第238話 女主人(主婦)たちの反乱 8歳 夏
それから数日間、夕食後に父ちゃんとエリン姉にテストプレイに付き合ってもらって、ゲームはだいぶ形になってきた。
TOCゲームと現場判断のゲームの2種類の原型はできたと思う。
そろそろ、シグリズ様に説明と相談をしても良い頃だろう。
「喜んでくれるといいなあ」
僕はボード代わりの羊皮紙に木の駒を包んで縄で結び、薄い木の板のカードをまとめてポーチに入れると肩から下げた。
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ふんふん、と上機嫌に鼻歌を歌いながらシグリズ様の私室に入ろうとして、ふと不安になってきた。
あれ?ひょっとして今から相談しようとしている内容って、聞いてない!とグリグリされたりする案件?
いやでも、そもそも形が出来上がらない中で報告や相談したところで、された方も困るだろうし…だから僕は悪くない!
とはいえ、ちょっとだけ慎重に話しかけるようにする。
先日の周辺の村への説明会以来、だいぶ機嫌が良くないんだよね。
「あのう…シグリズ様?実は面白いことを考えたので、相談に乗ってほしいのですけど…」
「…面白いこと?」
こちらを振り返ったシグリズ様の眼尻がキッと上がった。
ああシグリズ様、そういう感情的な対応は良くないですよ?
小さい子どもが怯えて報連相が疎かになっちゃいますからね。
僕はシグリズ様の表情の変化を敢えて気にせず、肩に下げたポーチから羊皮紙、駒、木のカードを取り出して卓に並べた。
「前に書いた川の図がわかりやすい、と評判が良かったじゃないですか?それで、川の図を元にしたネファルタルみたいなボードゲームを作ってみたんです。遊びながら理解したほうが、もっとわかりやすいかと思って」
「はい?ネファルタルを…つくった?遊びながら理解する?」
うん?ちょっと説明の仕方が悪かったかな。
シグリズ様が卓上に広げられた羊皮紙や木片を見て混乱しているみたい。
でも、実際にそうとしか説明できないんだけど。
「ネファルタルは、戦争を模したボードゲームですよね。僕は、村で行っている仕事を模したボードゲームとカードゲームを作ったんです。2種類作りました。
ボードゲームは、川の流れのように押し寄せる仕事を処理する仕組みを作るものですね。羊皮紙と木片を使います。
カードゲームは、木のカードを使います。これは実際の仕事の判断基準を議論するものです」
僕はできるだけ簡潔に整理して説明したつもりだけど、それでも伝わらないみたいで、反応は芳しくなかった。
「ゲームで…仕事を?」
「さっきから、何を仰っていますの?まるで理解できませんわ」
「そうですよ!ゲームは男衆がお酒を飲みながら賭け事をするものでしょう?」
うーん。ゲームという言葉が良くないのかな。
とても印象が悪い。サイコロ賭博と同じ扱いを受けている…。
これはもう体験するほうが早いかな。
「ええとですね、ちょっとだけ一緒にやってもらえませんか。僕がカードを元に質問をしますから、それに答えてもらえると、どういうものかわかってもらえると思います」
抽象度の高いTOCのボードゲームは良くないな。
初手の説明は、仕事体験と対応のカードゲームの方にしよう。
僕は薄い木の板のカードに書かれた内容を読み上げた。
「皆さんは、クナトルレイク大会が行われ、たいへん混雑している港の船の出入りを整理する水先案内人です。ところが二隻の船が争っています…」
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「…という感じで、実際の仕事で起きそうなトラブルをカードに書いておいて、仕事を担当する人に考えてもらう訓練なんです。
ゲームとして盛り上げるために、素晴らしい回答であれば2点、良い回答なら1点、という感じで点数制にして、もっとも点数を取った人に、ちょっとしたお菓子やお酒を賞品として与える、などすると盛り上がると思います」
簡単に3人共に一通りのお仕事ゲーム体験をしてもらって、僕は説明を終えたのだけれど。
「いいえ!納得いきませんわ!先に入るように脅してきた戦士の船など入港拒否してから沈めてしまえば良いのですわ!」
「そんなことをしたら怪我人が出るでしょう?きちんと運営に報告して後で出場停止や観戦禁止などの罰則を課せば良いのです」
アルフヒルドさんとエリスさんが、水先案内人の対応を巡って熱く議論をしているせいで説明は聞いてもらえなかったみたい。
とにかく学習効果の高さは証明されたようで良かった。
「あのう…シグリズ様?」
ところがシグリズ様は、と言えば議論を重ねている2人とは異なり、黙って考え込んでいる様子で。なんかちょっと怖いぞ。唐突にグリグリしてきそう。
「トール?このゲームとやらは、別の仕事の場面も作ることができるのですよね?」
「ええまあ、はい。仕事を指定してもらえれば」
シグリズ様は頷くと、具体的な指示を始めた。
「では、こういうものは作れますか?仕事は、クナトルレイク大会における観光客やチームの受入の場面です」
「ああ、まさに今回の大会の話ですね。もちろん、作れます。想定される様々なトラブルなどを書いていけばいいわけですから」
僕はメモをするために貝殻棒を持って黒板に向かい合う。
「では。起きそうな事柄について述べていきます」
「はい。どうぞ」
そこからシグリズ様は起きそうなトラブルについて列挙を始めた。
「そもそも何チームが来るか直前まで知らされていない、観光客が突然来たが準備する側は知らされていない、どんな準備が必要か運営の情報が共有されていない、客のために準備していた大麦酒を村の男衆が飲み干してしまった、観光客の対応に当たる順番の男衆が大会を見に行ってしまい人員不足になった、来客の対応をするはずの男衆が試合を見に行ったまま帰ってこない…」
想定される事例が、妙に具体的だな…。
僕はシグリズ様の口から迸る言葉の奔流を書き留めることに精一杯で、この時のシグリズ様がいったい何を考えていたのか、事件が起きるまで知ることはできなかったわけで。
「トール。今の話をゲームとやらにするには、どのくらいかかりますか?できるだけ早期に仕上げて下さい」
「ええ!?いやまあ、最優先にすれば明日か明後日には出来ますけど…」
「では、そうしなさい」
一通りの心配事という名の想定される最悪の事態を吐き出したシグリズ様は、妙にスッキリとした顔で、早急にこの村のチームと観光客受入事態のカードゲームを仕上げるよう、僕に命じたのだった。
その理由は、数日後に明らかになる。
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朝の冷気が残り靄にくすむ港の浅瀬を、ちゃぷちゃぷと波が洗う。
そこへ霧をさいて現れたのは、美しい木肌の小型の長船が数隻。
小さな龍の彫刻が施され、船縁には幾つもの戦士の盾が飾られている。
長船が港に近づくと、船上の賑やかな声が霧を通して響き渡った。
「さあ!着いたわよ!足元に気をつけなさい!」
「まあ、なんて綺麗な村なのかしら!あの白い家の数々を見てご覧なさい!」
船上から豪奢な羊毛の上衣を真鍮や青銅、銀で装飾された楕円のブローチで留めた女性たちが、互いに手を貸しながら次々と浜へと降り立った。
ブローチから垂れ下がる銀の鎖が彼女らが歩くたびに朝の光を反射し、金属音を奏でる。
「あら、そこの人!村長の長屋敷まで案内いただけるかしら?村長婦人から招待を受けて参上しましたの」
「は、はい!」
身分高貴な彼女らの歩みは、凛とした誇りと圧倒的な活気に満ちていた。
後の世に言う「|女主人(主婦)たちの反乱」は、このようにして始まったのだった。




