第225話 ハードルが上がりすぎている 8歳 夏
「今日の試合、すごかったねえ…」
「戦乙女の人たち、とっても綺麗だった」
「いやあ、まるでサーガの中に入りこんだような気分だ…」
模範試合が終わった。
村人たちは、今日の体験を熱狂的に語り合いながら競技場から去っていく。
非日常の体験を終えて、日常へと戻っていくのだ。
けれども、僕にとってはこれからが本番。
仕事の始まりだ。
父ちゃんを探して視線を移せば、大勢の人々に囲まれているのが見えた。
「まあ…そうなるよね」
父ちゃんを囲んでいるのは村の外から来た予選会を主催するため視察に来た人々だ。
あまりにもレベルの高い試合演出と運営を見せられて、自分たちの村で予選開催をできるのか、恐慌に陥っているのだろう。
試合も演出も、本当に驚くほど水準が高かったからね。
前半と後半の間には、ハームタイームショーのように戦乙女たちの舞で盛り上げ、
試合終盤には残り時間のカウントダウンを角笛で知らせて緊張感を煽り、
得点が入れば、進行(父ちゃん)が得点者の名前を呼んで称え、
試合後には、勝利チームの戦乙女は槍を振り上げ、戦士達に大きな酒杯を与え、敗北チームの戦乙女は跪いてうなだれる。
観客たちは全員が勝利チームを称えて戦歌を歌い、足を踏み鳴らし、競技場はさながらヴァルハラの戦士達を称えるオーディンの饗宴の如き様相を示した。
単なるスポーツ観戦を超えて、演劇とライブ・コンサートを一緒くたにしたかのような強烈な体験は、観客だけでなく視察団にも強烈な印象を残しただろう。
今日の体験を経て、多くの人々が熱狂的なクナトルレイクサポーターへと転向したことは疑いない。
父ちゃんは、北方でクナトルレイクの試合を行う際のあるべき水準を、近現代のレベルまで一挙に引き上げてしまったのだ。
なんというチート具合か。
さすが父ちゃん。さすが北方一のクナトルレイク通の面目躍如である。
「さて…そろそろ父ちゃんを助けにいかないと」
父ちゃんは凄い仕事をしてくれた。
あとは僕が父ちゃんの仕事を広めるために頑張る番なのである。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
試合を終えた競技場に、大きな黒板を運び込んで研修会の開始である。
子どもクナトルレイク大会の挨拶や、民会の裁判で少し目立ったのと、将軍の息子ということで、子どもの僕が仕切ったり説明することに文句を言う人はいなかった。
「たぶん文句を言う元気もないんだろうけど…」
クナトルレイク予選会開催の責任者として派遣されてきた人たちの顔色は、軒並み青かった。あの水準の試合運営をやれ、といきなり言われればね…。
僕の最初の言葉は、彼らの仕事の範囲の認識を変えることから始めた。
「皆さん。あの試合を一人で全部仕切ろう、などと思ってませんか?そんなことが出来る人はいません。皆さんは仕事をする人であってはいけません。仕事を振る人にならなければいけません!」
そして羊皮紙の運営マニュアルを取り出した。
「こちらの運営マニュアルに皆さんがやるべきことは、ほとんど書いてあります!」
実際、運営の人がやるべき仕事は書いてあるんだよね。
ただ父ちゃんが仕掛けた演出部分とか、チームカラーや戦歌の部分は書いてない。
その種の仕事の全部を運営が引き受けたら、そりゃあ破綻しますよ。
「まずは運営がする仕事、他の人に任せる仕事を分けましょう!
試合の演出!これは村で祭りを主催している人に任せましょう!
試合の進行!宮廷詩人の人、もしくは大声を出すのが得意な人に任せましょう!
任せる人を選ぶのが皆さんの仕事です!
チームの名前を決める!これは参加する村の仕事です!
チーム色の決定、チームの戦歌を考える、チーム色の道具を揃える、いずれも参加する村の仕事です。皆さんの仕事ではありません!
ただ、相談やサポートはしてください」
僕は運営の仕事として、以下のように黒板に書いた。
・体制づくりと人事配置:5割
・指導と進行管理:3割
・トラブル対応:2割
「全体としてどんな仕事があり、誰にどんな仕事を任せるかが決められたら仕事は半分終わったようなものです。あとは、どんな風に仕事を進めるべきか、どのように仕事が進んでいるかを追いかけながら見ていく仕事が3割、そして仕事で起きたトラブルの処理が2割です」
運営管理の仕事の基本知識だけれど、大規模プロジェクトを回すのは初めての人も多そうだからね。
実際、感銘をうけたように頷いている人も多くいる。
膨大な量の仕事を前にして混乱していた頭が少しは整理されたのなら良いのだけど。
「では、実際に今日の試合はどんな風に企画され、進行が行われたのか。責任者の肩にお聞きしましょう。グリームル将軍!お願いします!」
「お、おお」
ここで父ちゃんに登壇を任せる。主催する当事者としては、小賢しい子どもの話より将軍の体験を聞きたがるだろうからね。
「まず試合を最初に企画したときに考えたことはなんですか?」
僕は質問する側として父ちゃんの話を引き出す方に徹するのだ。
「そうだな…まずクナトルレイクの試合とは何よりも正義と真実の神フォルセティに捧げる神事であることを強調しようと考えた。
クナトルレイクの試合とは、鍛えた技と力をぶつけ合い、修練を積んだ戦士達が勝利するものでなければならない。
神聖な試合に世間の俗事、政治や戦争などの思惑が介入してはならないのだ」
「おお…なるほど…戦乙女の舞には、そんな意味が…」
「さすが公明正大なことで名高い将軍のお言葉だ。説得力が違う…」
うーん…?あれってそうだったの?
なんとなく父ちゃんに相談されたシグリズ様がアルフヒルドさんとエリスさんを唆して実現した役割と演出のような気がするんだけど…細かいことはいいか!質問者が納得しているなら良し!
「それでは、試合で得点した人の名前を呼ぶことにした理由はなんですか?」
続けて質問をする。
あの演出、かなり良かったと思うんだよね。
「試合とは神事であるが、戦士の名誉も称えられるべきだと考えた。
得点者の名前を呼んだのは、観客たちにも知らしめるべきだからだ。
また勝利したチームに酒杯を贈るのも同じ理由だ。
酒杯は勝利した戦士達にのみ振る舞われるべきだからだ」
「なるほど…祭りにもかかわらず観客たちに酒を振る舞わないのには、そんな理由が…勝利者のみが酒杯に値すると…」
「深い…さすが将軍…」
ええ…?お酒を観客に飲ませると、試合で興奮した観客が競技場になだれ込んできて試合が中断することが相次いだから、警備上の理由で禁止したような覚えがあるんだけど…?でも、質問者が納得しているから良し!
と、こんな感じで父ちゃんを立てる形で試合進行と演出の意図を説明しながらの野外振り返り研修会は順調に推移し、最後に参加者たちからの感想が述べられた。
「将軍。今日の模範試合は、本当に素晴らしい試合でした。
あのような体験ができるのならば、北方全土を巻き込んだクナトルレイク大会を開催する意味が十分に感じられます!」
「全くです。王と家臣の動向が不穏な情勢下でクナトルレイクの大規模な大会を行う必要などない、という声もありましたが、断じてそのようなことはない、と革新できました!」
「試合の望む戦士達の恐るべき練度!あのように鍛えられた戦士達の集団を将軍が率いれば、どのような戦場であっても勝利することは間違いありません!
予選会の主催者達は口々にクナトルレイク模範試合の成功と素晴らしさを称えたのだけれど、父ちゃんの返答は「まだ満足していない」という、大変にストイックなものであったりする。
「あれが完成形だとは思っていない。本大会の開催までには、試合運営も、まだまだ磨き上げるつもりだ」
ひ、ひえええ。
父ちゃん、ハードルを上げ過ぎは良くないよ。
見てごらんよ、予選会の主催者達が、すっかり顔色をなくしてるじゃないの…。




