第233話 みんなで一緒に頑張れる絵図
「まずは、こうしましょうか」
僕は黒板に描いた上流から流れてくる人形を2体に増やした。
うち1体に飾りを書き込んで偉そうにする。
「最初に村の港へ来る人々を2つの基準で分けます。1つ目の基準は、貴族や選手と、それ以外の商人や観客などに分けることですね」
「貴族の方々と選手は尊重されるのは分かりますわ」
「商人や物見高い民は、別の対応にするのは賛成です」
アルフヒルドさんとエリスさんも賛成してくれた。
大きな集団は分けて考えるのは基本ですよね。
高い身分の人と参加する選手、それ以外で分けるという考え方は北方の人々にも受け容れられるようだ。
そして流れる川を三本に増やした。
各川の横に太陽と水平線を描いて、朝、昼、夕方と分かるようにする。
「もう一つの基準は、時間です。大会日程に基づいて来航する日と時間帯を分けてもらいます。クナトルレイク大会の試合は1日3試合が行われる予定ですから、第一試合を戦う予定のチームは前日泊。第二試合のチームは当日の朝。第三試合のチームは当日の昼。このように割り当てます。時間帯通りに来てくれた方々を優先的に通します」
「そんなことができるんですの?」
「そうですよ!遠くから来られる方々もいらっしゃるのに」
一方で時間帯で分けて時間あたり処理を緩和する、という方法の受けは悪かった。
いくら夏の海は穏やかだと言っても、遠方から旅をしてくれば正確な時間に到着することは難しいからだ。
「もっともな指摘です。だから、僕は試合をする方々は近くから来てもらってはどうかと思うんです」
「どういうことですの?」
「なにを言ってるんですか?」
2人のお嬢さんからは疑念と困惑の声が上がったが、シグリズ様は違った。
「…つまりそれが先程の外注…他所の村にお願いする、ということですね。宿泊地を近隣の村にも分散しよう、ということですか」
「その通りです!」
僕は得たり、と頷いた。
さすがシグリズ様だ。
僕たちの村は、基本的に試合当日の貴族と選手へのホスピタリティを向上させることに集中する。
他の参加者や前日の準備については他の村とも連携して費用を払い負担してもらう。
「協力を要請する村には、準備金に加えて特製大麦酒と贅沢パンを安価に提供しましょう。販売する差額が村の収益になるはずです」
僕は黒板に描かれた川へ数本の並行する川を書き込み、試合当日の部分で合流させた。
単独開催から地域開催へ。それが僕の提案の骨子なのである。
「なんだか騙されているような気がしますわ」
「サウナについてはどうするんですの?」
「サウナについては、時間帯の管理さえすれば貴族の方々と選手の分は元から捌ける能力はあるんです。問題なのは、それ以外の方々になります」
僕は川の上流に描かれた2体の人形のうち、飾りがない方を指した。
「2つの方法を考えています。1つ目は提携する近隣の村で当日サウナに入ってきてもらうこと。サウナ入浴済の書類か証人を用意してもらう必要があるでしょう」
他の川から、サウナの後ろへと流れを引いた。
これで当日のサウナの詰まりをパスすることが出来るわけだ。
「2つ目は、少し乱暴な方法になりますが、まとめて川で体を洗ってもらおうかと思います。夏ですから凍えることはないでしょう。水から上がった後は焚き火やサウナで体を乾かしてもらうことにします。
また衣服については増設した洗濯樽を活用してまとめて洗います。混同を防ぐために漁網のように目の粗い袋をつくり衣服をまとめましょう。乾燥については、乾燥室と燻製施設も使えば間に合うでしょう」
僕は黒板にサウナの部分の川を太くなるよう描き加えた。
こうすることで、サウナに依らない検疫の処理能力を増やすことが出来る。
サウナの目的は身体と衣服の清浄であるから、目的が果たされれば良い。
「身体と衣服を清潔にする理由については流行病の蔓延を防ぐことが目的ですが、神事なので清潔にして臨むのが当然なのだ、として習慣化してしまうのも良いと思います。フォルセティ様も清浄を好まれるでしょうから」
「身体と衣服の清浄を神事とするのですか…」
シグリズ様が少し考え込む様子を見せる。
まずかっただろうか?
「いえ、その…下の処理というか…」
「ああ、トイレですか」
北方社会では、そのへんの藪や木陰でして穴掘って埋めるのが普通だからね。
けれども、大勢の人が集まる場合はトイレ区画を指定しないと大変なことになるだろう。
「海岸沿いの一角に、多数のトイレを設けましょうか」
少し海に突き出すように建設して、処理は海に任せる。
今の村のインフラ整備状況では、それしかないだろう。
人々が体を洗う川や船の出入りする場所から離しておけば大きな問題にはならないと思う。
「それでも、体を洗う待ち時間は発生するとは思いますが…」
北方の人々は天候が荒れれば船を出せないし、わりと待つことには慣れているとは思うんだよね。ただ、楽しみを前にした人々がどう振る舞うかはわからないのが、不安要素ではある。
「でしたら、待ち時間も楽しませてしまえば良いのですわ」
「ええ。歌や舞を披露すれば良いのです」
僕は2人のお嬢さんの提案の意外性に、虚を突かれた。
たしかに僕は、効率性と処理能力を上げることばかりを考えていて、待つ時間も祭りのうち、という発想は思考の外にあった。
「なるほど…待つ時間を楽しむ、ですか…」
僕は黒板へ描かれた川のサウナ部分の前に、大きく丸い池を描き加え、そこに歌う女性を描き加えた。
待ち時間を楽しませることで、川の流れの遊水地のように働くわけだね。
とても面白い発想だ。
この発想に基づけば、川の流れの様々な場所に余裕を持たせることが出来る。
時間あたりの処理能力を増やすのではなく、待ち時間のイベントを増やすのだ。
「良い考えですね。そうそう。どうせなら、そこで国歌を覚える時間にしてはどうでしょう?戦乙女の舞を見ながら、宮廷詩人の指導に合わせて北方21星の大結束を称える国歌を一緒に歌うのです。実に楽しく祭りの気分を盛り上げてくれそうではありませんか?」
「ぐっ…国歌を…そう…ですね」
正しい。シグリズ様の提案は、あまりに正しい。
サッカーの試合に赴く観客たちがチャントで盛り上がるように、クナトルレイク大会を見に来る観客たちは、さぞ熱狂して国歌を歌い、盛り上がるだろう。
僕にはその様子がありありと想像できる。
問題は、そこで歌われる国歌の歌詞がアレになりそうなことで…。
いやまだそうと決まったわけじゃない。
シグヴァルド様が、歌詞を修正してくれる可能性もある。
僕たちの他にも、素晴らしい国歌をつくる宮廷詩人がいる可能性だって…。
僕は懸命に現実逃避をしながら、流れる川に人形が詰まる部分はないか、増やせるイベントはないか、シグリズ様たちと議論を続けるのだった。
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気がつけば、最初はシンプルな一本の川であった流れには、並行する多くの川と、各所に設けられた遊水地が描き加えられていた。
「これなら、なんとかやれそうですね」
僕が漏らした言葉にシグリズ様と2人のお嬢さんたちが頷いた。
「ここまで考えずに当日を迎えていたら、と思うと背筋に寒気が走りますわ」
「わかります。どうして私たちは何とかなる、などと思っていたのでしょう…?」
これだけの大イベントを開催するのも初めてのことだし、発生しうるトラブルを考えるのも初めてのことだものね。
僕もいろいろと考えが抜けていた部分があったし、本当に議論して良かった。
「あとは近隣の村へ早急に打診する必要があるわけですが…」
「さっそく使いを立てましょう」
シグリズ様が力強く受け合ってくれた。
全く頼もしい。
「クナトルレイク競技場のない村には、空いた土地に線を引いて練習場を整備すれば貸し出して利益になるかもしれない、と伝えてもらえませんか。前日練習などをしたいチームもあるでしょうから」
たいていの村にはクナトルレイク競技場の用地はありそうだけれど、白線やゴールの棒は整備されていないかも知れないからね。そのあたりも支援したほうがいいだろう。
せっかくの巨大イベント開催なのだから僕たちの村だけでなく地域の村の人たちにも楽しんでもらいたいし、苦しんで…違った。一緒に頑張ってもらいたい。
僕は腕組みをしつつ多数の描き込みのある川の流れ図を見ながら、企図の成功を確信して微笑みを浮かべた。




