43話~私が何とかしてみます~
「あっ、もしもし。鈴木です」
また質問が溜まってきた私は、今日も黒川さんへと電話を掛ける。先日頂いたアドバイスも上手くいったみたいだし、それも彼に伝えたかった。
きっと、喜んでくれるわ。
『ああ、鈴木さん』
そんな期待もしながら電話した先で、彼の声は疲れて聞こえた。
あれ?
「どうかされました?黒川さん。なんだか、声が疲れているようですけど?」
『うん?そうかい?昼飯を食って、ちょっと眠くなっちゃったんだよね』
そう言って笑う黒川さんだけど…本当にそうかしら?なんだか、無理している感じがする。最近感じていた声の硬さが、今日は酷くなっている気がするし…。
何か、隠しているんじゃないかしら?
『それで、今日はどんな相談事かな?』
「あっ、はい。今日は、水力発電所からの質問が…」
そこで私は、一旦言葉を切る。ちょっと考えて、そして、
「…質問が来ているんですけど、ちょっと複雑なんです。なのでまた、WEB会議を開かせて頂けないでしょうか?」
『ああ…うん、良いよ。それじゃあ、何時に開こうか?』
「すぐに準備するので、1時間…いえ、30分後にお願いします」
電話を切るとすぐに、私は各所へ連絡する。警察はもう慣れたみたいで、「WEB会議をします」の一言だけで『りょーかい』と返ってくる。管理局は相変わらず、手続きとか意志確認とか面倒な手続きがあるけれど、慣れているからスムーズに終わった。
そうして全ての手続きを終えた私は、少し早めに会議室に入る。途中鮫島さんが「今度、王子のライブがあるんだけど〜」って話しかけて来たので、それをあしらうのでちょっと時間を食ってしまった。
王子推しじゃないって、何度も言っているのに。本当に執拗いわ、彼女。
そしてWEB会議室にも入ると…彼はまだ来ていなかった。約束した時間まで、まだ5分近くある。でも以前までなら、この時間にはもう彼は入室していた。
ここも、いつもと違う所だった。
『いや、ごめんね。待たせちゃって』
結局彼が入室したのは、約束した時間ピッタリだった。
時間の余裕は心の余裕と言っていた彼にしては、随分とギリギリ。それだけ、余裕が無いのかもしれない。
その私の推測は、正しかった。
彼がカメラをONにした途端に、私は言葉を失った。彼の姿が、あまりに異様だったから。
何時もパリッとしていたスーツはヨレて、袖は黒く変色していた。髭は伸びっぱなしで、頬もコケている。
そして1番異様なのが、彼の目元。大きなクマが出来ており、目が真っ赤に充血していた。だと言うのに、瞳だけはギラギラしている。
見ているだけで怖くなる形相。異様な表情。
「黒川さん…どうしたんですか?その、顔…」
『うん?顔がどうし…ああ、しまったな。髭を剃り忘れちまった。みすぼらしい姿で済まない、鈴木さん』
そう言って、歪な笑みを浮かべる黒川さん。
まるで、泣きそうな笑顔。
こんなの、彼の本当の笑顔じゃない。彼はもっと嬉しそうに笑うはずだから。下水処理場で見た彼が、本物の彼なんだ。
「黒川さん。正直に言って下さい。今貴方は、何を隠しているんですか?」
そう思った私は、彼に強く問いかける。もう誤魔化されない様に、彼を真剣に見詰める。
すると彼も、偽物の笑顔を引っ込めて、キョロキョロと視線を彷徨わせる。そして、言葉をポロポロと取り零す。
『別に、大した事じゃないよ。ただちょっと忙し…じゃなかった。部長から頼まれごと…でも不味いな。ええっと…』
しどろもどろになる黒川さん。
こんな姿、今まで見たことない。きっと忙し過ぎて、頭が回っていないんだ。目元のクマも、寝不足で出来たものだろうし。
なんで言ってくれないのかと、私が不満を感じていると、彼もそれを察したみたいだった。『ふぅ』と息を吐いて、降参したみたいに両手を挙げた。
『済まない。実は今、とても忙しい。特区の新規案件を受注したとかで、会社全体が繁忙期に入っているんだ』
「やっぱり」
つい、強めに呟いてしまった。
訂正しようとしたら、それより先に彼が口を開く。
『確かに忙しい。けど、鈴木さんの相談には乗らせてくれないか?俺としても、その方が助かるんだ』
「えっ?」
助かるって、どう言うこと?
「でも黒川さん、あまり寝れてないんじゃないですか?目の下のクマ、凄いですよ?」
『えっ?』
黒川さんは気付いていなかったみたいで、慌てて目元を触る。そして、大きく首を振る。
『こいつは殆ど、新規案件のせいだよ。鈴木さんのせいじゃない。寧ろ、君からの電話は元気が出るんだ。だから、続けさせて欲しい』
「げん、き」
急にそんな事を言われて、今度は私が焦る。私の声が黒川さんの役に立っているなんて、なんだが恥ずかしくて、嬉しくて…。
って、違う。そうじゃないわ。こんな事を言ってしまうくらい、彼は追い詰められているのよ。
「黒川さん、教えて下さい。どうしてそんなに辛そうなんですか?本当に、仕事が忙しいからだけですか?もしかして、誰かに何か言われたんじゃ…」
例えば、私が鮫島さん達にされたみたいな事とか。
そう、心配になって聞いてみると、彼は小さく首を振った。そして、乾いた笑みを浮かべる。
『俺はね、鈴木さん。この世界では異端者なんですよ』
「いたん?」
『はい』
何が異端なのか、彼は教えてくれた。
でも、私は全然、異端なんて思えなかった。
仕事をして、お金を貰うのは普通の事よ。下水処理場の危機を救ったのに、評価もされないでお休み扱いされるなんて、そんなの酷過ぎる。
「安心してください、黒川さん。私も、そんなのおかしいと思います。だから、自分を異端なんて言わないで」
『鈴木さん…』
黒川さんは本当に悩んでいたみたいで、グッと目元を押えて言葉を切る。
その姿を見たら、私の中に熱い思いが込み上げて来た。
「黒川さん。私が何とかしてみます」
『えっ?何とかっ…』
思いが走り過ぎて、彼が何か言っているのに退室してしまった。
…いえ、仕方ないわ。今は緊急事態。
今度は私が、彼を救うのよ。
「失礼します、社長」
その熱い思いを持っていった先は、社長室。黒川さん達のトップでもある社長に、今のおかしな状況を正して貰おうとした。
でも、
「えっ?特区の新規案件は、社長からの依頼?」
「正確には、川咲区長から頂いた案件です。是非、我が社に依頼したいと指名されて」
そんな。社長が黒川さんを苦しめていたなんて…。
いえ、逆に良かったわ。社長を説得さえすれば、この状況を正せるんだもの。
そう考え直して、私は社長に訴える。黒川さん達が大変な状況だから、特区案件は別の人にやらせて欲しいと。
でも、社長は「それは出来ません」と首を振った。
何故なの?
「それが、川咲区長から頂いた条件だからです。今回の案件は”確かな技術を持つ者達”に依頼する様にと」
「確かな、技術」
それって、もしかして区長が黒川さん達に目を付けたってこと?下水処理場を救った彼の技術力を見て、新しい工場も任せようとしているの?
驚きで二の句を継げずにいると、社長が少し安心した笑みを浮かべる。
「分かりましたか?どうする事も出来ないのです。それに、特区の案件に関われるのは、男性にとって何よりも誉な事。彼らがやる気になっているのに、それを取り上げるなど…」
「ですが、社長。このままだと、黒川さんが倒れてしまいます」
静かに、でもしっかりと訴える私。それに、社長は言葉を切る。私を見上げる視線が、初めてブレる。
私は、更に訴える。
「彼だけではありません。皆さん限界なんです。家にも帰らず、殆ど寝ずに、ずっと仕事に追われている。このままだと本当に壊れてしまいます」
「ですが…これは彼らが望んだ事で…こうするのが社会の常識で」
「その常識のせいで、黒川さんは苦しんでいるんです!だから、そんな常識は取っ払って下さい!」
社長相手だと言うのに、私はつい、感情的に言葉を叩き付けていた。
「常識が…そうね。貴女の言う通りだわ」
でも、社長は大きく頷いてくれた。
「分かりました、鈴木さん。この件については、私が何とかしましょう」
「何とか…とは、新規案件を断って頂けると言う事でしょうか?」
「いいえ」
社長は拒否する。とても良い笑顔を浮かべて。
そして、宣言する。
「特区の案件を、正式に業務とします」
〈◆〉
何とかする。
そう意気込んでいた鈴木さんの様子が気になる。
気になるが…仕事をしないと不味い。もう15時なのに、まだ通常業務まで手が回っていないから。
このままだと、今日も家に帰れないぞ…。
そんな暗い気持ちで特区案件を潰していると、館内放送が入る。そこから聞こえて来たのは…支社長の声。
『あー。ちょっとみんな、手を止めて聞いてくれ。社長から重大発表の知らせを頂いたので、私が代わりに代読させて貰うぞ。特区案件より大事な話だ。みんな手を止め、社長のお言葉と思って拝聴しなさい』
なんだなんだと、みんな怪訝そうな目で柱上のスピーカーを睨み上げる。何より優先せよと言われた特区案件より上と言われて、不満そうにしている人も居る。
俺も、不安が募る。このタイミングって、きっと鈴木さんが動いてくれた結果だと思ったから。
みんなが見詰める中、支社長は軽く咳払いしてから読み上げる。
『え~…皆さん、業務お疲れ様です。皆さんが業務に邁進し、高い技術力を培ってくださるお陰で、今回特区の新規案件を頂けることとなりました』
「「おぉ…」」
みんなが驚く。俺も驚く。
なんと、俺達の技術力が引っ張って来た案件だったのか。
それが分かっただけでも、救われた気になる。ちょっとは頑張ってやろうかと思い始め…。
『この流れは、今回で終わりではありません。今後皆さんには、多くの特区案件をお任せすることとなるでしょう』
「「おぉおお!」」
みんなが肩を叩いて喜び合う中、俺は酷く落ち込んでいた。
1件でこれだろ?あと何件も来たら、一生ブラックのままなんじゃ?
〈退職〉の二文字が色濃くなっていたその時、『そこで』という支社長の強い声が思いを留める。
『皆さんJIESを本社直轄のグループ部門とし、特区案件を専門に受け持つ会社とします』
特区案件専門!?
つまり、通常業務をしなくて良いって事なのか?
『勿論、それらは業務として行って頂き、賃金もしっかりとお渡しします。皆さんの中には、女性関係の仕事で給金を貰うことに抵抗を感じる方もいらっしゃることと思います。しかし、皆さんにはそれだけの価値があります。どうか、皆さんの技術力を特区の為に生かしてください。…以上が社長のお言葉だ。聞いての通り、各々の役割が大きく変わることと思うが、女性の皆様の為になることなので、文句など言わないように。以上』
突然の業務変更。
みんな、開いた口が塞がらない。いつもうるさいくらいの岩本係長なんて、体が45度傾いてしまっている。
みんながみんな、静まり返る中、俺の携帯が鳴る。相手は…〈支社長〉
「もしもし。黒川です」
『おぅ。後でお前に、辞令出すから』
「じ、じれい?」
『ああ。お前、来月からソリューションサービス室に異動な』
えっ?
ええっ!?
そ、それって、その室って…鈴木さんの室じゃねぇか!
鈴木さん。一体君、何をしたんだ?




