第220話 シグリズ様の負担を減らす冴えた方法 8歳 春
過労と心労のために倒れられたシグリズは、数日の静養の後に業務の方に復帰された。いまや村の文官仕事はシグリズ抜きでは回らない。
彼女は単に村長婦人としての地位を超えて、北方社会において己の才覚と業績により確固たる社会的地位を築こうとしている。
そうして村の文官業務に復帰したシグリズの最初の仕事は、彼女がいない間にやらかした村のトラブルメーカーの子どもに対する叱責と制裁であった。
「あ・な・た・は―――っ!問題を起こさずにはいられないんですか―――!」
グリグリグリグリグリ
「いたいいたいいたい」
叱られている間こそ涙目になっている子どもは、すぐにけろりと忘れて、またぞろ問題を起こし続けるのだ。
シグリズは、深くため息をついた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「ううう…僕は悪くないのに…」
「悪くないはずがないでしょう!」
僕は謂れなき冤罪であると主張したのだけれど、一言で否定された。
よくわからないけど、僕が原因で商人たちから交易を管理するシグリズ様の方に嘆願が上がっているらしい。
さて。ここで村の交易の状況について少し説明したい。
今年の春から始まった交易は、港に新設されたサウナとパン焼き釜と洗濯乾燥の設備の充実と、特製大麦酒と贅沢大麦パンによる酒場の充実、それに大麦の買入と特製大麦酒の輸出とで以って、想定以上に順調に推移している。
今のところ、北方21星の大結束のいずれかの村から身元保証をされている商人が出入りを赦されており、春先のような冒険的な商人はほとんど出入りがない。
僻村の朴訥な民をだまくらかして一発当ててやろう、という類の博打好きの商人の間では、フギンの箱とやらいう魔術でやり込められた話が広まっているらしく、あの村には正しく選別された大麦を持っていかないと魔術で呪われるらしい、という噂が広まっているとか。
そういうわけで、村に入荷される大麦は価格も品質も良いものが多く、安心して村の醸造所の方に回すことができている。
なかにはシグヴァルド様の策略により王やトーレル卿の兵糧に流れるはずだったらしき大麦も混じっているけれど、そこは関与するところではないので詳細はわからない。
交易の管理者も収益も、基本的には村長というかシグリズ様だからね。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
閑話休題。
そうして出入りしている交易商人たちから、シグリズ様の方に「ある商品を売ってくれ!」と猛烈な嘆願が上がってきているという。
曰く「フギンの正しき輪」を売って欲しい!のだとか。
「なんです、それ?フギンの正しき輪?」
「あなたも知らないのですか?フギンという名を冠するからには、あなたが関与しているはずなのですが」
聞いたときは本当に意味がわからなかった。
そんな商品あったっけ?樽の輪っかの部品か何か?
「何でも、木の輪っかの部品だとか…完全な円を描いているとか」
シグリズ様の手つきで何を指しているか、ようやく解った。
「あっ!滑車!!」
「やっぱり!あなたの引き起こした問題ですね?」
さすがに僕は反論する。
「い、いや待ってください。僕は滑車を売りだすなんて一言も言ってませんよ。そもそも、あれは試作中の品で、交易品になっていないはずです」
僕はシグリズ様が休養している間に深く反省したこと、足踏み式弓動力のろくろで作る製品は、最初に女衆の手をあけるための脱水ローラーを作り、その後で滑車だけに製品を絞り込んで制作するように考えたことを説明した。
「それで、木工職人のところでローラーを作るように言ってから、同じ器械を使って船に使う部品を作れないかなあ、って。それで滑車を…長屋敷でも天井の吊り棚を上下させるときに使ってるじゃないですか。あの部品です」
「ああ、あの小さな部品のことですか…」
天井を見上げて滑車が何のことか理解したシグリズ様は、少し拍子抜けしたようだった。
「あの小さな部品が、なぜ問題になるのです?商人たちは、なぜそれほどまでに滑車を欲しがるのですか?」
「さ、さあ…?」
僕はシグリズ様の厳しい追求から視線を逸らしながら、今回の問題の発生源におよその目星をつけていた。
あの船大工の親方か!滑車、次から値上げしてやる!
「トール?」
「た、たぶん試作品を使った村人が自慢して回ったのかなあ…って」
船大工の親方の熱意に負けて少数だけ納品した滑車に、港を出入りする商人たちが目をつけたのだろう。良い性能の滑車は、北方の荒海を航海する船乗りにとって文字通り生死を分ける重要部品であるから。
「そういうことですか…確かに木工製品の管理はあなたに任せることになっていますが、それにしても交易全体にまで影響を及ぼすとなると…」
シグリズ様の苦言に、僕は深く頷いた。
「そうですよね…残念ですが木工製品の管理権限はシグリズ様へお返ししたほうが…」
「はぁ?今さら、あなた以外の誰が事業を回せるというのですか!」
「あっ、はい」
せっかくの機会だからと木工製品の事業管理から抜けようとしたら、ドスの効いた声で阻止された。やはり駄目でしたか…。
でも本音を言えば、僕もシグリズ様に負担をかけるのは本意じゃないんだよね。
僕じゃなくても、北方21星の大結束内の交易が拡大していくと、様々な問題が発生すると思うし、負担を軽減する仕組みが必要だと思う。
「シグリズ様?この機会にシグリズ様のお仕事を軽減するために、域内交易でも小民会を立ち上げませんか?僕がクナトルレイクの大会で小民会で仕事を分担するのと同じようにすれば、お仕事の負担は減りますよ」
僕の提案に、シグリズサは少し思案顔になった。
「小民会ですか…。確かに、兄やあなたの引き起こす問題を、私一人で処理するのは限界に近いと思います。多くの人に負担していただくのが筋というもの…」
「いや、僕をそんな北方社会全体の問題児みたいな扱いは…」
「なにか言いましたか?トール?」
「いえ…何でもありません…」
今まさに北方全体を謀略と才覚で以って引っ掻き回している北方一の謀略家シグヴァルド様と同列で批判されるのは、ちょっと不本意なのである。
僕はただ村の人に豊かになってもらいたくて、ちょっと頑張っているだけなのに…。
「域内交易の小民会…。多くの文官を集めれば、たしかに負担の軽減に…」
シグリズ様が域内交易の小民会の構想を真剣に考え始めているところへ、侍女の人が報告を持ってやって来た。
「シグリズ様!他の村の方々到着されました。なんでも、クナトルレイク大会の小民会の方々だとか…」
「うわー!もう来たの!?」
今度は、僕が立ち上がる番だった。
彼らは、夏の大クナトルレイク大会の予選開催の主催者たちだ。
夏の大会に向けて予選を実施する際の詳細なノウハウを共有する、という目的で村へやって来たのだ。
シグヴァルド様!お仕事が早いのは良いことだけれど、ちゃんと先触れして!
「すみません!僕は準備の方に向かいます!父ちゃーん!」
僕は脳内のシグヴァルド様を罵った後で、家に向かって駆け出すのだった。
むせ返るほど濃密な草の香りが僕の鼻腔を満たす。
雪解けの春は瞬く間に過ぎ去り、生命と太陽の光に満ち溢れる季節がやって来る。
13章 終わり
明日はトールステイン大王の伝記回です。




