第223話 模範試合は勇壮に 8歳 夏
「んあ…?」
頬に、ふにふにと柔らかいものが押し付けられている感触に目が覚める。
ぶふう、と生暖かい鼻息も。
「ぐえっ」
ドスン、とお腹に重い毛玉が着地する衝撃に声が出た。
「うう…わかった、起きるよ…おはよう、猫に馬…」
夏の家。まだ天井も十分にふけていないため、ベッドからは屋根の骨組みと空が見えていて、朝の日差しが容赦なく差し込んでくる。
そして大きく開いた板窓からは、馬のやつが大きく首を伸ばして僕の頬を唇を押し付けて、自由に出入りする猫が僕の上に飛び降りる、というわけだ。
僕じゃなくて、エリン姉にやったらいいのに…。
僕はベッドで一緒に寝ているエリン姉をゆすって起こした。
「エリン姉、起きて。見回りに行くよ?」
「ううーん…そうね、馬に散歩させなきゃ」
エリン姉はシグリズ様に頂いた馬をとても可愛がっていて、毎朝の散歩を兼ねた見回りを欠かさない。
そして僕はエリン姉に乗せてもらいながら、一緒に村を見て回る。
「おー、今日も元気だねえ」
村のあちこちから、ガンガンと盾を叩来ながら歌う子どもたちの声が聞こえてくる。
各地区の子ども戦士団たちによる朝の見回りだ。
村の大人たちが外征している間に始まった習慣だけれど、家畜の保護に効果があるのと、見回りをしているとおやつが貰えるのとで、今も続けられている。
今は目玉風車の鳥威しが村の境界に設置されていて、獣よけにも高価を発揮しているのだけれど、やっぱり人が見回る方が威嚇の効果がある。
クナトルレイクで鍛えられた石投げのスキルの高い子どもたちの集団は、はぐれ狼の一頭ぐらいなら追い返してしまうし、群れが来たら角笛で大人を呼ぶこともできるからね。
「おはようございます!あちらの草むらに寝ている人がいます!村の外の人のようです!」
「はい、報告ありがとう」
馬で見回りをしながら、子ども戦士団から報告を受ける。
やっぱりその辺りで寝ちゃってたか…。
早いところ、昨日の夜に思いついた折りたたみ簡易ベッドの貸し出し事業を始めてもらわないと、クナトルレイク大会が始まって大勢の戦士団が村にやってきたら大変なことになりそう。後でシグリズ様に相談しておかないとなあ。
「…父ちゃん、おはよう」
「おお、エリンにトールか」
そして、よろよろと頭をかきむしりながらやってくる父ちゃんを見つけた。
たぶん来客と一緒に一晩中飲んでから、そのへんの草むらで寝てしまったのだろう。体中に草や葉がついている。
「父ちゃん、母ちゃんの機嫌はあんまり良くないよ」
「おお、そうか。うんまあ…そうだな…」
「帰って朝ごはんにしよう?」
「そうだな」
僕とエリン姉は父ちゃんを伴って帰宅して、母ちゃんに文句を言われる父ちゃんを横目に朝ごはんを食べた。
今日は、他所の村から来たクナトルレイク小民会の人達に、僕たちの村のクナトルレイクのレベルの高さを見せつけてやる日だからね!
いろいろと僕も準備が忙しいのだ。
もっとも、その主役たる北方の将軍グリームルこと、我が家の父ちゃんは宿酔いで朝帰りして母ちゃんに怒られてるんだけど。…大丈夫かな?
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村の人達は朝の仕事を一通り終えると、だんだんと村の競技場に集まってきた。
クナトルレイクの試合が村の娯楽として定着して久しいけれど、今日はお客を迎えて将軍《父ちゃん》が何か凄いことをやるらしい、と噂になっているらしい。
大勢の観客を受け入れるため拡大建設中の観客席はもとより、まだ工事中の区画では立ち見の客が出るほどの盛況ぶりだ。ひょっとすると、村中の人が集まっているんじゃなかろうか?
その中に、貴賓席として指定した区画に見慣れない顔の人たちが多少所在なげにかたまって座っているのが見えた。
「トールはあっちに行かなくていいの?」
「まだ顔合わせしてないからね。子どもがいたら変に思うでしょ」
僕とエリン姉は一般席に紛れて貴賓席に座っている人たちを観察する。
「あの人達が予選試合を主催する村の人たちなの?けっこう多くない?」
「どうなんだろう?1、2…10人以上いるね。ええと目安の人数は…」
エリン姉の指摘に、僕は人数の妥当性について簡単に計算をする。
大クナトルレイク大会に参加を希望するチーム数は、シグヴァルド様の報告によれば50前後もあったという。もちろん、それだけの試合数を一箇所の試合上で捌くことは不可能なので、北方21星の大結束に参加する条件を遵守できる村からの派遣だけに絞り込むようお願いしてあるから、多少は減ったはず。
なので本大会に先駆けて実施する予選会を主催する村の数は48チーム以内として、予選試合会場4から8村に収まるはず。
1村から1人もしくは2人が参加するとなると、小民会は10人前後になると予想しできるから、試合の見学者もそのぐらいになるはず。
「…つまり、あのぐらいで合ってるかな」
「どうして2人で来るの?1人でいいじゃない?」
「みんながエリン姉ぐらい勇ましいわけじゃないからね」
口を尖らせるエリン姉のために、少し説明を付け加えた。
「村で初めてのリーグ戦の試合を切り回すには、政治ができる人と数字ができる人の両方が必要だと思うんだ。その上で、クナトルレイクへの造詣も深くないといけない。大きな村でも、そういう人材を出してくるのは、けっこう難しいんじゃないかな」
予選試合を主催するなら他所の村との折衝の政治力も求められるし、試合道具や宿泊や食事の細かい手配の手腕も求められる。クナトルレイクの勝敗には村の見栄や政治もかかってくるから、仲介者として主催者もそれなりに社会的地位の貫目というやつも必要になりそうだ。
それらの役割を全て1人で兼ねられるリーダーがいる村は少ないだろう。
「ふーん。でも、トールは1人でやってたじゃない」
「とんでもない!シグリズ様と父ちゃんと、あと村長様がいなかったら、とてもとても…。僕一人でなんか何もできないよ」
エリン姉の勘違いを慌てて正した。
僕が子ども特権で好き勝手にやっていられるのも、村長様が異分子の僕を放っておいてくれて、シグリズ様がなんだかんだ文句を言いながら手伝ってくれて、父ちゃんが僕を絶対的に信頼してくれているからだ。
大勢の人を動かそうと思ったら、一人ではなんともならない。
僕は多少の段取りは出来ても、そこにいるだけで人々がひれ伏すようなカリスマはないからね。
「おっ。試合が始まるよ…って、おおすごい!」
「わあっ!素敵!」
今日のクナトルレイクの試合については、全面的に父ちゃんにお任せしている。
選手入場から、早速やってくれた。
「キャーッ!こっち向いて―っ!格好いい!」
「すげえぞ!なんて勇ましいんだ!」
村で最もクナトルレイクが達者で精悍な若者たちによる模範試合が行われる。
普段の練習試合では、フギンやフェンリルのエンブレムが黒く印された赤い盾、青い盾だけが2つのチームを見分ける目印なのだけれど、今日の両チームは、チームカラー、フギンは赤、フェンリルは青の色で染められた革の兜と革の鎧を身に着け、まるで神話の軍団のような揃いの姿で入場してきたのだ。
「フギンの神兵だ!神の軍団だ!」
「フェンリルの兵団だ!フェンリル兵団に栄光を!」
戦に臨む戦士のように、顔料で顔にくっきりとした青い線や赤い線を隈取っている姿に、試合開始前だと言うのに、観客席を包む熱気は頂点に達しようとしていた。




