第234話 川の図をゲームにしたら 8歳 夏
方針が定まると、シグリズ様の行動は早い。
「それでは、これから私は宿泊予定地となる村への要望書と計画表を書き上げます。あなた達は村へ贈る大麦酒とパンの必要数を計算して、在庫と合わせて輸送の手配をつけて。それと宿泊地となる村への販売価格についても見積もるように伝えなさい」
「「はい!」」
シグリズ様と2人の文官手伝いが目的に向かって一斉に動き始める様は、まるで命令を与えられた機械が動作を始める機能美を感じさせて美しい。
僕がぼんやりと北方の中心となる行政機構が稼働し始めるのを眺めていると、指示を出し終えたシグリズ様に声をかけられた。
「ところでトール。この川の図は素晴らしいと思います」
「はい!ありがとうございます!」
僕は元気よく返事をしながら、シグリズ様が浮かべる満面の笑顔に少し嫌な予感を覚えた。
「これは是非とも広く知らしめた方が良いでしょう。そう思いますよね?」
「…ええ。思います」
シグリズ様の笑みと圧力はますます強くなる。というか、ずずいと顔が近づいてくる。美人が顔を近づけてくると迫力で怖いんですが。
「これから予選会を主催する4つの村にも使者を送りますから、頑張って写してくださいね?」
「うう…。はい。わかりました…」
というやり取りがあって、僕は仕方なく泣きながら羊皮紙に川の流れ図を写し取っているのだ。
文字を写す作業であれば、2人のお嬢さんも戦力になるのだけれど、図解はあまり得意ではないらしいんだよね。たぶん絵を描く技能が教養に含まれなかったからだと思うんだけど。
それに、この種の概念図を写す作業では、絵の意図をよく理解していないと余計な線を足して結びつきをおかしくしたり、逆に省略して意味不明になったりしかねないからね。
「そろそろ印刷技術に手をつけないといけないかなあ…」
これまでは北方社会の人口規模が小さいことや識字率の低さから、印刷技術の必要性を強く感じてはいなかったのだけれど、北方21星の大結束が発足したことで顔を合わせない広域業務が発生しつつあるし、小民会という官僚機構も育成されている。
印刷技術へのニーズが社会的に高まっているのだ。
幸いルーン文字は文字数が少ないので活字の種類が少なくて済むことだし。
「それにしても、川の図は評判が良かったなあ」
TOC(制約条件の理論)は机上で理解しようとすると割と難しい理論なのだけれど、視覚的に川と人形の例えを用いて、実務に沿って応用したことで理解が進んだように思える。
僕は川の図を羊皮紙に写しながら思いつく。
「待てよ…川の図だけを大きく羊皮紙に写しておいて、マスで区切って木の人形コマを動かすようにすれば、もっと理解しやすくなるかも知れないな…」
手を動かしながら学べるプロジェクト運営ゲーム。
対象となるプロジェクトは、水車の建設でも良いし、イベント運営でも良い。
なんなら戦争や略奪だって含まれるのだ。
川を流れる木の人形の数を増やしたり、制約条件となる出来事やゲートを増やしたり、カードとサイコロなどでランダム化させるのも発展性がありそうだ。
一般的な対策をカード化して予算コインも用意すれば、運営と対策に関連する知識や予算感も育てることができるだろう。
「シリーズ化してわかりやすくしてもいいなあ」
思いつけば、妄想は止まらない。
クナトルレイク大会開催ゲーム、水車建設プロジェクトゲーム、略奪遠征準備ゲームなど、イベントカードや対策カードを、シリーズ向けに調整したり木の人形コマをそれっぽくカスタマイズするのも良いよね。
ゲームであれば字が読めなくともおおよそは理解が出来るし、ゲームのカードに書かれた解説なら読んだり学習しようというモチベーションも湧くだろう。
長い冬の退屈な時期に楽しめる知的ゲームとして貴族階級に人気を博すかもしれないし、北方社会の人々のプロジェクト遂行能力を底上げしてくれるだろうという期待もある。
父ちゃんを見ていてもわかるけど、北方社会の人たちは字が読めなくたって十分に頭の回転も早いし賢いからね。単に視点や知識に触れる機会が少なかっただけなんだ。
ゲームで改善される管理能力。いいじゃないか。
「北方社会TOCゲームシリーズか…」
「トール、手が止まっていますよ?」
ゲームパッケージやデザインまで考え始めたところで、シグリズ様に注意を受けて僕のイマジナリーボードゲーム開発は中断を余儀なくされた。
どうやら想像の世界に意識を飛ばしすぎて、川の図を写す手が止まっていたらしい。
ふと、何かに気づいたようにシグリズ様が僕の顔を覗き込んでくる。
「トール。あなたまさか…また、なにか妙なことを思いついたのですか?」
「ま、まさかあ?はははっ…」
僕は慌てて黒板の川の図を写す作業に戻った。
いきなりボードゲームの説明をしても理解されないだろうし、眼の前の作業を片付けてから、自宅で試作してみようかな。
木の人形コマはエリン姉に作ってもらおう。
父ちゃんもテストプレイには参加してくれそうだ。
シグリズ様への相談は、それからでいいよね?
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
クナトルレイク予選大会を行っている4つの大きな村に向けて、運営改善の足しになれば、と川の図を送った。
その際に、少し嫌な予感がして多めに特製大麦酒も送ったのだけれど、嫌な予感ほどよく当たるというか。
「大麦酒をもっと送ってくれ!できた分は全部!」
という勢いで、4つの村から矢のような催促を受けて、目がキマりきった商人たちが村へ殺到し、港へ停泊し続けている。
あんまり居座られると他の船の邪魔なんだけど。
「特製大麦酒を買うまでは帰れん!」
とまで斧を磨いて覚悟と腹が座っているものだから、揚陸させて邪魔にならない場所に除けておく以上のことはできず。
商人たちから話を聞くと、どうも予選会場の方は北方始まって以来の大イベントということで、近隣から大勢の人たちが押しかけて賑わいが大変なことになっているらしいのだよね。
「チームあたりの試合数は減らしたと聞きましたが…」
「そんなの関係ねえよ!とにかく試合が見たくて人が集まり続けてるんだからな!」
「ええ…?」
予選会場を4つの村しか用意できなかったために、予選試合はリーグ戦を止めて4チームトーナメント戦形式にしたのだよね。
どうせ1位のチームだけが決勝トーナメントに進めるのだから、2位や3位を厳密に決めるリーグ戦方式は不要だろう、という判断だ。
リーグ戦と比べれば試合数は半分で済むから運営の村の負担は軽くなり、多くのチームの試合を引き受けられる、という見込みだったのだけれど。
そんな運営の目算を超えて、多くの観客が集まり続け、全ての試合を観戦しようと村へ滞在し続けているのだという。
僕はどうやら、北方社会の人々のクナトルレイクへのガチ度合いを甘く見ていたらしい。今からでも、あの川の図が役に立って、周辺の村と宿泊地や食料供給や練習場提供について提携を結べると良いのだけれど。
「…つまり、数週間すると彼らのようなクナトルレイクのガチ勢の中のガチ勢が、決勝トーナメント進出でテンションを上げた状態で村へやってくるの…?だいへんだ…っ!」
僕はシグリズ様に提携村落を倍増するよう提案するため長屋敷へ向けて走り出す。
「ふぎん!ふぎん!ろき!ろき!」
肩に止まっているムニが、止まり木が揺れることに文句をつけるように鳴き声を上げた。




