第232話 みんなで一緒に苦労しよう 8歳 夏
静かなフィヨルドの水面は鏡のように透き通り、波打ち際では小さな波が小石を優しく洗っている。
僕は朝もやの煙る中、父ちゃんと一緒に港へとやって来ていた。
「たのむぞ。しっかりやって来い。そして無事に帰ってくるんだ」
「はい!クナトルレイクの名誉と正義を必ずや実現してみせます!」
「フォルセティの名にかけて!」
父ちゃんが船に乗り込む4人の若者たちと固い握手を交わし肩を叩く。
予選大会の会場となる4つの大きな村へ、審判役を務める人たちを送り出すのだ。
いずれも父ちゃんが鍛えた素晴らしくクナトルレイクに精通している男衆たち。
しっかりと試合を裁いて無事に戻ってきて欲しい。
横を見れば、港には他の村で製造された樽の部品が届いて荷揚げされていた。
木工職人が部品のサイズや加工精度について納品する商人とやり合っているのが聞こえてくる。
「だから!側板の大きさは図面の通りに少し大きくしろ、と何度も言っているだろう?こんなに小さかったら削り出して合わせることもできやしない!この3枚の板分の代金は払わんぞ?」
「そんなあ…そこを何とかするのが職人の腕というものでは…?こんなに綺麗な形に切り出されているじゃありませんか?」
「ふん!樽には正しい大きさというやつが決まっておってな、こちらで合わせることはできんのだ!」
おー。やってるやってる。
そうなんだよね。規格化で定められたサイズがあるのだから、そこを職人の腕で何とかしてはいけない。
厳しいかも知れないが、サイズ違いの納品をきちんと検品で弾くことによって規格化は達成されるのだ。
「ちょうどいいところで会ったね。少し相談したいことがあるんだけど?」
「げえっ!ああ、トール様。もちろんですよ。なんでしょう?」
木工職人のおじさん、なぜか僕に会うたびに嫌そうな顔をするんだよね。
いっぱい仕事を持ってきてあげているのに…。
だけど今回は仕事を増やす話じゃなくて、減らす話なんだから安心して欲しい。
「実は例の滑車なんだけど、どうにか増産したくてね。だけど工房の方はもう手一杯でしょう?」
「はあ…まあ…そうだな…そうです」
「だから樽と同じように、滑車と同じ太さの棒にするところまでは、他の村に注文して買い入れてしまうのが良いと思うんだ。そうすれば、工房では削って松脂で煮込むだけで良くなるでしょう?」
基本部材の外注化によって、滑車の加工に特化しようという提案だね。
シグリズ様には相談済みだから、グリグリもむにむにもなしだ!
「しかし…そうすると材料の費用が先払いなので費用がかかりませんか?」
「おっと、君から費用の心配が出るとは。大丈夫!問題ないよ!それに滑車が売れる当てはついているから!」
外注化すると費用が発生する。銀行などの金融機関が存在しない北方社会では、つなぎ資金がなければ事業がたちまち破綻してしまうので、木工職人の心配は当然なんだよね。
けれども、僕は樽の製造でまあまあ儲けているし、シグリズ様も特製大麦酒の販売でとても儲けているから、資金については問題ない。本当に資金が不足したら、北方21星の大結束から融資を募る、という方法もある。
今の村の事業運営のボトルネックは人手なのだ。金で人手を買えるなら安いもの。
それに滑車は、作れば作るだけ売れそうな気配がしているからね。なにせ販売前から出入りの商人たちの間で噂になっているようだし。今のうちに生産体制を強化しておかないと大変なことになるだろう。
「そ、その木材、うちでも取り扱わせてもらいませんか!」
「おいなんだ、立ち聞きとは礼儀がなってねえな」
「いえ、あんな大声で話されていては聞こえてしまいますよ」
先ほど、樽の側板を納入に来ていた商人が会話を聞きつけて、滑車の木材を納入したい、という。
「どうなの?任せても大丈夫そう?」
「まあ、とりあえずの分量ぐらいは頼んでみるか」
「お任せ下さい!では価格については…」
すぐに木工職人と商人が木材の具体的なサイズや価格について交渉を始めたので、僕は商談の場を離れることにした。
「トール、もう用事はいいのか?」
「うん。あとは当事者に任せた方がうまくいくと思うから」
僕は父ちゃんのところへ戻ると、一緒に家に向かって歩き出した。
「外注か…外へ投げるのはありだなあ…」
と、呟きながら。
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着々と夏のクナトルレイク大会の本番が近づいている。
ここのところ、僕の頭を占めているのは「運営が破綻したらどうしよう?」という不安だ。なにしろ手元の資源も準備の時間も何もかもが足りないのだ。
北方で初めてと言って良い大きなイベントで、運営者も素人の集まりならば、参加者も初心者の集まりだ。
こちらで想定していなかったトラブルが頻発するだろう。
そのためにも、とにかく人の手を出来るだけ空けておきたい。
洗濯樽の増設も、薪や滑車の木材調達の外注化も、それらの方策の一つなのである。
「まだ足りない。もっと他の手はないかな…」
という焦燥が頭を離れなかったのだけれど、先程の滑車の木材の外注のやり取りを見ていて思いついたのだ。
どうせなら「苦労も外注しよう」と。
ちがった。「皆で一緒に頑張ればいいじゃない」とね。
それからもう一つ。
破綻を抑え込むのが無理なら、破綻した時の代替計画をたくさん持てば良い、とも頭を切り替えることにした。
不可能なことに取り組むよりも、できることに資源を集中するほうが良い。
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「それで?具体的にはどうしようというのですか?」
しばらく後、考えをまとめた僕はシグリズ様の私室で、シグリズ様と2人のお嬢さん相手に、大会運営を破綻から救う方法についてプレゼンをすることにした。
「まず、僕が大きな大会運営をどのように捉えているのか、イメージを共有したいと思います。
細く真っ直ぐな小さな川の流れをイメージして下さい。そこへ上流から小さな人形がぷかぷかと流れてきます。人形は川の途中でサウナに入り、酒を飲み、試合をして、酒を飲み、下流へと流れていきます。
川の流れが時間、川の太さが運営の処理能力、木の人形が参加者です」
僕が黒板に小さな川の柄を左から右に向かって描くのを、3人は興味深そうに眺めた。たぶんTOC(制約条件理論)について、歴史上初めての講義になるからね。
「木の人形が増えると、川が詰まります。どこで詰まるか?入港でも少し詰まるでしょう。ですが今のところ最初に一番詰まりやすいのは、来航者用のサウナだと考えます。サウナは一つしかないので、同じ日に100人、1000人と来る場合は対応できません」
僕の指摘に、女性陣は頭を抱えてしまう。
「そうですわよね…村民用のサウナ利用を開放するとか…」
「ですが、そんなことをしても数十人分にしかなりませんわ」
「いっそサウナなしでの上陸を認めるとか?」
「長い船旅を終えた方々にそのままの格好で村内をうろつかれては病気が蔓延しかねませんわ!」
サウナを省略したくなるが、そうすると病気が心配になる。
季節は夏で、長旅で不潔な男達が大勢寝泊まりする宿泊地で流行病などが発生したら大変なことになるだろう。
「そこで、外注、つまり外の人たちにも一緒に頑張ってもらいましょう、という話になるのです。もちろん、対価を払ってのことですが」
「詳しく聞きましょうか」
シグリズ様が背筋を正して向き直ると、他の2人もそれに倣った。




