第209話 法話者の責任範囲 8歳 春
「すみません。遅くなりました…」
まだちょっと頭が重かったけれど、骨のスープを飲んでからはマシになったのでエリン姉に馬で送ってもらい長屋敷を訪ねた。
まだまだシグヴァルド様と確認したいことがあるからね。
「おや。おはようトールンくん。体調は大丈夫かね?」
「ええ。まあ、なんとか…」
シグヴァルド様は、シグリズ様の私室で朝食後のお茶を飲んで談笑していたようだった。昨夜の酒の影響は全くなさそう。
北方の男にとっては、あの程度の酒量は何でもないのだろうなあ。
「昨夜は、父上と一緒に大声で歌って卓を杯で叩いて、実に楽しそうにしていたからね。最後は担がれて帰ったものだから心配していたよ」
うん?僕が父ちゃんと一緒に酔って歌ってた?いったい何の話?
でもそう言えば、昨夜は、どうやって家に帰ったのか記憶にないな…。
「トール。幼いうちからお酒を嗜むのは感心しませんよ」
「はい…」
同席していたシグリズ様にやんわりたしなめられてしまった。
人生初のお酒の失敗をしてしまった気分。
お酒、こわいなあ。
「ところでシグヴァルド様。昨夜は大事なことを確認できませんでした。夏のクナトルレイク大会に参加を希望する村のことです。だいぶ増える見込み、との話でしたが…」
これが今日の本題。
いったいシグヴァルド様は、いくつの村から大会参加の申し入れを受けたのだろう。
「ああ、そのことか。かなりの数の村が参加を希望している」
「50ヶ村を超えるとか。その数字は事実ですか?」
「事実だね」
やはり事実なのか。であれば、シグヴァルド様には、夏の大会運営について全面的に協力するよう巻き込まなければならない。
「そこまで規模を大きくするなら、手紙でも書きましたように地域予選を行う必要があります。この村で50チームの試合を引き受けるのは無理です」
無理なものは無理、と断っておかないとね。シグヴァルド様は僕に無茶振りすれば結果がついてくる、と誤解している向きがある。
「ふうむ…その予選というものに幾つか疑問があるのだが。今一度、説明してもらえないか」
「どんな点に疑問が?」
羊皮紙に書いた内容だけでは伝わらなかったかな。考えてみれば、北方社会において大規模クナトルレイク大会も、地域予選も初めて接する概念かもしれないものなあ。
「トールくんの構想によれば、4チームで総当りして1チームが勝ち抜く形式だそうだが、例えば強いチームが2つ、あるいは3つ重なってしまえば不公平ではないか?
最も強いチームが勝ち抜き戦を行うのではいけないのか?
総当りでは試合数が多くなってしまうだろう?」
おっと。前言撤回。さすがシグヴァルド様。
予選総当りの仕組みの理論的な欠陥に気づいてたのか。
「強いチームが予選で同居する可能性については、今大会は許容します。どのチームが強いか分からないからです。
将来的にはクナトルレイク世界順位のようなものが決まってくると思いますが。
あるいは明らかな強豪数チームだけをバラけさせる方式になるかもしれません」
ポット分けとかシード制と呼ばれる仕組みだね。どちらもチームの相対的強さが分からないと機能しない仕組みなので、導入は次回大会以降になるだろう。
「勝ち抜き戦方式では、強いチームの試合数が増え過ぎます。クナトルレイクは消耗が激しく負傷者も出る競技ですから、試合数を平等にしたいのです」
「なぜだ?強いチームなら、その程度のことは乗り越えられるだろう?」
強ければ勝つ。なるほど、戦士の理屈だ…。
細面のイケメンで法話者という文系専門職であっても、根っこは北方の戦士。
平等な条件で競い合う、というスポーツの理屈がピンと来ないらしい。
でもね、僕は戦士の理屈は否定するよ。なぜなら、弱いチームが経験を積んで短期間で強くなるところを見ているからね。
「全ての戦士に経験の機会をなるべく多く与えるべきです。最初は弱くても、経験を積むことで劇的に強くなったチームを見ています。クナトルレイクは戦争と違って人は死にません。練習して強くなる機会を全ての戦士に与えれば、北方21星の大結束の戦士達全員が強くなりますよ」
戦争であれば「強い戦士は最初から強く、弱い戦士は最初の戦いで死ぬ。強い戦士が生き残って精鋭になる」という弱肉強食の論理が正しいのかもしれないけれど、クナトルレイクは擬似戦争であって戦争じゃない。
若い戦士達を戦争で死なせずに強くするために競技があるんだから。
人が死ぬ戦争は北方社会の内部でなく、異教徒や異民族と行うものなのです。
「ふうむ…戦士達の技量の底上げということか。なるほど」
4チーム総当たり戦という予選形式に納得してもらえたようなので、具体的な次の話題に移る。予選を開催する村をどこにするのか、という問題だ。
「予選会場は、参加チームの総数を4もしくは8で割った数になります。1箇所で4チーム総当たり戦を1回行うか、2回行うか。1つの会場で6試合、もしくは12試合行う計算になりますね。
1日3試合行うなら、2日間もしくは4日間になります。
予選を開催する村は、2日から4日間、少なくとも100名を滞在させ続けるだけの負担を担う余裕が必要です」
「100名を2日から4日か…その程度であれば耐えられる村もあるか…」
シグヴァルド様が開催地の負担を気にかける発言をした。
100名と言えば、大型の長船2隻分の兵士と同じだからね。
ちょっとした軍隊が駐屯するようなものだ。
言い換えると、クナトルレイク大会の開催は軍隊の駐屯と同じく程度には村に負担をかけることになる。
シグヴァルド様が、どの村に負担を押し付けるべきか悩んでいるようだったので、僕は別の方向からアドバイスをすることにした。
「開催は村にとって大きな負担になると思います。ですが必ずしも損をするわけではありません」
「ほう?」
シグヴァルド様が先を続けるように促すので、僕は説明を続けた。
「例えば、この村では歓迎のためのサウナと贅沢なパンと特製の大麦酒を用意しています。それら設備への投資は大きなものでしたが、今では交易の重要な賞品となっていますし、大麦を輸入することで食料の備蓄も安定しています」
具体的な事例をあげることで、シグヴァルド様には理解が及んだらしい。
「なるほど。予選開催は商売の機会にもなる。うまくすれば酒や食料を参加者に売って儲けることもできる」
「はい。商売の余裕がある村にとっては。ですから開催地は慎重に選ぶ必要があると思います」
逆に言えば、仕入れの元手に乏しい僻地の寒村にとっては、予選開催は大きすぎる負担になるだろう。
とはいえ僕の村だって僻地の寒村に過ぎなかったんだけれど。
僕たちの村は北方21星の大結束を成立させるために、仕方なく急速に開発を進めているのだ。本当はもっとゆっくり発展させたかった。そうすればブラック労働がいくらか緩和されただろうに…。
「もう一つ。審判員の派遣制度です。試合の審判はこちらで訓練した者たちを派遣します。シグヴァルド様には、彼らの保護と便宜を図ってもらいたいのです。
クナトルレイクの試合は、どうしても参加者が熱くなります。試合が争いの火種になっては大会の意義が半減します。フォルセティの名の下に公正に試合を運ぶ審判はどうしても必要です。民会の法話者のような役割であると、お考えください」
「なるほど。クナトルレイク競技総則の法話者か…」
シグヴァルド様の仕事に例えたのが良かったのか、審判の重要性を理解してもらえたらしい。審判員の派遣と保護と便宜を図る件については了承してもらえた。
そして問題は、最初に戻ることになる。
「シグヴァルド様。多くの村を味方につけたい、北方21星の大結束に加えたいという政治的理由はわかります。ですが今夏のクナトルレイク大会に参加させるのであれば、最低でも2ヶ村からの推薦を取り付け、事業への出資を行い、来たるべき戦への参戦を約束してもらわけなればなりません」
僕は口先だけのフリーライダーは赦さない主義なのだ。
人や組織は「何を言うかではなく、何をしたか」で信頼を測るべきと考える。
つまり、北方21星の大結束に加わりたいなー、加わってもいいよー、とか言ってる村の信用度はゼロ。
2ヶ村から保証と推薦もらったら+1。事業へ出資したら+2。クナトルレイクの試合に参加したら+3。戦争に加わって戦ったら+4。民会で了承されて+5。
そこで晴れて大結束への参加者として迎える。
この原則は厳守したい。
原則論を主張する僕に、シグヴァルド様は整った顔に、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
これはだいぶ安請け合いしてるな…。
シグヴァルド様の立場は政治家であり謀略家だから空手形を出すこと自体は仕方ないけれど、僕は苦労を押し付けられる現場側なので敢えて歩み寄るようなことをしないのだ。
シグヴァルド様は、そこで初めてシグリズ様に助けを求めるような視線を向けたのだけれど、シグリズ様も僕と同じく現場側。
「お兄様、頑張ってくださいね」
と、美形の兄とよく似通った笑みを浮かべるのだった。




