第226話 大会は共通の神話の創出のために 8歳 夏
「ところでトールはなにか気がついたことがあるか?」
クナトルレイクに関しては余人の追随を許さないガチ勢の父ちゃんに問われたら、僕だって全力を出さざるを得ないよね。
未来知識チートも総動員しちゃうぞ!
「うーんとね、今は小さい村で選手全員の顔も名前も知っているけど、大きな大会になって初めて見る選手は名前を憶えるのも大変でしょう?だから、背中とか盾に大きく数字や名前を見えるように書いたほうがいいと思うんだ」
「ほう!なるほど、確かに、その方が戦士の名誉を伝えやすい!」
いわゆる背番号と名前が書かれたユニフォームの導入だね。元から戦場では戦士達は自分の存在をアピールするために盾の色や模様を工夫したり、兜に羽をつけたりしていたので理解されやすい。
「それから、決勝戦だけで良いと思うけど、入場するときに一人一人の戦士の名前を読んであげたら盛り上がると思うんだ。何回も試合で勝ち進むうちに、名前も売れてくるから、観客も喜ぶと思うし」
「なるほど。確かに。決勝戦の名誉には、それに相応しい扱いが必要だな」
やっぱり、戦士紹介はスポーツイベントの華だと思うんだよね。
テンション上がるし。
「同じように戦乙女を努めている女性の名前も呼んであげるとか」
「ふむ…たしかに一考の余地はあるか」
戦乙女の紹介はあまり反応が良くない。
クナトルレイクの戦士ではないからかな?
僕は未来知識を振り絞って、他にもいろいろと提案した。
得点したかどうか遠方の観客席からでは見えにくいので、ゴール判定をする人を置いて白い旗を振らせたほうが良いとか。
角笛も聞こえにくいときがあるので複数人を置いて一斉に吹かせてはどうか。
木でメガホン状の声が響きやすい道具を作ってはどうか。
チームの色が被ってしまった時のために、せめて盾は2種類の模様を用意しよう等々。
もっとも強く主張したのは、全員で北方21星の大結束の戦歌の制定と斉唱。
「それからね。北方21星の大結束 ―― 50星ぐらいになりそうだけど ―― の戦歌を作って、試合の前に観客全員で立ち上がって歌うようにしたらどうかと思うんだ。北方21星の大結束の一体感を高めることになると思うよ!」
「ふうむ…なるほど!」
いわゆる国歌斉唱を試合で習慣化する絶好の機会だと思うんだ。
北方21星の大結束を挙げてクナトルレイク大会を実施する理由は、いわば国家統合の神話と共通体験を創出するためだからね。
父ちゃんは純粋にクナトルレイク大会をやりたいから、かもしれないけど…。
「うむ…まだまだ改善できる点はある、ということだな。さすがトール、俺の息子だ。参考になった」
「うん!」
父ちゃんは僕のぶつけた沢山の提案にも前向き。
さすが北方一のクナトルレイク大将軍。
その姿勢に妥協の二文字は存在しないのだ。
「この先、まだ上を目指す…と?」
うんうん、と頷く父ちゃんの姿を見て、予選大会の主催者達は尊敬を通り越して畏怖を覚えていたみたい。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「さて。これから運営マニュアルの読み合わせを行うわけですが、皆さんのお名前を聞いてもよろしいでしょうか…?」
競技場でのショックな体験を経てから、長屋敷近くの白い宿泊所の屋内へと場所を移して研修会の続きを行うことにした。
目指すところの高さを思い知らされたせいか、小民会の中で父ちゃんのリーダーシップを疑ったり、政治的な理由で主導権を握ろうとするような人は出てこなかった。
内輪で争っている場合ではない、との危機感が共有されたようで、まことに結構なことであるね。
歓迎の宴 (徹夜の飲み会)に不参加だった僕は、参加者の名乗りを受けて初めて知ったのだけれど、10名超の予選大会の主催者は、4つの村から送れられてきたそうだ。
1つの村から2人もしくは3人。政治担当の人と実務担当者。そして宮廷詩人。
偉い人や実務担当者を宮廷詩人が兼ねる場合は2人。でなければ3人という構成だ。
「必ず宮廷詩人の方が入られているんですね…」
「シグヴァルド殿の強い要請で、そうなったのだ」
おっと。さすがシグヴァルド様。そのような手を打っていましたか。
「いや全く、宮廷詩人がいなければ、今日の素晴らしい試合を言葉で伝えられたか怪しいものだ。シグヴァルド殿はさすがの慧眼と言えよう」
「この目でも見ても信じられい経験であったからな…」
報告者として言葉に優れた宮廷詩人を連れていくように配慮したわけだね。
そういう点の人事配置はちゃんとしてるんだよね、あの人。
実務レベルとなると、ついつい先走って現場の苦労を忘れるだけで。
「では、さっそく始めていきましょうか」
僕は宿泊所へ運び込んだ大きな黒板に向かい、第一回、クナトルレイク運営小民会、と貝殻棒で大きく書き記した。
これが、後の北方連合王国の国家運営を支える専門知識を備えた官僚制度の始まり、ということになるのだけれど、当時の僕は「見栄をはらずに椅子を使ってもう少し高いところに書けば良かったかな」などと考えていた。
既に文章化されているマニュアルを一緒に読み合わせを始めることの意味は、単に字面を追うだけでなく、なぜこの規則や記述が制定されているのか?
という思想や考え方を共有するためだね
もちろん全てを詳細にマニュアルに書き込めれば良いんだけど、ちょっと羊皮紙の限られたスペースにルーン文字で書きこむのはつらくてね…。
僕は自分で運営をしてきたせいか、初めて運営する人が「何がわからないのかわからない」ということもある。
「最初に、大会参加戦士の名簿の提出を義務づけています。これは、参加人数の確認と成り済ましを防ぐためです」
「成り済ましとは…?そんなことが起きると考えているのですか?」
さっそく質問、というか異論が出た。
名誉ある地位を汚す戦士がでるなど信じられない、というのだ。
「戦争で言うところの傭兵にあたる存在を想定しています。お金でクナトルレイクの勝利を買おう、というチームが出てくるかもしれませんから」
「なんと!いやそんな名誉にもとることを…」
「勝つためには何でもする人は出ます」
「ううむ…」
マニュアルは過去の失敗に基づいて書かれているからね。
残念ながら性悪説に立たざるを得ないのだ。
「ここにある競技場への警備員の配置とは?そのような必要が?」
「観客たちは興奮すると競技場に降りてきて乱入しちゃうんです。試合進行の妨げになりますから、追い出す人が必要です」
「そんなことがあるのか…?神聖な試合の場だぞ…?」
「残念ながら、村では何度も起きました」
理想論よりも、失敗の事例は強い。
想定しない事態は常に起きるものなのだ。
「試合中は禁止しているが、酒類の販売は試合後ならば構わないのだろうか?」
「構いませんが、村内を警備する人が必要になります。他所の村に来ると、どうしても開放感で羽目を外す人が出ます。
クナトルレイク戦士たちのように鍛えられた男衆が酔って集団で村の衆と喧嘩になったら止めるのは大変ですよ?」
「な、なるほど…だが酒を禁止するのは難しいだろう。戦いの興奮を覚ますためにも酒は必要だ」
まあスポーツ観戦と酒は切っても切り離せないよね。お祭りだもの。
「でしたら酒場を設けて、その場所でだけ飲めるよう制限するなどした方が良いです。一般の人と戦士は席も別にした方が安全です」
「そこまで考える必要があるのか…」
「はい。クナトルレイクは村の女子供にも見に来てもらい応援してほしいので」
「そういえば、女子供が多かったな。なんと勇ましいと思ったことだが。それだけ警備と安全に配慮しているということか…」
という感じで、質疑応答しながら研修会は進んだ。
やって見て改めて感じたけれど、研修会と読み合わせは、やっぱり必要だよね。
運営マニュアルも改定したり注釈を入れてどんどん手を入れていかないと現場で役立つものにならないし。
真剣な顔で議論する参加者たちを見ながら、僕は予選大会の成功に楽観的な見方をするようになっていた。




