第215話 僕は不器用なんかじゃない 8歳 春
「うーちべたい…こんな感じでいいかな」
雪解け水の川は相変わらず凍るように冷たい。
僕はひとり、水車動力ろくろ試験の準備をしている。
最初に、スパジ(シャベル)を片手に川から分岐した小さな水路を掘った。
そして水路の上流には川の流れをせき止められるように、板で小さな堰も設けた。
水流を止めることで水車を止められるようにするためだね。
動くものを試験する場合は、ブレーキから作る。安全第一。
それから水路をまたぐようにして、木工職人にお願いして快く作ってもらった小さな特殊水車を設置した。この水車の特徴は、中心軸から突き出た棒の長さ。水車動力が伝えられるように長い棒が突き出ていて、反対側はバランスが取れるよう重りがつけてある。
「ここに糸車の車輪を設置して…と」
突き出た棒に、鍛冶職人の工房にあった回転する車輪を取り付ける。
「革ベルトで、ろくろとつなぐ、と。結構難しいな」
足踏み式弓動力ろくろの弓と足踏みを取り外したテーブルを一台持ってきて設置しようとしたのだけれど、水車と並行に置くことが難しい。地面の整備の方が先に必要かもしれない。そういえば工場で工作機械は水平をとってボルトで動かないよう設置されていたなあ、と思い出す。
「工房をつくるときは地面に固定する方法を考えないとな…」
ガリガリと地面を引っ掻いて何とか平らな面をつくり、改めてベルトをかける。
「本当なら材料じゃなくて器械の方にベルトを掛けたいんだけど」
足踏み式弓動力ろくろは、材料に縄をかけて回転させる方式だ。
僕としては材料を固定した器械の方を回転させたいのだけれど、中心軸に材料を固定させるツメの機構の開発は大変そうだから後回し。
今日のところは水車の動力を使ってベルトで材料を回転させるつもり。
進歩は小さくちょっとずつやらないとね。
「木材の固定よし!ベルト掛けよし!じゃあ堰を開けるか…」
指差し安全確認をしてから、水路をせき止めていた板を除ける。
すると流れ込んだ水が勢いよく小さな水車を回し、水車の動力がベルトで伝えられた材料も勢いよく回転を始めた。
「おー。よく回ってる」
小さな水車でも木材を回せることはわかったので、次は加工の実験だ。
「うわっ、危なっ!」
刃物を持った腕をテーブル上の横木に固定して、少しだけ接するように回転する木材に触れるようにすると、思ったより大きな反動があって刃物を離しそうになってしまった。
「こ、怖い…刃物の固定台を作らないと指が飛びそう」
製粉用の水車を建設しているときも感じたことだけれど、回転する器械は怖い。
自動停止センサーなど作れない時代なので、専門職化と安全教育の徹底が必須に思える。
「ねえトール、またなにか面白いことしてるの?」
「エリン姉?危ないから触っちゃ駄目だよ!」
がさがさと藪をかき分けて、エリン姉が顔を出した。
こっそり試験していたつもりだったけれど、水路を掘ったり地面を削ったりと、大きな音を出してたものだから、好奇心旺盛な姉の関心を惹いてしまったらしい。
今にも回転する木材に指を突っ込みそうな姉に、慌てて注意する。
「これ、何をする道具なの?」
「ええとね、木材を回転させて丸いものを削り出す道具。水車で回せるかどうか、実験してるんだ」
「あー、そういえば水車に繋がってるわね」
エリン姉はざぶざぶと音を建てて水流の勢いで回転する水車へ視線を移した。
「それで、今は何をしているの?」
「えーとね、ちょっとだけ木材を削れないかなあ、と刃物を当ててみたんだけど、上手くいかないから新しい道具を考えているところ」
「ふーん」
木工職人がろくろで削るときの工具は借りてきていたけれど、大人用で僕の手には大きいのと、もっと回転数が小さい木材に当てる用途だと思うんだよね。
高回転の水車動力ろくろには、専用の工具刃物と刃物固定台が必要になるだろう。
「うーん…あと必要なものは…え、なに?」
「ちょっとだけ、やってみてもいい?」
エリン姉がベルトで高速回転する木材に刃物を当てたがっている。
「うーん…どうしようかなあ」
「ね?ちょっとだけだから!」
駄目だと言っても勝手にやりそうだし、目につかないところでやって事故を起こされても困る。それに力の強いエリン姉なら、僕よりはマシな結果になるかもしれない。例えできないという結果になったとしても、改良が必要だね、という試験結果の検証にはなるか…。
「気をつけてね!最初は薄く軽くね!刃は木材に立てないようにして!」
「へー!面白い!どんどん削れるね!」
「うん…上手、だね…」
結果として僕の心配は杞憂でしかなくて。
エリン姉は水車動力ろくろを楽々と使いこなしている。
これは、僕が思い切り不器用なのか、それともエリン姉がすごく器用なのか、どちらなのだろう?判断に困る結果だ。
道具はもちろん不器用な方に合わせて改良するけどね!
だって道具は不器用な人でも使えるように設計されるべきだし。
「それで、どんな形に削りたいの?」
「あ、うん。滑らかで真っ直ぐな棒とかお皿とか作りたいんだけど…」
「任せて!」
エリン姉は、まだ試験中の水車動力ろくろを器用に操作して、円筒形を削り出し始めていた。
「これ使ったら鳥威しの目玉風車も、もっと回るようになるねー!」
などと、呑気なことも言っている。
エリン姉にとっては、北方社会を変革する世紀の大発明も玩具の延長に過ぎないのかもしれない。
「なんだトール、面白そうなことをやってるじゃないか」
「父ちゃん!?」
「あ、お父さん」
後ろの藪でがさがさと音がしたかと思ったら、父ちゃんまで顔を出した。
まあ、家の裏の川で試験をしているからね。
これだけ騒いでいれば、そりゃあ気になるか。
「ねえお父さん、これあたしが作ったのよ!」
「おお、凄いなあ」
エリン姉が胸を張って水車動力ろくろで削り出した品を父ちゃんに見せた。
短いローラー棒、小皿が数枚など。
ほんの短時間の作業としては、驚くべき生産性だと思う。
「ほうほう。エリンは器用だなあ。この皿なんて全部同じ大きさに出来ているじゃないか。綺麗に重ねられそうだ」
「ふふん、あとでお母さんにあげるの!」
「そうか。母さんも喜ぶぞ」
僕はエリン姉が作業台から離れたのを見計らって、水路の上流の堰を板で閉じた。
水車を動かしていた水流が細り、やがて木材の回転が止まった。
「これは…ろくろか?水車で動かしていたのか」
「うん!まだ試験中なんだけど…」
父ちゃんはエリン姉が削り出した小皿を見ながら、感心したように言う。
「それでも大したもんだ。船の滑車や木釘も、こいつと同じぐらい正確に作れるならぐっと楽になるんだがなあ」
「滑車?木釘?今はどうしているの?」
「そりゃあ船大工の職人が削り出して作っているのさ。だが長船が2隻に増えたし、他の仕事も急に増えたせいか手が回っていなくてなあ」
滑車や木釘のような正確な形状を必要とする規格化された製品の量産は、工作機械の最も得意とするところだ。
そうか。船の重要部品やメンテナンス部品の生産にも使えるのか。交易でやってくる輸送船やクナトルレイク試合で来航する長船も、きっと欲しがるだろうなあ。
「あれ?これって不味くない?」
僕は今更ながら、水車動力ろくろの北方社会に及ぼす影響力に思いを来して焦り始めた。
おかしいな、僕はただ洗濯を楽にするために脱水用のローラーを作りたかっただけなのに、なぜ戦略資源の生産器械を作ってしまったんだ…?
背中に冷たい汗をかき始めた僕に、父ちゃんが決定的な一言を告げた。
「そうだ。村長婦人の使いがトールを呼びに来ていたぞ?手が空いたらすぐに長屋敷へ来てほしいそうだ」
「げええっ!」
父ちゃん、武器庫から鉄の兜を貸してください。
完全防備で出頭します。




