。まだ焦る時間じゃない。
俺は自分に言い聞かせ、階段を慎重に上がる。後ろは振り返らず、ただ足元だけを注意した。
そして、
「着いた!」
汚水室へと続く扉まで戻って来た。
部屋の光を見た途端、助かったと安堵が込み上げて来る。でもすぐに振り返り、分厚い扉を閉める。
閉めようとした。でも、
「うっ、あれ?閉まら、ない?」
分厚い扉は、あと数cmと言う所で止まってしまった。
何か噛み込んだか?
そう思ってもう一度開けてみるも、レール上に異物は無い。そして、部屋から汚水室を覗くと、もうそこまで黒い汚水が呑み込んでいた。。
不味い。このままだと本当に、外の部屋まで汚水に沈む!
「閉まれ!この、閉まれ!」
俺は扉に体当たりをして、力づくで閉めようとした。でも、あと数mmが閉まらない。数mmでも、ロックがかからなきゃ汚水が漏れ出てしまう。
「頼む!頼むから、閉まってくれ!」
何かに祈る様に、俺は必死で体当たりを繰り返し、声を上げる。
その声に、
「くろかわぁあ!!」
別の声が、呼応した。
振り向くと、階段を一気に駆け下りた佐川さんの姿が。
そのまま、彼女は、
「退けぇええ!!」
こちらへと猛進してくる。
俺の体は勝手に飛びすさり、その横を彼女が通り過ぎる。そのまま、佐川さんの巨体が扉に激突した。
ドンッと、扉が大きな音と共に枠へ嵌る。その瞬間、カチャッという軽い音が聞こえた。
ロックが、掛かった音だ。
「やった、のか?」
つい、漏れてしまったセリフ。
でも、汚水は漏れ出て来ない。
やった。本当に、やったんだ。
「言ったろ?黒川。力仕事は任せろってさ」
安堵と疲労で座り込んだ俺を、佐川さんが見下ろす。その顔には、大きな笑みが浮かんでいた。
成功した余韻を、彼女も噛みしめているのが分かった。
「全く、2人とも無茶をして…」
中制の隅っこで、鈴木さんの怒った声がする。
怒ってはいるものの、俺の膝に包帯を巻くその手は止めない。とても手際が良い。
さっき転んだ時の怪我だ。擦りむいただけだけど、鈴木さんの言う通りに介抱されている。これ以上、怒らせたくないからね。
そんな俺の思いも知らず、ヤンチャガールが勝ち誇った笑みを浮かべる。
「あたしは怪我してないぞ?」
「怪我どころか、死ぬかもしれなかったんですよ!?ボンベも着けずに」
生身で来たからな、佐川さん。硫化水素が発生してたら、お陀仏するところだった。
「でも、上手く行ったろ?ピットの水も無くなったしよ」
まぁ、確かにそうだ。
排水機能を復活させたから、ピットは正常に戻った。ゴミピットも水を切るスペースが生まれたし、燃焼温度も安定している。
でも、そう言う事じゃ無いんだよな。
「佐川さん。本当に助かった。でも、1歩間違えたら危なかったのも事実。お互いにな。だから、後で一緒にヒヤリハット報告書を書こう」
「うぇ〜。あたし嫌いなんだよ、報告書ってさぁ」
そう言うな。これも、同じ災害を出させない為のツールなんだから。
ご安全に。
「では黒川さん。採取してもらった灰は、特急で分析業者に送りますね」
機嫌を治した鈴木さんが、俺に微笑みを向ける。
俺は頷く。
「ああ、頼むよ。でも本当に明日、結果が出るの?」
「はい。川咲区長の口添えもありますから」
そいつは強いな。普通、どんなに頑張っても5日は掛かるのに。
スクリーニング分析か?
「なので、明日の朝までは、黒川さんにも特区に滞在して頂きたいのですけど…」
「勿論、そのつもりだよ」
一度出ちゃうと、検問が面倒だからね。
と言う事で、その日は警察署で一夜を過ごさせて貰い、翌朝の報告を聞いてから帰ることとなった。
そして、その翌朝。
佐川さんと冗談を飛ばし合いながら荷造りをしていると、鈴木さんから電話が掛かってくる。
『黒川さん!』
そしてその声は、切羽詰まった物だった。
『大変です。ダイオキシン濃度が、全然下がっていません!このままでは、ストーカ灰の搬出できません!』
「なっ、なんだってぇ!?」
怪我までしたのに…。
「現実は非情だ」




