3話~質問を許そう!~
会社から車で10分程度の所に、スポーツセンターが併設されている大きな公園がある。普段は中高生が部活で使ったり、休日には親子連れが遊びに来る人気の場所だ。
だがそれは、俺の記憶の中だけのこと。今はそこに、大勢の男性陣が詰めかけていた。
年齢はバラバラで、学ランを来た子も居れば杖を突くお爺さんの姿もある。そして、その中に女性は1人も居ない。みんな男性。しかも、随分と汚らしい恰好をしている人が多い。
周囲に女性が居ないから、身だしなみを整えないのな?肥満率が高いのも、その影響なのか?
そうして、男性達の中に並び周囲を観察していると、1台のトラックが公園に入って来て、荷台から大きな筒のような物が運び出される。
運搬しているのも全員男性の様だけど…そのオトハさんって人は何処に居るんだ?あの警官みたいな人達の中に紛れているのか?
「オトハ様」「オトハ様…」
俺が警官達に視線を向けていると、周囲の男性からそんな声が漏れる。彼らの視線を追うと、それは今目の前で広げられた筒に向けられていた。
筒は、大きなスクリーンだった。今それが設置されて、投影が開始された。真っ白な背景から徐々に色が浮かび上がり、1人の女性の上半身が映し出された。
しっとりとした黒髪を胸より下まで伸ばし、陶器のような白い肌と彼岸花の様に赤い唇がキュッと結ばれている。
非常に整った顔立ちの女性。年で言うと20代前半。女性が希少な世界と聞いていたが、映った女性は相当レベルが高い。
…あと、慰問と聞いていたけど、どうも本人が直接出向くスタイルじゃないみたいだ。
当然か。こんな男性ばかりの世界に女性を放り込めば、どんな間違いが起こるか分かったもんじゃないし。
『はぁ…』
「「「おぉおお…」」」
スクリーンの両脇に設置されたスピーカーから、彼女の小さなため息が聞こえると、男性達からは唸り声のような歓声が響く。
でも、随分と大人しいな。うちの社長のしわがれボイスでもあの大興奮だったから、会場が阿鼻叫喚になるかと思っていたよ。
そう、安心しかけた俺だったが、周囲を見て考えを改めた。
「オトハ、様…うっ」
「ああ、もう、我慢が…あぁ…」
立って見ていた男達の中で、座り込む者が出始めていた。蹲って胸を押さえるお爺ちゃんや、股間を押さえる若者。
あまりの興奮に、声すら上げられない様子であった。
それは、俺の隣も同じ様子。
「はぁ、はぁ…」
顔を真っ赤にするまっちゃん。呼吸が乱れ、立っているだけでも精一杯の様子だった。
彼女の声だけで、そんな状況に陥っていた。
なんだ?彼女の声には、マーメイドのような魅了効果があるのか?あんまり聞いちゃいけなかったりするの?
耳を塞ぐべきか迷っていると、警官の1人がマイクを持つ。俺達に、厳しい目を向ける。
『それではこれより!す、す、蘇芳様への質問タイムに移ります!くれぐれもす、す、蘇芳様のお手を煩わせないように注意して、適切な質問をするように!』
ああ、なるほど。だから、こんな原始的な慰問方法を取っているのか。
画面だけなら、会社のPCや家のテレビ画面で映せばいいのにと思っていたが、こうして相互に言葉を交わすから、態々みんなを集めているみたいだ。リモートだと回線が重くなるし、質問を止めるのも一苦労だからね。
『それでは、挙手!』
「「「はいはい!!はい!」」」
一斉に手を上げる男性達。その形相は必死で、枯れんばかりの声を張り上げる。
ただし、手を上げられるのは生き残った者だけだ。先にオトハさんのため息にやられた者は、手も上げられずに震えている。
俺の隣の、まっちゃんも同じく。
「うっ…」
「大丈夫か?まっちゃん。もう帰るか」
「ばっ、バカ言っちゃいけませんよ、先輩。僕はこの日の為に、1週間…」
「ああ、分かったから」
寧ろ、それがダメなんじゃない?
そう思いながら後輩を介抱していると、最初の質問者が決まったみたいだった。
『あ、あ、あの、オトハ、様…』
『…何か?』
まるでゴミ虫でも見るような目で、冷たく返すオトハさん。
でも、たったそれだけの事で、質問した男性は「うっ」と胸を押さえて地面を転がる。ついでに、その周辺の男性も軒並みノックアウトだ。
なんだ、あの目?メデューサの石化能力でも付与されてるのか?
『次!』
『ふぁ、ふぁいっ!オトハ、様。僕は、貴女に会う為に、3時間、掛けて、来て…』
『…それで?』
『あっ!ありがとござ…』
お礼を言いながら倒れる男性。
今の迷惑そうな声の何処に、感謝を述べる必要があったんだ?
『次!』
『お、お、オトハ様!こ、こ、こ、コロッケ、好きですか?』
『…別に』
『ああ~っ!ありがとgbkdp…』
またもや轟沈する男性。
だが、沈んだ男性の周りでは、小さな拍手が起こっていた。
「よくやったぞ。オトハ様がコロッケにご興味がない事が分かった」
「お前は勇者だ。誇っていいぞ」
ああ、なるほど。情報を聞き出したから英雄扱いされていると。
しかし、やはり危険だな。あのオトハという美女は。何か、得体の知れない力を使っている様に見える。
ここは、この会が終わるのを静かに待つしかない。運転手の松本君も、下手に動かせないし。
『次は誰だ!居ないのか?』
そして気付くと、誰も手を上げなくなっていた。
質問タイムから5分も経っていないのに、殆どの者が前かがみで何かを耐えているポーズになっていた。地面でモゾモゾしている者も少なくない。
もう、マトモに立っているのは、俺くらいになってしまった。
だからつまり、嫌でも目立ってしまう訳で…。
『では…そこの君!質問を許そう!』
「俺?」
当てられてしまった。無難に過ごそうと思ったばかりなのに…。
仕方ない。波風立たせずに終わらせよう。
俺は警官からマイクを渡されると、スクリーンを見る。彼女と目が会った気がするけど、特に体に異常はなかった。
遅延性なのか、蓄積すると不味いのか。兎に角、とっとと終わらせるべきだ。
『蘇芳様。本日は我々の為にお時間を割いて頂き、誠にありがとうございます。皆さん、喜び過ぎて言葉が出ないようですが、きっと心の中では私以上に感謝している事と思います。それをお伝えし、私の発言を終わらせて頂きます』
ふぅ。これなら何も、返事もされないだろう。
そう思ったのだが、
『へぇ。随分と面白い奴も居るのね』
真一文字だった彼女の口が、にゅいッとひん曲がった。
『お前、名前は?』
返事どころか、逆質問されてしまった。
くそっ。これは、答えるしかない。女性の立場が圧倒的に高い世界だから、答えなかったら不敬だって罰せられるかも。
『はい。黒川慶吾と申します』
『そう。黒川ケイゴ…ね。覚えたわ』
しかも、覚えられちまった。
ヤバイ。因縁を付けられた?生意気な奴だって、後で呪われたりするのか?
『黒川ケイゴ。お前、次に私が訪問する時も、必ずここに来なさい』
『はいっ。承知いたしました』
約束しちまったよ。けど、頷かなかったら不敬罪かもしれんし…。
「悪い、まっちゃん。またオトハ様が来る時は車を…って」
横を向くと、そこには地面に倒れ伏す後輩の姿が。彼はとても幸せそうな顔で、地面にキスをしていた。
いや、彼だけじゃない。もう誰も、立っている者は居なくなっていた。前のめりだった男性達も、それを監視していた警官達もみんな。
唯一立っていたのは、
「お、お疲れ、様…」
前で司会をしていた警官だけ。
胸にバッチも付けているから、結構偉い人なのかも。
俺は彼にマイクを返し、肩の荷を下ろす。彼の仕事する姿を、見守る。
『す、す、す、蘇芳様。回線を、切らせて頂きます』
『はぁ~…。早く切っちゃってよ』
「ひょわぁっ!」
あっ、ダメだ。最後の1人も、回線を切る前にこと切れてしまった。
仕方なく、俺は最後のお役目を果たすべく、見慣れぬ機械と格闘するのだった。
〈◆〉
『それでは蘇芳様。今度こそ回線を切らせて頂きます』
「はいはい、早く切りなさいよ。黒川」
『失礼いたします』
漸く雑音が途切れて、私は耳からイヤホンを外す。そのイヤホンはそのまま、ゴミ箱に放り投げる。
音声だけしか届かないとは言え、あのブタ共の声を聴いてると耳が腐る。私の声で何をしているのかと考えてしまうと、余計に神経がすり減ってしまう。
醜く、哀れで、救いようのない生き物。そんな男達の為に声を掛けないといけないなんて…。
「本当に嫌なものだわ。この”ノルマ”って」
1か月に1度じゃなくて、1年に1度にして欲しいわ。それが男性の活力になるって言うけど…そう言うのは会社を経営してる奴らだけにして欲しい。私達がやったって、ただのボランティアにしかならないもの。
…とは言え。
「黒川ケイゴ、ね」
今回の訪問は、まぁ意味があったんじゃないかしら?
私の容姿を見ても興奮せず、声を聞いても倒れない男。そんな奴、今まで出会ったことが無い。
希少な存在。貴重なサンプル。
これから、どんな動きを見せてくれるか。
「ワクワクするわね。新しいオモチャって」
1話辺りの文量ですが、3000~4000字を目安に進めて行きます。
「また5000字とか行くのではないか?」
え、ええっと…偶にあるかもしれません。
イノセスメモ:
・蘇芳乙葉…蘇芳家三女。経歴、不明。容姿、◎。性格、ヤバそう…。




