第214話 回転は弓と足踏みで 8歳 春
「なんだい、そのセンバンとかいうのは?」
木工職人には忙しいと断られたので、僕は回転体が大好きな鍛冶職人の方に話を持っていったのだけれど、旋盤は知らないみたいだった。
「真っすぐで表面が滑らかな棒を作りたいんだ。それを2本作って、隙間に羊の毛を挟んでローラーをぐるぐる回して脱水したいんだ」
「ああ、なるほど。洗濯樽のところに使うのか」
「そっちでも使えそうだけどね」
作りたいものと用途を伝えると、実際に村で使われている洗濯樽からイメージはできるようだった。
「要するに横向きの轆轤が作れればいいんだな。何年か前のことだが、流しの木工諸国が使ってるのを見たことがあるぜ」
「あるんだ!どんな形してたの?」
なんだ。旋盤の前段階の技術はあるんじゃないか。
そりゃそうか。何もないところから技術が生えてきたりはしないからね。
「こう…弓がついてて、足で踏んで縮めて、縄で材料を回転させるやつだったな」
「弓がついてたの?…ああ、火付け弓と同じ原理なんだね!」
弓が伸び縮みする力を、材料に巻き付けた縄を使って回転する力に変えてるんだね。
僕が工房に落ちていた棒や縄を使って弓の弦に巻き付けた棒の火起こし器を横にして、弓の方を足踏みで縮ませる仕組みだ、と説明すると、鍛冶職人も理解が出来たようだった。
「はーなんとまあ…よく考えたらずいぶん簡単な仕組みだな」
「うん。単純だけど、よく出来てると思う。それで、作れそう?回転する部分に鉄の滑り軸受を使ったら、ずっと性能が良いものができると思うんだけど」
弓が縮むのと延びるタイミングで回転方向が逆転するから、刃物の入れ方は職人が工夫しないといけないだろうけど、構造は難しくない。
頑丈で幅広なテーブル。両側から真っ直ぐに材料を挟んで固定する仕組み。動力とする弓と縄。縄を結びテーブルに固定する足踏みレバー。必要な部費は、それだけだ。
「材料だけ木工職人のところから貰ってくれば、うちの方で調整して直ぐに作れそうだな」
「あ、そういう感じなんだ。じゃあ是非ともお願いするよ。これで木工職人の仕事も楽になるだろうからね」
とりあえず複数台の足踏み式弓轆轤が導入できたら、かなり仕事の風景が変わると思うんだよね。酒場でたくさん使う予定の、回転すし方式の料金計算用の酒杯の蓋とお皿を規格化して大量生産して欲しい。
「その次は、水車の動力で材料を回したいんだよね。水車の軸からベルトで動力もらって、ぐるぐる回すの。回転方向は一定になるし、大きくて重い材料でも回せるようになるでしょ?」
人力の次は水力。僕としては段階を踏んだ発想のつもりなんだけど、鍛冶師には驚かれた。
「水車で回すだって?いや…途方もないことを言うな。すげえ速さで回るでかい材料に刃物をいれたら、職人の手が飛んじまうぞ」
「いや、そこは工具も固定してさ…こんな感じで」
僕は近くにあった木片に、手持ちのナイフを乗せてテーブルの上を滑らせて見せた。
「ほうほう。刃物を固定しちまうのか。それで少しずつ滑らせていく、と」
「そうそう。いきなり深くやったら壊れちゃうけど、ちょっとずつ薄く削るんだ。目盛りがつけてあれば、同じサイズで削れるでしょ?」
「ほう!いやそうか。目盛りをつければ、足踏み式のやつでも同じサイズが作れるじゃねえか!お前の好きなやつだろ?」
なるほど。別に足踏み式の弓ろくろの刃物にも、スライド固定式の目盛りと刃物を導入してもいいのか。小さな製品や部品が同じ精度を出せるようになると、かなり使い手が上がる気がする。
「だがなあ、水車で使う刃物はどちらにせよ凄い力に耐える必要があるな。おそらく今の村で作れる刃物じゃ持たんぞ」
と、鍛冶職人はやや悔しそうに言う。
村に豊富にある沼鉄鉱を塊鉄炉で製錬した鉄は、日用品や大振りな武器などには使うことが出来ても、略奪品の鋼の剣などには強度や靭性で大きく劣る。
いわゆる冶金技術の壁だ。
「そこは圧力に負けない大きくて重い工具を作ってもらうとか、略奪品の剣を工具にしちゃてもいいかな」
「お、おい!貴重な鋼なんだぞ!そんなものに使って…」
「いいんじゃない?武器庫に仕舞われてるよりずっと有益な使い方だと思うし」
いつか使われる日のために武器庫で埃を被り続けるよりも、工具の刃として働いたほうが鋼も幸せだろう。こっそり宝物庫から持ち出せないかな?さすがに怒られるか。折れて使えない鋼の剣とかないだろうか。
「水車の速度が一定じゃないと困りそうだけど…うちの水車はその点は問題はなさそうだね。ため池から一定の水量を流し込む方式だから」
もしも村の水車が川の運動エネルギーを直接受け取るタイプの水車であったら、水量や水流の速さによって回転轆轤の速度が変わることになる。
そんなことにならないよう、受け取った回転数にかかわらず回転数を一定する機構を開発しなければいけなくなるところだった。
出来ないことはないだろうけれど、技術的難易度と制作費用は大幅に上がっていただろう。
「まあ、まずは足踏み式弓轆轤、というやつを作ってみるか」
「うん。必要な手配があったら言ってよ」
鉄製の滑り軸受けを使った足踏み式弓轆轤が何台かあるだけで、かなり村の光景は変わるはずだ。木工職人も涙を流して喜んでくれるだろう。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
数日後、出来上がったとの連絡を受けて鍛冶師の工房に駆けつけた。
そこには、大人の腰の高さのテーブルに、材料を固定して両側から挟むための腕。
特徴的な高く上に伸びた大振りな弓と、そこからまっすぐ下に伸びた縄。縄はテーブルの中央の穴を貫通し、テーブル下に設けられた足踏みペダルへと繋がっている。
「すごいね。材料を固定する台の腕は難しかったんじゃない?」
「いや定規で測って中心軸を間違えなかったから、そうでもなかったな。弓の材料の方が困ったくらいだ。結局、木工の工房の方に行って分けてもらった」
定規が役立ってるみたいで良かった。製造業には正確な目盛りは必須だものね。
今の北方社会で僕が定めた単位系はクナトルレイクの競技場を測ることに一番使われていて、細かい目盛りの使用頻度は少なかったから、役に立ったみたいで良かったよ。今後は活躍の機会も増えるはず。
「ちょうどいいから、お披露目といこうか。木工職人を呼んでくるよ」
ちょっと2人で持ち運ぶには大きかったので、木工職人を呼んできた。
彼は「忙しいのに…」とぶつくさ不満をたれていたのだけれど、足踏み式の弓轆轤を見るや、途端に態度を変えた。
「こ、これは…話に聞いたことはあったが…」
「やっぱり聞いたことはあるんだ。ちょっと使ってみない?」
木工職人に簡単に注意だけして足踏み式弓轆轤を使わせてみると、さすがの勘と腕前でたちまち器械を使いこなし、その利便性と魅力に引き込まれたようだった。
「これがあったら、木工の仕事がすごく楽になると思うんだよね。そう思わない?」
「お、おう。そうだな」
「しかも一台だけじゃなく複数台あってもいいよね!例えば3人の職人が並んで工房で足踏み式弓轆轤を使ってごらんよ!すっごくすっごく楽になると思わない?樽の蓋や木の栓を真円に削るなんて、得意中の得意の作業だもの!ねえ!」
僕がどんなに仕事が楽になるのか、将来の職場のイメージを語ってみせると、木工職人はやがた肩を落とし、観念したように尋ねた。
「…それで、何が欲しいんだ?」
その言葉が聞きたかった。
ふふふ。作って欲しいもの、だいぶ溜まってますよ!
「ふぎん!ふぎん!ふぎん!ろき!」
肩に止まっていたムニが、からかうように鳴き声を上げた。




