第212話 大きな仕事はみんなでわけよう 8歳 春
「楽しい 楽しい クナトルレイクー
いっぱい いっぱい 盛り上げよー」
クナトルレイク大会をどんな風に盛り上げるか、いろいろとアイディアを練っていたらすっかり楽しくなってしまい、僕は鼻歌を歌ってスキップしながら長屋敷のシグリズ様へと飛び込んだ。
「シグリズ様ー!ちょっといいこと思いついたんですけどー!」
「「「あ?」」」
おおう。シグリズと2人のお嬢さん達から、ドスの効いた唸り声と突き刺すような視線をいただきました。
どうしてそんな冷たい態度をとるの…?
僕はただ、新しいアイディアを思いついた喜びを皆と共有したいだけなのに…。
「ごほん。さっきまで父ちゃ…父さんとクナトルレイクの大会をどうやって盛り上げるか考えていて思いついたんですけど、うちの村のチームがやっているように、全部のチームにエンブレムとか戦歌があった方が盛り上がるかな、って…」
「思いついたの?それは良かったですねえ…」
僕はシグリズ様の両手がグリグリの構えを取ったことに気づけたので、焦って身を引きながら続けた。
「しかも僕たちの仕事も増えない方法も一緒に考えたんです。凄いでしょう?」
するとシグリズ様と、いつの間にか背後に回っていた2人の文官候補のお嬢さんたちも両手を下ろす気配があった。
あ、危なかった…。後ろの2人の動きには、まったく気がついていなかったぞ。
僕は幻の傷みに疼く頬を軽く擦りながら、全ての参加チームにチームアイデンティティーの4要素である、チーム名、チームカラー、チームエンブレム、チーム戦歌を与えつつ、僕たちの作業が増えない魔術のような仕組みについて解説した。
「鍵は、小民会なんです」
「小民会…。お兄様がとても興奮していた仕組みですね。それが仕事を減らすことになると?」
シグリズ様の指摘に、僕は頷いた。
「小民会とは、民会の下で専門の仕事につく人の集団です。クナトルレイクの大会では、予選を開催する村の代表者達が、その人員になるわけですね。
これは組織として仕事を分担します。
例えば、チーム戦歌を全てのチームが歌えるよう考えてもらうことにしますよね?
この場合、僕の仕事は、全てのチームは戦歌を持つという指針を示して、小民会の人員に蒲坂試合を見せるなどして、納得してもらうよう説明に力を尽くします。
そして小民会の参加者である予選の主催者は、村に戻って参加する各村のチームに対して、チーム戦歌を作るよう要請し、手伝いもします。予選試合を行う大きな村には宮廷詩人などの人材もいるでしょうからね。
実際に戦歌を作る、練習するなどの実務は各チームが行います。
つまり、僕は指針を出す。小民会は指針に基づいて指導をする。各村は指導に基づいて作業をする。このような分担を行うわけです」
僕は黒板に三角形の組織図を描きながら、上から下へと専門知識と指揮系統に基づいて仕事が流れていく様子を説明した。
「これが小民会の仕組みです。たくさんの仕事をみんなに分担してやってもらえますから、ぐっと楽になりますよ!ぐりぐりもむにむにもなしです!」
僕は両手で頬を守りながらシグリズ様や2人のお嬢さんたちの反応に備えたのだけれど、驚きというよりも、むしろ戸惑いを覚えているようだった。
女性ということもあるし、軍隊のような組織や仕事の仕方に慣れていないのかもしれない。
でもこうやって仕事を専門家によって分割していかないと大きな仕事はできないし、働く人が潰れちゃうからね。
僕は労働の効率化には賛成だけれどブラック労働には反対なのだ。
効率化した結果のブラック労働は、ほら、頑張った分のお賃金で報いるから…。
「クナトルレイクの試合を盛り上げるには宮廷詩人の協力が是非とも必要なんですが、彼らはクナトルレイクの試合を実況してくれるでしょうか?」
「実況とはなんですか?」
シグリズ様に聞かれて、僕は言葉に窮した。
確かに試合実況とはなんだと正面から定義を問われると困るね。
「クナトルレイクの試合とは、神事であると同時に、闘いの物語でもあります。
試合を見ている民たちに向けて、この試合はどのような闘いであるのかを、適時適切な言葉で表現し続ける役割です」
ちょっと苦しい説明だったかな?けれど北方社会において言葉を仕事にしている人たちを、僕は宮廷詩人以外に知らない。
「そういうことでしたら、宮廷詩人には格好の仕事ですね。宮廷詩人は、まさに戦いの様子を歌うことが主要な役割ですから」
ああ、やっぱりそうなんだ。戦歌を考えるだけじゃなくて、言語能力が高ければ試合の実況にも適正があるよね。
「あれ、そういえば村には宮廷詩人がいませんね」
うちの村は宮廷詩人を養うには小さいからね。
チーム戦歌は既にあるから良いとしても、決勝トーナメントの実況はどうしようかな。
フリーアナウンサーとか解説者みたいに、フリーの宮廷詩人とかいないかな。
「いますよ?」
「いるんですか!?」
宮廷に仕えていない自由民の宮廷詩人がいるのか、とダメ元で聞いてみたら「いる」という。
宮廷に仕えない宮廷詩人とはいったい…。
サーガにはそうした有名なフリーの放浪宮廷詩人の記録も多いとか。
ならば話は簡単で、各地の予選試合で評判の良かった宮廷詩人や、フリーの宮廷詩人を数人呼んで、決勝トーナメントの実況をやってもらうよう手配しよう。
世界一を決めるクナトルレイク大会の実況は、彼らにとっても良い題材になると思うし。もちろん、ちゃんと報酬も払うけどね。
そのうち、クナトルレイク実況で有名になる宮廷詩人も出てきそう。
感情絶叫系とか知識解説系とかタイプも分かれたりとか。
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シグヴァルド様が去って数日後、でっかい石臼と青銅の装飾品が輸送船で送られてきた。
前回訪問のお礼みたい。対応がマメである。
さすが北方の陰謀家。謀略家はマメでないと務まらない。
「大きい石臼だねえ」
「そうだね。もうひとつ水車がつくれそう」
僕はエリン姉と一緒に、男衆が数人がかりで輸送船から大きな花崗岩の石臼を慎重に荷下ろしする様子を見ていた。
水車動力の石臼は大麦の脱穀にも製粉にも使えるし、青銅の装飾品は溶かして青銅製の滑り軸受に加工する。装飾品じゃ腹は膨れないので。
シグヴァルド様も僕の好みや村の事情はわかっていて、送られてきた装飾品は装飾的価値よりも、重量の方に価値があるような、言ってみれば野暮ったくて鋳潰しても全く惜しくないようなしろものが大半を占めていた。
「とはいえ…」
さすがに今年の春や夏の2基目の水車建設は無理だろう。
過重労働で木工職人が反乱を起こしてしまう。
どうせなら昨年来てくれた水車職人の集団も一緒に送ってくれたら良かったのに。
あの時のアングル人の水車職人は、どうしているかな。
「なにか取引材料はあったかなあ…」
僕は荷下ろしされた青銅の装飾品の取り扱いについて口論する男衆と鍛冶職人の様子を眺めつつ、シグヴァルド様に水車職人の派遣を依頼する方法や取引材料はないか、と考え続けるのだった。




