第231話 望み薄の代案と貿易不均衡の緩和策 8歳 夏
「うた…うた…穏当なうた…」
「むに!ふぎん!ふぎん!むに!」
僕は肩にムニを乗せたまま頭を抱えて家に向かう。
いったい誰だ。誰があんな歌を村中に広めたんだ…。
どうりで村の人達の僕を見る目が、ときどき生温い視線であったわけだ。
「いや、そうじゃない。これ以上の拡大と被害を食い止めないと」
誰がどのように村で広めたか、を追求しても無益だ。
村人たちの記憶を消す方法がないのだから仕方がない、と諦めよう。
いわゆるコラテラル・ダメージというやつだ。
「このままでは、北方21星の大結束の人たち全員に広まってしまう…」
あんな歌が広まったら、初めて会う人達から「ほら、口から雷を吐いてみて?」とか「この剣で霧を割いて?」なんて、からかわれるに違いないんだ…。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「父ちゃん、一大事だよ!」
僕は家に駆け込むなり、僕と同じく名前が歌われている父ちゃんに事態を訴えたのだけれど。
「おお!名誉なことじゃないか!戦士として戦歌に名を歌われるのは至上の名誉!トール!やったな!俺の名前もあるのか…ううむ。素晴らしい…」
などと喜びに涙ぐむ始末で、僕の羞恥心を微塵も理解してもらえなかった。
「いいなー!トールばっかり、ずるーい!あたしも馬に乗ってたのにーっ!」
エリン姉はアルンビョルンを退けたとき、馬に僕を乗せていてくれたからね。
たしかに、戦歌に名前を残す権利はある。
「大丈夫だ。エリンの名前が歌われている版の戦歌もあるぞ」
「ほんとに!?」
エリン姉が飛び上がって喜んだ。
父ちゃん?
ああでも、冬の間中歌われていた、とか言ってたな。
語り手が話のネタに困ったりして、いろいろと付け加えたバージョンもある、ということなんだろう。
物語が長期化すると、やたらファンチャイズが拡大して、なんとかユニバースがと言い始めて登場人物が増えるやつだね。
この頃からあったのか。
喜んでいる父ちゃんとエリンを見ながら、いつも頼りにしている家族だけれど、この問題ついては手助けが期待できなさそうなとこは理解した。
「ええと…つまり北方の皆で仲良くして…一緒に仕事や商売をして…争いは多民族と頑張りましょう…という歌詞にすれば…」
そうして僕がひねり出したのが、以下の国歌。
厳しい風が吹く 北の海原で
僕らは手をつなぎ 生きていく
共に学び 知恵を分かち合い
市を立てては 笑い合う
同じ明日を目指す 仲間さ
北方の村々の 運命はひとつ
この空のもと 仲良く暮らそう
物産持ち寄り 豊かになろう
戦争するのは 異民族とだけ
胸を張れ 僕らは北方の大結束!
「…地味だ。なんか小学校の校歌みたい…」
どうやら僕は、自分で思っていた以上に詩才がないらしい。
苦し紛れにひねり出した歌でシグリズ様の戦歌 ―― ひと冬にわたり村の中で歌われ洗練されてきた歌 ―― に勝てるとは思わないけれど、提出しなければ可能性はゼロだ。
シグヴァルド様が、個人名があまりに前に出過ぎるのは良くない、と判断してくれるかも知れないし…。
僕は一縷の望みをかけて羊皮紙に歌を書きつけると、シグリズ様のところへ持っていったのだけれど。
「まあ。可愛らしいお歌ね」
「ぐっ…」
微笑みながらの感想をいただいた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
歌のことはさておき。
僕はシグリズ様にもう一つの相談事がある。
「他の村。特に北方21星の大結束に所属する村からは、もっと何かしら買い入れないと駄目だと思うんですよね」
いわゆる貿易不均衡の問題だね。
これが王や王の家臣、異民族や他の国家相手なら僕も問題にしないんだけど。
「大麦だけでは駄目なのですか?」
「大麦は必須ですね。もう少し広げたいという話です」
大麦を特性大麦酒に加工すると、数倍から10倍ぐらいの価格になるからね。
今はインフラ建設費用がバカみたいに出ていっているから問題になっていないけれど、各種建設が一巡して投資回収の段階に至ったら、村に北方全体の富が集中するような状況が起きてしまう。
そうなるとインフレも激しくなるし、村は資産だけで暮らしていけるような状態になってしまい、労働の価値が低められることになりかねない。
村の人達が昼間から働かずに酒を飲んで、漁にも出なくなったら嫌だよ。
北方の男たちは、厳しい自然に立ち向かう質実剛健な戦士であって欲しいんだ。
「僕は薪と滑車の基本材料を買い入れてはどうかと思っています。
薪については来航する船員たちを歓迎するためのサウナとパン焼き釜の稼働で使用する量が増えていますし、建物の建設で村の周囲の木々を伐採しすぎました。
しばらくは植林を重視して、村の周辺の材木は生活用途のみに絞るべきでしょう。
また滑車の製造で最も時間がかかるのは、材木を伐採して滑車と同じ太さの材料にすることです。この工程は、樽と同じように他の村から買い入れましょう。結果として、滑車の製造数も増やせると想います」
僕の提案に対して、シグリズ様からは幾つかの疑問と指摘が寄せられる。
「滑車の部品を買い入れる、というのはわかります。それにしても、薪、ですか?薪を買い入れるなんて聞いたこともありません。泥炭を使うでは駄目なのですか? それと、植林とは聞き慣れませんね?木を植える?切り株から勝手に生えてくるものでは?」
滑車の基本資材の購入は理解してらもらえた。樽の部品の輸入という前例があるからね。滑車の増産のために村の外へ基本部材の発注ができれば、貿易赤字の解消にも繋がるし、一石二鳥だ。
一方で薪の買入れと植林には疑問を呈された。そもそも薪とは村の男が斧を振るって生産するものだからね。男の仕事を取り上げるように聞こえたんだろう。泥炭を使えば良い、というのも最もな指摘。泥炭は乾かせば優秀な燃料なのだけれど、このあたりの人は貧乏の匂いだ、として泥炭を嫌うんだよね。
「薪の購入は、男衆の労力を節約するもの、いわば洗濯樽のようなものとお考え下さい。他所の村からの買い入れで全てを賄うのではなく、来客や施設の維持のために必要な薪の分は補充するべきだと考えています。それはつまり男衆の余計な負担になっていた、ということですから」
男衆の隠れた負担になっていた、という指摘にはシグリズ様は頷けるところがあったらしい。なにしろ冬の建設ラッシュからずっと、村の男衆は働き通しだからね。
「ああ、そう言われてみれば追加の負担をかけていることになっていたのですね。気がついていませんでした。薪の買入れについては検討しましょう」
やれやれ。これで少しは父ちゃん達も楽になるかな。
このまま寒い季節になっていたら大変なことになるところだった。
「泥炭の活用については、煙の匂いが好まれないことが問題ですから、熱だけを必要とする施設で使用するのが良いと思います。社交場や宿泊所で燻製を製造しない季節の使用を推奨するとか」
社交場は僕が管理するし、宿泊所はシグリズ様の管理だ。
これは乾いた泥炭を薪小屋に積み上げて、必要に応じて使うということで定まった。
「植林、とは木の苗木を植えるということですか?本当に必要なのでしょうか?」
シグリズ様の問いかけに僕は答えた。
「何十年か先のことを見据えるなら。切り株から生えた枝や芽を摘まなければ良いだけなのですが、そうしたことがわからない民や動物もいます」
シグリズ様は少し考えてから、折衷案を出してきた。
「何十年…ですか。それでは森林の管理者は置くとしましょうか。どちらにせよ、クナトルレイクの大会で集まった客が森に勝手に入って狩猟や伐採などをしないよう、見回る者たちが必要ですから」
森林の管理官を置く、というのは良い落としどころだと思う。
僕がうなずき顔を上げると、シグリズ様だけでなく、背を向けていたはずの2人のお嬢さんたちの険しい視線にぶち当たった。
「買入が増える…つまり仕事が増えるんですね?」
「ええ…まあ…はい…」
赤い服を着たアルフヒルドさんの黄金色に燃える視線から目をそらすと、青い服のエリスさんの凍りつくような視線が突き刺さる。
「薪…部品…これまでに買わなかったものを、たくさん、様々な商人から買い入れて、検査をするんですね?」
「はい…ええ…そうなります…」
その後、僕は2人のお嬢さんたちから長時間むにむの刑に処された。




