第216話 反省しているけど防衛もします 8歳 春
シグリズ様からの呼び出しである。
多少は…ほんの少しだけ、やってしまったかな、という反省はちょびっとだけしてる。
僕は反省できる子どもなので。
でも、いわれなき暴力に対する最低限の自己防衛は必要だと思うんだ。
「父ちゃん、鉄の兜借りるよ!」
「お、おう。だが重いぞ?」
父ちゃんが武器や鎧を保管している箱から取り出した鉄兜は丸みを帯びた四枚の鉄板を張り合わせたお椀型で、頂点には衝撃を逃がすためのトゲがついている。それと目元にはメガネ型の覆いがあって、目を守れるようになっているし、首筋や肩を守るため鎖帷子の垂れがついていた。まさに北方戦士のための兜だ。
「ぐ、ぐぬぬ…」
そして重い。とても重くて、兜を抱えて歩くのが精一杯。
北方の戦士達は、こんなにも重い兜を被り、もっと重たい鎧を着た上に盾を持って戦うのか。僕にはちょっと無理そうだ。
「お、おいトール大丈夫か?無理はしないほうがいいぞ」
「むぎぎ…!だ、だいじょうぶ…」
重量物は背負うもの、と北欧神話にも書いてある。
だいたいは巨人が背負う話なんだけど。
「籠に入れて、籠の背負い紐に革を当てて、胸の前と腰で縛って…」
山登り趣味の人には常識の、チェストリグとウエストベルトである。
縄は擦れて痛いので、毛皮の端切れを当てて面で体に当たるようにした。
「これなら背負えるよ!見て!」
「ほう、面白いやり方だな…」
父ちゃんに褒められたので嬉しくなって家中を歩き回っていたら、エリン姉に指摘を受けた。
「トール。背中に荷物を背負ってたら馬に乗れないわよ。歩いていくならいいけど」
「あっ」
僕は仕方なく、せっかく背負った荷物を解いて鉄兜を前で抱きかかえる形で馬に乗せられた。
屠殺場に送られる牛の気分であった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
カンカンカン
金属の兜は叩くと音が良く響く。
そして兜を被っている僕には、もっとよく響く。
「トール、これはなあに?」
「お話をとりあえず聞いてもらう備えです」
カンカンカンカンカンカンカン!
なぜか激しく連打された。
シグリズ様、指輪で叩くの格闘技の試合なら反則ですよ。
「ねえシグリズ様?僕は村の人手不足が解消する手をうってきたんです。決して、仕事を増やしてきたわけじゃありませんよ?」
「あら。そうかしら?聞いている話とは違うけれど?」
おのれ。木工職にあたりがシグリズ様に密告したか。
情報管理体制に不備があったか。
僕は観念して兜を脱いで、釈明を試みることにする。
「シグリズ様。このお部屋の木のお皿。見事な職人芸ですね。制作者の技量を感じます。どちらの品ですか?」
「あら。いつから芸術に興味を持ったのかしら?それは嫁入の際に持ち込んだ品の一つです。フランク人から入手したもの、と聞いています」
入手。つまり略奪品かな。北方社会の人はこれだから!
「さて。ところで、こちらのお皿を見てくださいませんか?」
僕は鉄兜と一緒に持ち込んだ数枚の小さな木製の皿をシグリズ様に見せた。
シグリズ様は黙って木の小皿を手に取り、表裏をひっくり返してしげしげと眺めると評した。
「芸術品とは言えないわね。作りも粗いし表面の仕上げは最低限」
僕は頷いてシグリズ様の評価を受入れ、参考情報をつけ加えた。
「はい。ですが、同じサイズです。綺麗に重ねることもできます。そして、その皿を作ったのは僕の姉です。しかも小半刻で」
木の皿を興味なさげに手に取っていたシグリズ様の動きが止まった。
「このお皿を?10歳の子どもが?」
「いえ、この春で姉は11歳になりました。はい、そうです。しかも何枚どころか、何十枚でも同じものを作れます。酒場で使うのは十分ではありませんか?」
シグリズ様はじっと手の中のお皿を見つめたまま尋ねた。
「トール、なにか魔術を使いましたか?」
「魔術じゃありません。技術と工夫です」
すーぐシグリズ様は魔術とか気軽に言うんだから。
2人のお嬢さんたちが本気にしちゃうじゃないですか。
とにかく、魔術のタネを見に行くことになった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「お二人も馬に乗れるようになったんですね」
「ええ。この村では馬に乗れないと、何かと不便ですから…」
村に来たときは乗馬なんてとんでもない、という感じだった赤のアルフヒルドさん、青のエリスさんも春になって、なんとか馬を歩ませることぐらいはできるようになっていた。
村の視察や村民からの聞き取りに馬に乗れないと不便だものね。
僕は相変わらずシグリズ様の前に乗せてもらう形なんだけど。
「これはこれは。わざわざ視察にいらしていただけるとは」
木工職人が見たことないぐらいシグリズ様にヘコヘコとへりくだっている。
僕があんなに下手に出られたのは、密造樽の摘発で郎党の護衛と共に殴り込んだときぐらいかもしれない。
「こちらになります」
「まあ、これが…」
木工職人の工房には、2台の足踏み式弓動力ろくろが設置されていた。
専門の職人がついて作業している。
今は樽の木栓などと作っているようだ。
「この器械は故郷の村で見たことがありますね」
と、アルフヒルドさんが言う。
小さな村にとって珍しい器械には違いないけれど、大きな村であれば木工職人が持っていても不思議じゃないからね。
でもね、これは違うんですよ。
「この回転する部分に、金属製の滑り軸受けという部品を使っています。効率が全然違うんです」
まず技術的に優っている部分を説明する。回転部分の効率は器械全体の効率を左右するからね。
「それから複数台を集中して使用します。まだまだ増やします。増やした器械で、酒場で使用する何百枚という皿を作ります。余ったら交易で輸出します。作れるのはお皿だけじゃありません」
道具も優っているけれどもっと画期的なのは運用方法。
つまりは経営とビジネスモデルが全然違うのである。
そして僕はちょっと先のことを言うか迷ったのだけれど、結局は言葉を続けた。
「例えば、船の滑車を作れます。正確な形の部品を何個も何十個でも、何百個でも作れますから、輸送船や長船の帆の操作性が劇的に向上するでしょう。どこの船乗りも船大工も欲しがる部品になるでしょう。
それから、木釘も作れます。同じように何百、何千と必要になる部品です。同じ規格、同じサイズの木釘を量産できれば、同じように船大工には垂涎の部品となることは間違いありません。
槍や斧の柄も作れます。まっすぐな矢軸も作れます。とにかく大量の真っ直ぐな棒が作れるんです。スパジ(シャベル)、脱水のローラー、蜂蜜を分離する樽のハンドル、なんでもです。
いずれは水車とろくろをつなげるようにします。そうすれば、北方社会で必要な木の部品は全てこの村で作るようになりますよ。いつかは石や鉄も削って部品が作れるようします!」
僕が途中で遮られないように一息で言い終えると、途中から目を丸くしていたシグリズ様は、へなへなと貧血を起こしたように倒れ込みそうになり、慌てて周囲の人たちが支えた。
「シグリズ様!」
「シグリズ様、お気を確かに!」
…ちょっと刺激が強すぎたかもしれない。
シグリズ様が目を覚ましたときのために、鉄兜はしっかり被っておこうね。




