第236話 提携を受け入れるための条件 8歳 夏
北方の夏の夜は明るい。
太陽が地平線に沈むのも遅いし、太陽が見えなくなった後も空は夕焼けの直後のように青紫色の夜空が広がり、シロツメクサの白い花が咲く草原をオレンジとピンクの中間色で鮮やかに染め上げる。
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「蝋燭の明かりがなくても作業ができるのは助かるなあ」
僕は夕食後の自由時間を、北方TOCゲーム制作に充てることにした。
昼間の時間はどうしてもシグリズ様と話をしたり、木工職人や鍛冶職人と調整をしたりとかで忙しかったからね。
「対戦ゲームは良くないよね。協力ゲームにしたいなあ」
北方の人たちの性格からして、対戦形式のゲームは止めたほうが良いよね。
直接的な勝った負けたは、勝敗が盛り上がりすぎて血を見そうだし…。
それよりは、災害に対して一緒に準備を計画して、協力して荒波を乗り越えるようなチームビルディング的な要素が欲しい。
「ゲームのテーマは何が良いだろう?」
一番困っているクナトルレイク大会の開催にしようかな。それとも水車の建設が良いかな。ちょっと僕の仕事に寄りすぎていて人気が出ないだろうか?
略奪遠征や戦争は人気のテーマになりそうだけど、最初に戦いを持ってくるのは僕が嫌だなあ…。
最初に準備するターンがあって、次に準備の良さが試されるターン。そして準備では想定できなかった出来事に対応するターンがある感じかな。
「うーん。だんだん見えてきたぞ…」
僕がぶつぶつ言いながら、卓の上に広げた羊皮紙の上に貝殻棒で線を引いたり、記号を刻んだ木片を動かしたりしていたら、エリン姉が近寄ってきた。
「なあに?トール、また魔術の練習?」
「魔術じゃないってば!」
いやまあ、確かに見た目はちょっと怪しいかも知れないけどさ。
「これはね、ゲームを作ってるんだ」
「ゲーム?作る?」
「ええと…机の上で考える遊びだよ」
「へー!どうやって?」
僕が北方TOCゲームについて悩んでいると、父ちゃんも会話に加わってきた。
「おー!ネファタフルか?自作とはすごいな」
「ネファタフル?」
なんか知らない単語が出てきたぞ。
「なんだ。ネファタフルじゃないのか?」
「ネファタフルってなあに?」
「父ちゃんもあまりやったことはないんだが…」
父ちゃんの話によると、ネファタフルという非対称形の対戦ゲームで、中央に王の軍団、四方には攻め手の軍団を配置して、王側は王を脱出させれば勝ち。攻め手は挟み将棋のように王を挟めれば勝ち、という戦術的ボードゲームで、北方の貴族階級のチェスのようなものらしい。
「へえー!そんなゲームがあるなんて知らなかった!」
なんだ、北方の貴族達にも知的ゲームを楽しむ土壌があるんじゃないか。
シグリズ様のところで見なかったのは、ボードゲームを嗜むのは主として男性だからかな。シグヴァルド様なら持っていそうだ。
「今作ってるのはね…戦争の前の準備とか、クナトルレイク大会の準備をするためにね…」
戦争ゲームが既に存在するなら話は早い。
僕は戦争以外のゲームを作れば良いのだ。
きっと、父ちゃんも楽しんでくれるだろう。
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「シグリズ様、お話を聞きたいと他の村の方々がいらっしゃってますが…」
僕たちがシグリズ様の私室でいつものように仕事をしていると、侍女の人が遠慮がちに来客の到着を告げた。
「またですか?」
「ええ、またなんです…」
今日だけで8件目かな。
まあ無理もないね。
『我が村で大クナトルレイク大会の決勝を行うにあたり、予選大会を勝ち残った屈強な選手団と、予選大会で最高に暖まった観客たちが押し寄せてきます。この村だけではとても対応できないので、そちらの村でも選手団と観光客の宿泊と食事の面倒を見て下さい。あと、できればクナトルレイク練習場も整備して貸してあげてね。お酒と食事は低価格で譲ります。あとはよろしく』
なんて内容の手紙を突然送りつけられても、困惑するよね。
親戚が嫁いだりして普段から親しくしている村だけならともかく、追加の観光客対応のために声をかけた村の中には、ほとんど付き合いのない村もあったし。
「とにかく事情を聞かせて欲しい」
と説明を求める使者が大勢押し寄せてくる事態になっているわけだね。
「宿泊所を説明会場にしましょう。食事とお茶をお出しして。お酒はまだ出さないように。話を聞いてもらわないといけませんから」
「はい」
個別に説明していてもキリがないので、宿泊所で臨時説明会を行うことにした。
シグリズ様は説明するというので、僕も一緒について行く。
全体の事情説明はシグリズ様がするだろうけど、クナトルレイク大会のことについても質問されるかも知れないからね。
「手紙でもお知らせしたように、現在、北方では多くの村が参加する北方一、いえ世界一のクナトルレイクチームを決定する大会が開かれています。既に4つの大きな村では決勝大会へ進出するチームの予選大会が開かれています…」
シグリズ様が要領よく説明をすると、感心したような声が説明会の参加者たちから漏れてくる。
「はあー。そんな大きな大会が行われていたとは、まったく知らなんだ…」
「いやあ、噂には聞いてましたが…」
「それにしても、この建物は真っ白で明るいですなあ」
「そんなにも大勢の客が押し寄せるとは…」
どうもクナトルレイク大会が行われていることすら知らなかった村がほとんどみたいで、シグリズ様の説明をひたすら興味深そうに聞いている。
「あのう…」
「なんでしょう?」
聴衆の1人から手が上がった。
質問かな?聞きたいことは多いだろうしね。
「そのクナトルレイク決勝大会というものは、我々も見に行くことはできるんでしょうか?」
「はい?」
なんか風向きが変わってきたぞ。
「ええと、はい。可能です。宿泊などは土地の関係で難しいでしょうが…」
「おお!まことですか!」
「それは素晴らしい!
「北方一、いや世界一のクナトルレイクの戦士達を見る機会!これを逃す手はありませんぞ!」
「さっそく、村の者たちにも知らせて村に残って客の世話をする者と、試合を見に行く者の順番を決めなければ…」
村で用意する宿泊予定地や酒や食料の問題よりも、参加者たちに意識は来たるべき大クナトルレイク大会の決勝トーナメントをどうにかして観戦したい、という方向に意識が移ってしまったようだった。
「あのう…」
「ああっ!あなたは見たことがある!たしかグリームル将軍の息子さんの…」
「はい、トールです」
参加者の一人が注意しようと声をあげた僕を見とがめた。
僕は子どもクナトルレイク大会の挨拶や裁判の証言で少しは顔を売っているし、父ちゃんも有名人だからね。
「トールくん、将軍は…グリームル将軍は大会に参加されるのかい?」
「いえ、父はチームの訓練や監督。審判の方に回ります。試合には出ません」
僕が父ちゃんは参加しないよ、と伝えると質問者は肩を落とした。
「そうか…残念だ。だが将軍が参加してしまったら優勝間違いなしだものなあ」
「だが将軍が鍛えたチームは参加するのだろう?期待はできるぞ!」
「ああ!必ず見に行かないとな!」
そうして遠方の観客を周辺の村で受入れるための説明会は、心配されていた現地の反発もなく、予め打診した条件で快く了承されたのだった。
完全に関心が余所に逸れていた、とも言える。
「シグリズ様…?」
「ほんっとうに、北方の男衆ときたら…!!」
僕は呆れて憤るシグリズ様を刺激しないようにしながら、決勝大会当日の来客予想数を少しばかり上方修正することにした。




