第218話 作るものは絞ろうね 8歳 春
「うー…ひりひりする…」
少し赤く腫れた頬を雪解けの冷たい水を絞った布で冷やしながら、僕は反省した。
さすがにシグリズ様が倒れるほど手を広げるのはやり過ぎた。
まずは大民会とクナトルレイク大会の夏を乗りきろう。
村の工業化計画はそれからだ!
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「と、いうわけで初心に返ったので脱水ローラーを作ってください」
「まあ、いいけどよ…」
木工職人の工房では、3台目の足踏み式弓動力ろくろが稼働を始めていた。
原理も簡単だし部品点数も少ないからね。
必要とする高精度な部品も、足踏み式弓動力ろくろで作れるわけだし。
工作機械の怖い点は、工作機械の部品も工作機械で作れることだ。
マザー・マシンと呼ばれるのは伊達じゃない。
「そんで、幾つ作ればいいんだ?」
「そうだねえ…」
僕は指折りしつつ必要なローラーの数を数えた。
洗濯樽は、5つの地区に一つずつ設置する予定。脱水ローラーは2本で1セット。
だからまずは、大型ローラーを10本。予備部品を2本。
脱脂した羊毛の脱水用ローラーは1台でいいかな。2本。
「公共の脱水ローラーはそれでいいとして、個人用の小型脱水ローラー需要は、ちょっとまだ読めないなあ」
たぶん、洗濯場で脱水に使っているローラーを見て「うちも欲しい!」と言い出すと思うんだよね。まだ需要は喚起されてない状態だと思うんだ。
「じゃあ、とりあえず大きいのを14本だな」
「うん。お願い」
これで女衆の手はだいぶ空くはず。
女衆の手が空けば、夏の人手不足は緩和されるはずなので乗り切れるだろう。
僕は木工職人の工房を後にして、村の中を歩き回り始めた。
ある製品の市場調査をするためだ。
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昨日の夜のことだけど、父ちゃんにいろいろ船のことを聞いたんだ。
「ねえ父ちゃん、船のお話をもっと聞かせてほしいんだけど」
「なんだトール、船に乗りたくなったか?だがもっと体が大きくなるまで駄目だぞ」
船に乗って別の村や国を見てみたい、という希望はしばらく叶えられそうにないね。
北方の海は、本当に厳しいみたいだから。
「そうじゃなくてね、ろくろで削り出した方が良さそうな船の部品って、どんなものがあるか聞きたくて」
「おお、あの水車で回るろくろの話か!そうだなあ…」
父ちゃんから聞き出した、船に使う、ろくろで削り出した方が良さそうな部品は以下の通り。
滑車:「滑車は必要だな!船を操作する縄には滑車が必須だ!滑車の出来が悪いと縄は切れるし、力も余計に必要だ!丸くて滑らかな滑車はいくつでも欲しい!」
木栓:「木栓は、船の命だ!外側の板を鉄釘で止め、内側の構造は木栓で止める。帆柱を立てるのも木栓だ!木栓のサイズが同じなら交換が簡単になる。どんな船乗りも削り出しの揃った木栓を歓迎するだろう!」
索止め用ピン:「船べりに設置して縄などを巻き付け、係留するためのピンだが大きな力がかかるので折れやすい。交換用の部品があれば助かるだろう!」
舵の軸受け:「長船の巨大な舵を受ける部分には、大きな力がかかる。軸受用の円筒系で球状の削り出しができれば、船の性能は大いに向上する!」
僕は父ちゃんから聞き取った内容を小さな黒板に書き取って整理する。
「うーん…全部作ろうと思えば作れるんだろうけど、今の村の生産力で総花的に手掛けるのは良くなさそうだな…」
まず一点ものは避けたい。工作機械より職人の方が向いてる。
だから舵の軸受はなし。
新造船に必要な部品も避けよう。新規部品に実績はないから採用されないもの。
だから木栓もなし。
船だけでなく地上でも使われる品のほうが良い。市場が大きいからね。
だから索止め用ピンもなし。
「残るは、滑車か…。滑車って、船にはいくつ使われてるのかな。それに、他の用途でも幾つぐらい使われてるんだろう?」
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僕は小さな黒板を片手に歩き回り、村で使われている滑車の数を数える、という市場規模の調査を始めた。
「すいませーん、ちょっと教えてくださーい」
まずは船大工のところへ行く。船小屋には陸揚げされた長船が帆柱を倒した状態で保管されている。
「長船って、滑車をいくつ使ってるんですか?」
「滑車だあ?考えたことねえな。そこにあるから、好きに数えな」
許可をもらったので、いち、にい…と数えた。
帆柱と帆が外されていたので少し苦労したけれど、18個あった。
村には2隻の長船があるので、36個。
「ちなみに滑車って割れたりします?どのくらいの期間で交換を?」
「そうだなあ…滑車はまあ2、3年も保てばいい方だな。海水で濡れるし、すげえ力がかかるからな。出来が悪いやつは、もっと短期間で壊れる」
なるほど。木の滑車はかなりの消耗品なんだね。
普通の漁船も3から5つぐらいは使われてた。全部で30個ぐらいかな。
船小屋の中でも、クレーンのように船の部品を持ち上げるのにかなりの数が使われてる。20個ぐらいあった。
「86個か。船だけでも結構あったなあ…」
僕は村で滑車の市場規模の調査を続けた。
「あー…井戸にも使われてるんだ」
1個から2個使われていて、村全体で15個ぐらい?
「すみませんーん、ちょっと長屋敷の中を見せてくださーい」
長屋敷の天井は吊り下げ棚になっていて、荷物を上げ下げするのに滑車を結構使っているんだよね。20個ぐらい使われてた。
「建築現場でも、けっこう使われてるんだよね」
最近の建築需要の急激な高まりで、滑車は大活躍してる。20個ぐらいあった。
「ええと、船関係で86個、陸上で55個か。全部で141個。3年で全部取り替えるとすると、毎年47個が必要になるはず」
簡単にするために、約50個で計算しようか。
さて。僕たちは北方21星の大結束という大きな交易単位に所属している。
すると市場規模はいきなり20倍になる。
十分に競争力のある製品であれば、毎年1000個の滑車需要が発生する、ということだ。
「1000個か…ちょっと少ないかな?まあ最初だし、そのぐらいの規模感でもいいかな」
普通の職人が滑車の削り出しで1日か2日かけるところ、水車ろくろなら1日で20個は作れるだろう。足踏み式弓動力でも10個は作れそう。
価格でも品質でも負ける要素はないし、爆発的に売れなかったとしても永く売れる固い商品になるだろう。
「あとは、樽と同じようにフギンのバインドルーンの焼き印でもつけようかな。ブランド化はやった方がいいよね」
多くの商品を作ると管理コストが重くなる。まずは単品生産で市場を切り開き、認知を上げていくのが得策だろう。
僕はそんな程度におおまかに市場規模と戦略を見積もって、フギン印の滑車の量産と販売を決定したのだけれど。
そのフギン印の滑車が抜きん出た品質と価格とで、北方社会どころか西方社会全体の滑車市場を席巻することになり…顧客から矢のような催促を受けて目を血走らせた交易商人たちが村へと殺到することになるなんて、全く想像もしていなかったのだった。…どこで計算を間違えたのだろう?




