第237話 嵐に備える訓練のかたち 8歳 夏
「まったくもう…あんな状態でものの役に立つのかしら…!」
周辺の村の人達への説明会を終えた後でもシグリズ様の不機嫌は続いている。
たしかに、ちょっと頼りない感じはするよね。
観光客が押し寄せてくる混乱に対処するよりも、試合を見に行けるかどうかの方に関心が移ってたし。
「なにか別の方法を考えないといけないかしら…」
と呟いてたのが怖かった。
このときに覚えた嫌な予感は、数日後に当たることになる。
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僕は家に帰って、今日も夕食後は北方TOCゲームづくり。
まずは基本に立ち戻って、クナトルレイク大会の開催運営ゲームをテーマにする。
川の流れの羊皮紙にマスを描いて、木片を移動させイメージを固める。
「うーん…どうも港に来る船が増えそうなんだよなあ」
近隣の村と連携する説明会をしたら、かえって観客が増えそうな結果になってしまった。彼らは小さい船でやって来て当日中に帰ることにするだろうから、入出港の混雑が凄そうだ。
「ねえ父ちゃん、港に船が一杯いたら誰が優先して港に入るって決まってるの?」
聞かれた父ちゃんは、少し思案顔になる。
「そうだなあ。基本的には身分が高い大きな船からになるが…。小さい船の場合は曖昧かもしれん。フィヨルドに入ってくる際に案内人をつけて整理させたほうが良いか。他の大きな港ではそうしている、と聞く」
水先案内人みたいな人か。大会中はうちの村の港にも必要になりそう。
「選手を乗せた船は優先する、とかの規則は必要かもしれないね。夕方は出ていく船も多そうだし、どの船から優先して出航させるとか決めた方がいいのかなあ。うちを先に出せ!とか、喧嘩になると思うんだよね」
「ふうむ…その場でなんとかしろ、と言うのは容易いが、大きな村の貴族の相手をさせるのは難しいか…」
なるほど。例えば多くの雑多な船が押し寄せて、それをどうやって捌くか意識を合わせたり、発生したトラブルを報告する指揮系統を確認するための図上演習はやった方が良いかも知れないね。
「あと気になってるのは、競技場の入口の警備なんだけど、すごく沢山の人が押し寄せて警備を突破するようなことになったらどうしようかと…」
「そんなことが起きるのか?」
観客席に入り切らないほどの観衆が押し寄せる状況、というのが父ちゃんにはピンと来ないみたい。これは父ちゃんに限らず、僻村に過ぎない村人たち全員の感覚だろう。僕だけは、大勢の人が一斉に押し寄せることの怖さを知っている。
ところが今のところ、村のクナトルレイク競技場の観客席は丸太作りのベンチ席が増設されたおかげで数千人ぐらいは観戦できるようになっているのだけれど、それ以上の人数が押し寄せた時の想定はされてない。
入場を制限するための門や柵もなければ、そもそも入場チケットという概念もない。神事であるから競技を見せてお金を取る、という社会的通念がないんだよね。
だから有料の入場チケットとは別の方法で入退場を管理しないといけない。
「例えば、試合場からずっと動かない人がいるせいで次の試合の観客が入れない、あいつらをどかせ、という騒ぎになるとか」
「なるほど。試合を見に来たのに見られない、という不満は起きるか…。一試合ごとに入れ替える必要はあるかもしれんな」
試合ごとに人を入れ替える理由は欲しいよね。神事なので席を掃除する必要があるとか。昔のサッカー場では競技場の外の木に大勢の人が登って見ていて、枝が折れて転げ落ちて亡くなった人とかいたりしたっけ。
とにかく人は大勢集まると、思いもよらぬことをやりがちなのである。
「警備の人間を集めて、そうした場合にどう対応するかの演習もするか…なるほど、この盤上ゲームというやつは、確かに役立ちそうだ」
まだまだゲームというにはゲームバランスも駒も洗練されていないけれど、不完全な出来であっても、図上訓練として実際に現場で何が起きるかを考えるのに役立つとは思ってもらえたのが嬉しい。
まだ起きていないことを考えるには想像力が必要で、僕には想像力だけは人一倍あるからね。
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「うーん…とりあえず試してみるかな」
僕は黒板に幾つかの事例について文章を書き終えると、父ちゃんに声をかけた。
「じゃあ父ちゃん。ちょっと水先案内人になったつもりで、答えてね」
「おう」
「なになに?あたしもやるー!」
ある程度のケースは想定し終えたので、父ちゃんとテストプレイ、と思ったらエリン姉も参加する、と言ってきた。
テストの参加者は多いほうが良いよね。
僕は頷いてゲームを始める。
「では質問です。2人は水先案内人として、村の港へたくさん押し寄せる船の順番を整理しています。
すると、身分の高そうな人が多く乗った長船と輸送船が、順番を先に譲れと争っている場面に出くわします。
長船の人は言います。『我らのほうが身分が高いのだ!先を譲れ!』
輸送船の人は言います。『船には大麦酒をしこたま積んでいる!この大麦酒を早く納めなければ、観客たちは大騒ぎするだろうよ!』
この場合、水先案内人としてあなたはどうしますか?」
「えー!うーん、身分の高い人の方が先でいいんじゃないかなあ」
「だがなエリン、大麦酒が届かなければ観客は騒ぐかもしれんぞ。大麦酒は大事だ」
エリン姉と父ちゃんで意見が分かれた。
「でも、お酒を飲むのは試合の後でしょ?身分の高い人は試合を見に行くわけだから、先に通したほうが良いんじゃないかしら?」
「なるほど。時間帯によるんだな。夕方なら、一刻も早く輸送船を通さないとならんだろう。夕方にくる貴族は翌日の試合を見るために来たのだろうしな」
という具合の議論で、水先案内人の判断基準が作られていくわけだ。
他にも「気の荒い戦士団が優先しろと脅す」「商人が賄賂を渡して優先しろという」「病人の出た船が一刻も早く入港させろという」などと、水先案内人の判断基準が問われる事例のお題もある。
こうした事例をカードにして読み上げて、参加者たちが良い議論ができたら記録して残しておく。すると、その記録を参考にして運用が改善されるわけだ。
「訓練としては良いんだけど、もうちょっとゲーム的に楽しくしたいなあ…」
一番良い答えを出した人が、その日はお酒を一杯追加とか。
有効であっても楽しくないと定着しないし続かないと思うんだよね。
「全体像を掴むゲームと、現場感を育てるゲームは別にしようかな」
管理職ゲームと現場ゲームを分けるイメージだね。
北方TOCクナトルレイク大会運営ゲームで定量的な全体像を掴む能力を磨いてもらって、問答の演習で詳細な現場対応判断能力を磨くように、相互補完的に訓練体系を設計したらいいよね。
もちろん、ゲームとしての楽しさを失わないよう工夫は欠かさないようにして。
目標が見えれば、僕もやる気がみなぎって来る。
「よーし!いいゲームつくるぞー!」
「とーる、ふぎん、ふぎん、ふぎん、ろき!」
部屋のとまり木で見守っていた太っちょ鳥が、うるさく鳴いた。
数日後、周辺の村々から「男衆は頼りにならないので」とシグリズ様が招集した身分が高く文字が書ける大勢の女性たちが押し寄せて、村はまたまた大混乱に陥るのだけれど、それはまた先の話で。
僕は良いゲームが作れそうな予感に、上機嫌で眠りにつくのだった。




