44話~カッコイイよなぁ~
会社が特区案件を専門に受ける様になって、数日が過ぎた。
話を聞いた当初は戸惑いと怒りを見せていた人達も、今では随分と落ち着いている。「奉仕にお金を頂くなんて…」と嘆いていた部長連中も、今では嬉々として仕事に励んでいた。
我が部の星里部長も「私の技術が認められた」と時折零し、ニヤける顔を抑えられない様子だった。
お金を払うだけの価値がある。
あの社長の一言が良かったんだろう。部長だけでなく、「奉仕」「奉仕」と繰り返していた人達もみんな、優しい笑顔に戻っていたから。
俺からしたら、賃金を頂いて仕事をするのは普通の事だ。それが女性の為だろうと、強制的に見返り0はおかしい。
それが非常識なこの世界で、社長の対応は画期的と言えると思う。願わくば、この動きが広まってくれたら嬉しい。男性が女性に尽くす事が当たり前じゃない世界の方が、俺には健全に見える。
「おっと。仕事しないとな」
俺は視線を下ろして、パソコン作業に戻る。
今、俺がしているのは引き継ぎの資料作りだ。来月から部署異動があるので、現在手掛けている仕事の進捗具合とか、相手とのやり取りなんかを纏めている。この業務はそのまま、来月から新設される部署に渡す事になっている。
これは俺だけじゃない。うちの会社は特区案件を専門に対応していく事になったので、既存案件を対応する部署を新たに作り、そこに全て移行するとなった。その部署には、グループ会社の社員さん達が出向で来る事になっている。
「よぉし。外回り行くぞ!」
「「はいっ」」
既に出向している人達もおり、営業部なんかは直接引き継ぎを行っていた。
…でも営業って、これからどうするんだろう。特区案件専門になったら、相手は女性だろ?岩本係長、発情せずにプレゼン出来るんだろうか?
「先輩、先輩」
「うん?どうした?まっちゃん」
ちょっと暗い顔の後輩が、向こうのデスクからひょっこりと顔を覗かせる。
何かあったのか?
「先輩、いつ向こうに行っちゃうんですか?お別れ会を開こうかと思って」
「えっ?」
俺は驚いた。だって、
「まっちゃん。勘違いしているみたいだけど、俺は来月もJIESだぞ?所属は違うが、支社在勤だからな?」
「えっ!そうなんですか?」
松本君は目を見開き、頬を引き上げた。
どうやら、本気で俺が本社移動だと思ったらしい。そりゃ、支社長から電話を貰ったその時は、俺もそう考えたけどね。
俺は来月からもこの席だ。ただ所属は違うから、星里部長から直接仕事を頂く事はない。今後の上司は鈴木さんになるんだ。
そう思うと、なんだか不思議な気分だ。後輩だと思っていた子の下で働くなんて屈辱だ!と言う気持ちはサラサラなくて、ちょっとワクワクしているくらいだった。
上司が可愛い娘だからはしゃいでいるのか?イカン!そうじゃない。きっと、彼女となら様々な業務に携われると思っているからだ。この前みたいな案件をバリバリこなして、室を盛り上げて行こうって期待している。
そうして、危うい方向に行きそうな心を正していると、電話が鳴る。
鈴木さん。タイミングが良すぎるぞ?
「もしもし。黒川です」
『すっ、鈴木です』
うん?ちょっと声が硬いな。何かあったのか?
「こんにちは、鈴木室長。来月から、宜しくお願いします」
『もうっ。やめて下さい、黒川さん。今まで通りにして下さい。私の方が後輩なんですから』
慌てた様子の鈴木さん。
素直な反応に、俺はついつい口元が緩む。
「ははっ。分かりましたよ、鈴木さん。でも、年上の部下を持ったらやり辛いでしょ?」
『そんな、とんでもない。黒川さんが来てくれるから、とっても心強いですよ』
嬉しいことを言ってくれるな、鈴木さん。
嬉しい…んだけどね。
「鈴木さん。君、何をしたんだい?」
事態がこれだけ動いたのは、きっと鈴木さんが何かしたからだ。あの社長を動かすなんて、どんな手を使ったのか…。
『何もしていません。ただ、社長に一言相談しただけなんです』
でも、鈴木さんは軽い口調でそう言った。
そう言うけど…絶対、何かしたよね?まぁ、どちらにせよ、
「鈴木さん。君のお陰で凄く助かったよ。ありがとう。でも、あまり無茶はしないでくれな?」
『それは私のセリフですよ?黒川さん』
軽い口調から一転。ちょっと怒り気味の鈴木さん。
『もう、あんな無茶はしないで下さいね?今度からはちゃんと、私に言って下さい。私は、黒川さんの上司になるんですから』
「ははぁー!鈴木室長」
『あっ…今のナシ。そう言う意味で言ったんじゃなくて…』
「了解ですっ。鈴木室長」
『もぉっ。普通に呼んで下さい!』
暫く俺は、鈴木さんと笑い合う。
こんな風に笑える様になったのも、きっと鈴木さんのお陰だ。
今までも頑張ってきたけど、来月からはもっと頑張って、彼女の役に立たないとな。
そんな風に思っていたからなのか、それは突如としてやって来た。
月が変わり、支社長から辞令を貰った直後に、鈴木さんから電話が来た。
「もしもし。黒川です」
『鈴木です。黒川さん』
うん。随分と硬い声。しかも、嫌な緊張感を伴っている。
これは、何か起こったな。
「どうしたんだ?鈴木さん。何かトラブルか?」
『はい。ええっと、詳しくは聞けていないんですけど…区長から至急、有能な技術者を派遣する様にって要請があったらしくて。黒川さん、すぐにこちらへ来て頂けませんか?』
「あ、ああ。分かったよ」
分かったと口では言うが、感情は全く付いてきていない。こんな風に呼ばれたのが初めてだからだ。
前回入区した時は、色々と検討してからその流れになった。でも今回は、有無を言わさずである。相当ヤバい案件だろう。
そうは思っても、俺に拒否権は無い。あったとしても、断る気はサラサラない。
我らの室長が困っているのなら、何より優先して当たらねば。それが室員というものだ!
って、それじゃまるで洗脳されている奴らみたいだな。気を付けよう。
そう思いながら、俺は全速力で入区を目指す。松本君に無理を言って送って貰い、ジロジロ見て来る局員達にも耐えて入区の手続きをする。
それでも、壁を超える頃にはすっかり夕方になってしまった。
こりゃ、鈴木さんに会うのは明日だな。
「うぃ〜っす、黒川。遅かったなぁ」
空を見上げていた俺に、気の抜けた挨拶が飛んで来る。
そちらに視線を向けると、パトカーの天井に肘を置いて寄りかかる佐川さんの姿があった。そのパトカー以外、見当たらない。
あれ?護送車は?
「佐川さん!パトカー1台だけですか?」
「おう。なんか、あたしらだけで良いって言われたんだよ。ウンコの爆発を阻止したからじゃねぇか?」
下水処理場の案件で、俺の評価が変わったと?
有り得る話だけど…もうちょっとオブラートに包めないか?佐川さん。折角の美女が台無しだぞ。
相変わらずの彼女に、俺は呆れと安心を感じながらパトカーの後部座席に乗る。するとすぐに、佐川さんも隣に乗り込んで来た。
うぉっと。危ない。隣に来るなんて思わなかったから、油断していた。後ちょっとで潰されるところだった。
それも有りなのでは?と、俺の頭が勝手に妄想を広げていると、佐川さんがグイッと俺の方に体を寄せて来た。
ふぁっ!?
「さ、佐川さん?」
「うん?ああ。警備は随分と緩くなったけどさ、流石に野放しって訳にはいかないんだよ。だからこうして、あたしがバッチリ見張るんだ。なんかやらかしたら、背後への反り投げだかんな?」
いや、そんな大技を車内でやろうとしないでくれ。
そもそもの話、こんな近くに来られると、色々と意識してしまうだろ?女っ気ゼロどころかマイナスな世界から来ているんだから、柔らかくて良い匂いが直に伝わって来たら…俺でも理性が飛びそうになる。
「おい、貴様」
必死に佐川さんの誘惑を耐えていると、運転席から厳しい声が上がる。
見ると…あっ、上司さんも居たのね。
「おかしな事を考えるなよ?警備が我々だけになっても、男の貴様など、これ1つで十分だ」
これ、と言って拳銃を見せ付けて来るけど…相変わらずセーフティ外してないのね。銃の訓練とかしないのかな?
撃たれる心配は無いけれど、暴れるつもりはない。まだ俺の理性は持つ…はず。
そんな危険な空間だったが、俺は何とか耐える。ちょくちょく佐川さんが「ここのレストランが美味いんだよぉ」とか、「お前、あの映画観たか?」なんて言いながら体を寄せて来るので、本当に危なかった。
俺のリボルバーに、安全装置は付いて無いんだぞ?
「おっ、見ろよ黒川。今話題の女王様だぜ。カッコイイよなぁ」
「うん?女王様?」
気になるワードを聞いたので、俺は自然と彼女が指さす方向を目で追っていた。
そこには、ネイビーブルーのワンピースを来た女性の広告が靡いており、我々を見下ろしていた。広告に写る姿だけど、彼女の表情は生き生きとしていた。
良いですね。すっかり、キャラがハマっていますよ。
「おっ、なんだよお前。乙葉のファンなのか?」
「えっ?いや…」
佐川さんにおちょくられて、俺はつい否定しようとした。
でも、思い留まる。短い間だったけれど、オトハ様とはスバル様を越える為に戦った戦友だ。きっと彼女が助力してくれたから、俺の入区も叶ったんだし。
だから、
「いやぁ、実はそうなんですよ」
俺は頭の後ろを掻きながら、照れている風にそう言った。
すると、佐川さんもうんうんと頷く。
「分かるぜ。カッコイイもんな。あんなドレスが似合ったら、きっと楽しいだろうし…」
「佐川さん…」
少し憂いた表情を見せる彼女に、俺は何と言って良いか分からなくなった。
女性にしては体が大きく、女性とは思えないパワーを持っている彼女は、きっと特区の中でも重宝される。でももしかしたら、本人は普通になりたいと思っているのかも知れない。普通の女の子みたいに、お洒落をしたいと思っているのかも。
それを何とか、叶えられないものだろうか?
「おい、佐川。そろそろ到着するぞ。準備しろ」
「うぃ~っす」
専門外の事に頭を悩ませていると、警察署に到着してしまった。
俺は一旦考えを保留し、佐川さんに連れられて署内に入っていく。そのまま、前回入れられた留置場まで行こうとしたのだが…署内がやけに慌ただしいな。何かの事件か?
そう思って、周囲を見渡していると…。
「早くしてちょうだい。次は"大規模工事に向けた声の収録"が控えているのよ?」
「済みません!直ぐに…」
何処かで聞いた声がした。
俺はつい、その声がした方向を振り返っていた。
そこには…。
「はぁ。全く、帰ってハティの散歩をしないといけないのに」
広告の中から飛び出した女王様が、警察官スタイルでため息を吐いていた。
その姿に、俺はつい言葉を漏らしていた。
「お、オトハ…様」
「…なに?お前」
しかし、返って来た視線は、とても冷たい物だった。
ええっ?
冷たい?




