32話〜両手を上げなさい〜
いつもご愛読下さり、誠にありがとうございます。
皆様のご厚意により、初めてジャンル日間で1位になれました。
「初めてであるな。この位置から見る景色は」
はい。
見て下さい。この金冠の輝きを。
「よせ!そんな近づけずとも見えておるわ」
入区の許可が降りた。
それを聞いた俺は、急いで家に戻って支度をし、松本君の車で繁華街まで来ていた。
時刻は昼過ぎ。電話を貰ってから全速力で来たけど、2時間近く掛かってしまった。繁華街近くでかなり渋滞していたからな。オトハ特需はまだ続いているらしい。
「済まんな、まっちゃん。いつもいつも」
「いえいえ。先輩のお役に立てて、僕も嬉しいですよ」
「まっちゃん…」
良い後輩を持ったぜ、俺は。
「女性に直接奉仕する先輩の送り迎え…役得です」
ああ、そう言う事?
まぁ、でも。助かっているのは変わらないからな。絶対に、特区でお土産を買わねば。
俺は松本君と別れて、壁へと向かう。
途中で、管理官の試験会場近くを通ったけど…凄い人数だった。俺達が受けた時の倍以上が並んでる。
「すみませーん!」
ゲートに近付いた俺は、遠くで作業している局員に話しかける。
前回の面会時に失敗したから、距離を十分に取って最初から両手を上げている。
そうすると、局員は訝しそうに見てはくるものの、銃口を突き付けては来なかった。
よしよし。俺も学習したな。
「なんだ!貴様!」
「JIESの黒川です!入区の手続きで、出頭する様に言われました!」
「入区だと?聞いていないぞ!」
おいぃい!そっちが学習してないじゃないか!
俺はツッコミたい気持ちでいっぱいだったが、堪える。
すぐに、強烈なツッコミが入るから。
「バカ野郎!今朝、長官が言われていただろ!」
「そ、そう言えば…」
…進歩のない奴らだ。
俺は上司局員に連れられて、壁の中へと入る。前回同様に長い通路を歩かされ、前回同様に身体中を調べられる。
でも、今回は着替えさせられなかった。来てきた一張羅で入区して良いそうだ。
やったね。
そこは嬉しいのだが、その分、手荷物検査が厳重になった。カバンの中身は勿論のこと、服の襟や裾合わせで縫いつけた裾の中までチェックしている。
そして、俺の体についても…。
「はい、吸って」
すぅうう…。
「吐いて」
はぁああ…。
「結構です。服を着てください」
なんと、健康診断をさせられた。
血圧や尿検査だけでなく、採血やバリウム検査までさせられる。挙句の果てに、MRI検査も…って、それあるなら、裸に剥かれる必要なかったんじゃないか?
そんな事までやらされたから、終わった頃にはかなりの時間が経っていた。体力も削られたし、折角の一張羅がヨレてる気がする。
でも、そんな事も気にならないくらいに、俺は緊張していた。目の前に、重厚な扉が立ち塞がっているから。その銀行の金庫の様な黄金扉には、〈接触禁止〉のステッカーが貼られ、その下に〈1万ボルト通電中〉の注意書きがされていた。
イノシシか、俺達は。
心の中でツッコんでいると、ガコンッと大きな音と共に、扉がゆっくりと開く。そして、向こう側には女性の管理官員が銃を見せつけて立っていた。
「うっ…」
彼女達を見た途端、両脇で俺を押さえていた男性局員達が次々と胸を押さえる。
俺の拘束が完全に解かれてしまったけど…ええっと、これからどうしたら良いんだろう?そっち行っても良いの?いきなり撃たない?
「早く来い!入区希望者!」
あっ。良いみたい。
感電しないかと、俺は恐る恐る扉を抜ける。そして、ハンドガンを構えた女性局員に囲まれて、両手を上げる。
人生初めてのハーレム状態だけど…全然、嬉しくねぇ。心臓はドキドキしているけど、違うドキドキだわ。
「おかしな行動はするなよ。もしも危険と判断すれば、容赦なく貴様を射殺する」
先頭の女性局員はそう言って、俺に歩くように命令する。
その態度は頑なで、言葉通り容赦しないぞ?という雰囲気がビシバシと伝わって来る。
でも、誰も近付こうとしない。男性局員は俺が動けない様に押さえつけてきたが、彼女達は俺から大きく距離を取り、ただ銃をクイクイさせて進ませようとしていた。
俺に触れたくないのかな?何をするか分からない生物とでも思っていそう。
珍獣扱いは悲しいが、拘束されないで歩けるのは楽に感じる。どちらが良いかと聞かれたら…微妙だな。
「止まれ」
そうして暫く歩いていると、大きな扉の前でそう命じられた。男側の無機質な扉と違い、扉の端の方に花の絵が書かれた可愛らしい扉だ。その扉の横には小さなパネルが設置されており、先頭の女性局員がカードをかざすと、扉が自動で開いた。
電子ロックか。何もかも、男側よりハイレベルだ。
「出ろ」
前に行くようにせっ突かれて、俺はドアの向こう側へと歩み出す。途端に、強烈な光が俺の目を襲った。
「うっ…」
なんのヒカリぃ!?
手で目を覆っていると、向こう側から女性の声が幾つもした。次いで、何かのモーター音が轟く。
一体、何が起きてる?
俺は頑張って目を開き、薄目で光の向こう側を睨みつける。
すると、
「なっ…」
そこには、大量の警察車両が待ち構えていた。1台でも見かけたら「ヒエッ」ってなる白黒の車が10台以上。ニュースの向こう側でしか見たことのない、窓に鉄格子が嵌った護送車が1台。そして上空には、低い羽ばたき音を響かせる2台のヘリコプターが滞空していた。
なんて…厳戒態勢。
『そこの男。両手を上げなさい』
パトカーのドアに隠れた警官が、拡声器越しに命令してくる。他のパトカーからも、拳銃を構えた女性警官達の姿が見え隠れしている。まるで俺が、ダイナマイトでも持っているかのような構えだ。
いや、いや。あまりにも過剰だろ。この対応。
そうは思うも、俺は命令通りに従う。そうすると、護送車の中から重装備の特殊部隊が何人か降りてきて、俺の元へと駆け寄って来た。それに、俺は目を見開いた。
だって、みんな…。
「でっ、でかい…」
俺も会社じゃ背の高い部類だが、その俺と同じくらいの女性ばかり。先頭の人なんて、俺よりも頭1つ2つ高くて、めちゃくちゃ良いガタイをしていた。
ヘルメットで顔が見えないけど…本当に女性なのか?
「お前が黒川だな?」
その人が発言する。
うん。少しハスキーな声だけど、女性の声に間違いない。
「はい。黒川慶吾です」
「う~しっ。そんじゃあ行くぞ。下手な事したら、オクトパスホールドかけっかんな?」
オクト、パス?
分からんが、この巨体に組み伏せられたら、銃で撃たれるよりヤバそう。
俺は女性隊員に肩を掴まれたまま移動…いででっ!掴む力が強過ぎる!なんちゅうバカ力してんだ、この人!
抗議したかったが、周りの目が厳しいのでやめておいた。ちょっとでも騒げば、周りの警官に銃殺されそうだから。
俺はそのまま護送車に乗せられ、多くのパトカーが護送する中を進む。車窓から見えるのは、俺が見たことのある東京の街よりも遥かに綺麗な都市が広がっていた。
美しいビルディング。緑鮮やかな街路樹。広々とした大通り。洗練されたデザインの商店街。
まるで未来都市にでも来たかのようだ。
これが…。
「特区、か…」
俺はつい、感嘆の吐息を吐き出していた。
ゴミゴミとした男達の街を見慣れていたから、余計に特区の美しさに見惚れていた。そして、今まで感じることの出来なかった〈入区〉の事実が、今になって押し寄せて来た。
とうとう入ったんだな。俺。
「おいっ!無駄口を叩くな!」
…入ったは良いが、これではまるっきり囚人だ。感動が半減しちまう。
後ろから突き付けられた銃口に、俺は黙って手を上げる。
ほら、もう喋らないから、そのセーフティすら外していない銃を下ろしてくれないか?
「なんだ?おめぇ。こんな郊外の街並みに感動してんのか?」
やっと銃口ツンツンが終わったと思ったら、隣の隊員が話しかけてきた。さっきの巨人ちゃんだ。フルフェイスヘルメットで分からないが、声からして嘲笑してそう。
どうでもいいが、喋りかけないでくれ。怒られるのは俺なんだから。
そう願っても、巨人ちゃんは構わず窓の外を指さす。
「ほら、あそこのでっかいビルが見えんだろ?あれが中央区だ。あそこの周りが本当の特区で、ここらは田舎も田舎なんだよ」
へぇ。そうなのか。特区の中でも、ヒエラルキーみたいのがあるんだな。
そう言われると、街を歩く人たちの年齢層がやけに高い気がする。
…巣鴨か?
「そんで、あたしらが今から行くのがあっち。都会とは縁遠い、荒川区の寂れた警察署だ」
「えっ」
うぉっ、やべっ!あまりにビックリしたから、つい声が出ちまった…。
俺は生きた心地がせず、恐る恐る後ろを向く。だが、銃口は下がったままで、後ろの女性警官の視線もこちらには向いていなかった。俺の隣の、巨人ちゃんを見ているっぽかった。
「おい、佐川!余計なことを言うんじゃない!こいつは男なんだぞ?」
「うぃ~っす」
激昂する先輩に、佐川さんは気のない返事をする。
それじゃ余計に怒られるのでは?と俺はヒヤヒヤしたけど、先輩は「全く」とでも言うように、小さく首を振るだけだった。
…常習犯なのかな?
兎に角、この娘のペースに巻き込まれるとマジで死にかねない。ちょっと距離を取っておこう。
そんなハプニングはあったものの、俺は一発の鉛球もぶち込まれることなく警察署へ到着した。そして何も言えないままに、大量の警察官に固められたまま署内へ入っていく。
…いや、マジで犯罪者になってしまうの?俺。ちゃんと入区の手続きしたんだよね?
入区出来た嬉しさは既に消え失せ、この後どうなるのかと不安ばかりが募っていく。
それでも、何も言えない。
周囲が俺に向ける目は鋭く、警察官達は勿論の事、受付で待つ一般人は猛獣でも見たかのように慌てふためき、そのまま署を出て行ってしまった。そして、俺は更に署の奥へと連れていかれ、部屋の出口を鉄格子で覆った留置場に到着する。そこで留置されている女性達ですら、俺を汚物でも見るような目で睨んで来ている。
…えっ?待って。もしかして俺って、かなり臭い?ちゃんと家に戻った時に風呂入ったけど…変な汗をかきまくってるからなぁ。
「入れ」
そして、俺が連れていかれたのは留置場でも端っこの端っこ。そこの物寂しい単独室を指さされ、入る様に強制される。
くそっ。これって従って良いのか?確か痴漢に間違われた時とかって、駅員室に入っちゃいけないとかあるよな?弁護士呼んでもらう?
「おら、早く入れって」
考えていたら、佐川さんに背中を強く押され、部屋の中へとダイブしてしまう。そして、慌てて後ろを振り返ると、カシャンと軽い音と共に施錠されてしまった。
くっ…。なんて力だよ、ホント…。
「静かにしていろ」
そう言うが早いか、女性警官達はゾロゾロと元来た道を戻っていった。
俺1人を残して。
「…どうなってんだ、これは」
俺の呟きは、広すぎる虚空の中で消えていった。
…なんか、思っていた入区と違うんですけど。
「世界に異物が入れば、まぁ、こうなるだろう」
宇宙人ですか、黒川さんは。




