第224話 模範となる試合 8歳 夏
赤い羽のフギンと青い牙のフェンリル。
両軍とも、揃いの色と兜、鎧、縦、フェイスペイントまでチームカラーに身をまとい、さながら神話の戦士団のような装いで入場してくる。
戦士達の勇士を目で追っていたエリン姉が、ふと違和感に気がついたように言う。
「あれ?女の人が一緒に入場してない?」
「本当だ?誰だろう?」
男たちの戦いであるべきクナトルレイクの試合なのに、戦士達の後ろから大きな槍を携えた赤と青の女性たちが続いて入場してきた。
それぞれの女性は、白いリネンのアンダードレスに赤もしくは青のオーバードレスを青銅と銀のブローチで留め、身体には勇ましくレザーの胸甲と手甲を身につけている。もちろん、それらの鎧も赤と青に染められている。
そして美しい顔に目力を強調するように、青と赤で隈取りをしている。
まるで…
「戦乙女だ!」
「いや、槍をたずさえている、槍の乙女ではないか!?」
観客の一人が叫ぶと、大勢の観客たちも一斉に叫んだ。
「戦乙女の加護を!」
「戦士達を称える槍の乙女だ!」
僕は思わず2人の槍を持つ戦乙女の姿を凝視してしまった。
あれ、もしかしなくてもアルフヒルドさんと、エリスさんだよね?
父ちゃん、よくあの2人を引っ張り出せたな…。
戦乙女の役をすれば婿取りに役立つとか説得したのだろうか?
やがて両軍の戦士達が競技場に一直線に整列した。
そこで戦乙女が2人、進み出て、互いに槍を躱し打ち鳴らし、撒い始めた。
「いいぞ!勝利を祈願する舞いだ!」
「綺麗!素敵!」
今までにない華やかな始まりの演出に、観客たちも大喜びだ。
うーん。アンダードレスが切れ上がってるから、ちらちらと足とか太ももが見え過ぎじゃないですかねえ…まあ観客たちも喜んでるからいいか。
赤の戦乙女が舞い、歌い始めた。
「黒き羽を引く 赤き嵐よ
戦神の眼となり 敵を穿て
我が槍の冴えは フギンの嘴
泥に這う者に 目を配るな
押し込め 血を濡らせ 勝利を掴め
勝利の誉の酒杯は 汝らの手に」
フギンの戦士達が、盾を叩き、続けて叫んだ。
「フギン!知恵!勝利!フギン!知恵!勝利!
勝利の酒杯は我らの手に!!」
観客席が一斉に、続けて叫ぶ。
「「勝利の酒杯は我らの手に!」」
続けて、青の戦乙女が槍を舞い、歌い出す。
「蒼き牙を剥く 影の野獣よ
鎖を断ち切りて 敵を喰らえ
我が槍の鋭気は フェンリルの顎
逃げ惑う者に 慈悲を下すな
押し込め 噛み砕け 勝利を掴め
勝利の誉の酒杯は 汝らの手に!」
フェンリルの戦士達が盾を叩き、続けて叫んだ。
「フェンリル!力!勝利!フェンリル!力!勝利!
勝利の酒杯は我らの手に!」
観客席が一斉に、続けて叫ぶ。
「「勝利の酒杯は我らの手に!」」
観客たちは初めて見る試合前の演出の連続に、すっかり熱狂している。
そこで登場するのが、村が誇る北方の将軍、僕の父ちゃんだ!
「これより、赤い羽のフギンと青い牙のフェンリルの模範試合を執り行う。
赤い羽根のフギンは、言わずと知れた北方一の強さを誇る戦士達。
青い牙のフェンリルは若く攻撃に優れた戦士達が集まっている。
双方の戦いに同席された方々、戦の行方を見届けられよ!」
ブブゥウウウー!!
父ちゃんの合図で一際大きな角笛が鳴らされ、試合が始まる。
クナトルレイクの試合は、戦列歩兵の伝統と習慣に従い、必ず前衛同士が組み合った盾の壁の押し合いで始まる。
ガツン!と、両軍の戦士達による最初の押し合いは大きな衝突音と共に始まった。
「前へ!前へ!前へ!」(フラム!)
「推し込め!押し込め!」
互いに譲らぬ猪の陣形だ。
最も大きく強い戦士が中央の先頭に立ち、周囲の者たちが続いて支える。
戦争では中央突破のために使われる楔形の攻撃的な陣形だ
最初の盾の押し合いは、試合の流れと勝敗を大きく左右する。
最初の押し合いは、父ちゃんが試合の演出と観客へのわかりやすさを優先して、広く知られている猪の陣形を両チームに選択させたっぽい。
本当は盾の重ね方とか陣形の受け止め方とか、いろいろと駆け引きがあるらしい。
だけど最近のクナトルレイクのチーム戦術はやたら複雑になっていて、僕も全然ついていけないもの…。
「うぉぉおお!いいぞ!」
「押せ!突破だ!」
観客たちも、このわかりやすい力と力のぶつかり合いに大喜びしてる。
丸太の床を踏み鳴らして、大声で「押せ!押せ」と叫んでいる。
そして脇に引っ込んだはずの戦乙女たちも、いつの間にか競技場の脇に出てきて観客席に向かい槍を振り回して応援するよう促している。
ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!
押せ!押せ!押せ!押せ!押せ!押せ!
周囲の全ての観客が同じリズムで足を踏み鳴らし、大胡で叫ぶ声が響き渡る。
まるで競技場全体が一つの大きな楽器になったかのようだ。
競技場はクナトルレイクの戦いという戦歌を彩るための巨大な楽器であり、観客たちの全ては戦歌の歌い手だ。
巨大な楽器の演奏に参加し、その一員として歌う一体感!
観客たちは、神話の戦いの一員となって参加するという、初めての体験に酔いしれている。
「すごいな…」
「なーにー?トールもちゃんと足を踏み鳴らしなさい!」
傍観者のように観察していたら、エリン姉に叱られた。
そうだね、たしかに今だけの体験を楽しまないと損だ。
「頑張れー!押せー!押せー!」
精一杯、足を踏み鳴らして応援する。
このあたりだと拍手という習慣はないんだよね。
それに太鼓も存在しない。
だから基本的には、声援と角笛と足を踏み鳴らしたり、手すりや盾を叩くという応援動作になる。
「あっ!点が入りそう!」
押し合いが崩れて、ボールを保持した赤の羽のフギンの戦士が走る!
青のフェンリルの戦士も妨害しようとしたけれど、追いつけない!
そのまま、ゴールラインを走り抜けて得点!
ブブゥー!と、得点を表す角笛が鳴らされ、大きな黒板に「1」と得点が貝殻帽で白く大きな数字で書き込まれた。
「赤い羽のフギン、ギルフィの得点!」
父ちゃんが、チームと得点者の名前も呼んだ。
「いいぞ、ギルフィ!」
「さすが風追いのギルフィだ!」
得点者の名前を呼ぶ演出はいいね。
得点をとった戦士が誇らしげに、自分の得点であることをアピールしてる。
ゴールパフォーマンスというやつだね。
「あの人、すごく走るのが速かったねえ」
「いや周囲のサポートもいいんだ。直線的に走るギルフィの邪魔をさせないよう上手くブロックしていた」
周囲から聞こえてくる得点に対する感想も、妙に目が肥えている。
うちの村の観客たち、レベルの高い試合を見慣れているしなあ…。
たぶん北方一クナトルレイクに煩い観客なのではなかろうか。
そして貴賓席の方々はどう感じているかな?と目をやれば、まさに空いた口が塞がらない、といった様子で。ただただ目を丸くして口をあんぐりと開けたまま呆然としているようだった。
そうですよ?あなた達は、この水準の試合運営を、この夏すぐ後で自分たちの村で執り行えるように、しっかり学んで帰らないといけないのです…。
他人事ながら、ちょっとだけ気の毒に思ったりもする。
全部、北方21星の大結束の立ち上げを強要する遠因となったアルンビョルンと、現場の苦労を考えないシグヴァルド様が悪いのです。
恨むなら、顔の良い法話者を恨みましょう。




