第208話 事実よりも真実を欲する者たちへ 8歳 春
「北方21星の大結束万歳!」
「オーディンのために!」
「フギンを讃えよ!」
とっくに卓上の料理は食べ尽くされて、供される酒も残り少ないというのに、村の偉いおじさん達はガンガンと木の杯を卓に叩きつけながらリズムをとって、灰色の狼と強欲な番犬の歌を歌っている。余程に歌詞の内容が気に入ったらしい。
でも、ちょっと考え事をするのに向いてない環境だね。
僕は部屋の隅に移動して、問題の整理にかかる。
「ええと…なにか書くものは…」
いつも持ち歩いている黒板は家に置いてきたので周囲を見回すと、石炉にくべるための薪が摘んであるのが見えた。
「これでいいや。表面を軽くナイフで削って、と…」
持ち歩いているナイフをズボンのポケットから出して、薪の表面を削って平らにする。もともとルーン文字は木片にナイフで刻むことを想定した文字だからね。
ガリガリと思いつきを表面に書き込むのに不便はなかった。
目的:僕たちのやりたいこと
・どちらにも出兵しない
・どちらにも金を出さない
・力を見せつけて舐められない
・双方の戦争準備の妨害
手段:僕たちのできること
・クナトルレイク
・交易
・陰謀(シグヴァルド様)
「こうして見ると、意外とできることが少ないね」
そもそも北方21星の大結束は、交易とクナトルレイクを通じて豊かに強くなろう、という集団だからね。陰謀が加えられているのはシグヴァルド様の趣味みたいなものだからして。
「なかなか面白いね。特に最後が気に入った」
横から覗き込んできたシグヴァルド様が、自分の名前を指して笑みを浮かべる。
「なるほど。下の手段を用いて、上の目的を実現するわけだね。例えば『交易』という手段で『双方の戦争準備を妨害』する、か。これは既に行っているのではないかな?」
「えっ、シグヴァルド様は交易にまで手を出しているんですか?」
さすが北方一の陰謀家だ。取引する食料の毒でも混ぜたりしているんだろうか。
僕が彼の手の長さに慄いていると、シグヴァルド様は笑って否定した。
「違う違う。そうか…トールくんは無自覚のようだが、かなりの遠方まで大麦を買い漁って取引価格を引き上げているそうじゃないか。王もトーレル卿も遠征のための兵糧の蓄積が進まず、たいそう困っていると聞くよ」
「いえ、大麦を勝っているのは、あくまで大麦酒を大量に作るためですし。商人が持ちこんでくるものなので…」
ちょっと春の大麦の値段が高いなあ、とは思ってたんだ。
だからフギンの箱で品質チェックをして値下げの交渉をしていたのだけれど、やっぱり大麦の取引価格が上がってたのか。
うちの村では商人たちが大量に大麦を持ち込むそばから特製大麦酒に加工して卸しているのだけれど、その大麦をどこから調達してきたのかまでは、品質意外にはあまり気にしていなかったし、ましてや競合する買い手がいたことなど、意識の端にものぼらなかったんだよね。
ちょっと迂闊だったかもしれない。
「トールくんは儲けるために大麦を買う。仕入れた大麦で酒を作って売るから、もっと儲かる。王やトーレル卿は軍事のために大麦を買うが銀貨の一枚も儲からない。どちらが長期的に豊かになり、どちらが貧しくなるか。商人はよく相手を見ているよ」
「はあ…」
「おまけに特製の大麦酒は王の宮廷でも評判なようでね。ある商人が持ち込んだ一樽の酒を巡って殴り合いにまでなったそうだ。ますます銀が流出しそうだ。戦どころではないかもしれないね」
なんで王の宮廷の内情まで筒抜けなんですかね。
おそらくは奴隷を買収して情報を流させてるんでしょうが。
「でも、お金がなかったら、ますます民会に乗り込んで無心してきますよね…」
飢えて貧しい兵隊は怖い。もう後がないので戦いには強いからだ。
飢えた軍勢と正面から戦うのは避けたい。
「そうだな。だから民会の前に王とトーレル卿の権威を貶めて、真面目に意見が聞かれないようにしようじゃないか。なあに難しいことじゃない。
灰色の狼と強欲な番犬の醜聞のサーガは既に広まっている。戦士達は勇ましいサーガに歌われたいとは思っても、醜聞のサーガに歌われたいと思う者はいないからね。
交易の商人に命じて、灰色の狼と強欲な番犬の醜聞のサーガの第二弾、第三弾と新作をどんどん供給してやろう。漕ぎ手や商人が港の酒場で酒杯を片手に歌えば、冬の間に退屈してた民達は新しい娯楽に夢中になるだろうさ」
王やトーレル卿が民会に乗り込んで説得しようと試みる頃には、既に内輪の争いに巻き込まれるなんてうんざりだ、という民意を形成してしまおうという目論見だね。
さすがシグヴァルド様。お腹の中が真っ黒だ。
「クナトルレイクで力を見せつける、か…」
僕は、目的の『力を見せつけて舐められない』と手段の『クナトルレイク』を結びつけてみた。
素直に考えると、王やトーレル卿をクナトルレイク大会に招待して、試合でぐうの音も出ないほど叩きのめす、ということになるのだけど。
スポーツマンシップなど欠片もない人達っぽいし、むしろ大敗したことを逆恨みして襲いかかってきそうな気がする。
「シグヴァルド様。もしも僕たちが王やトーレル卿をクナトルレイク大会に招待したら、彼らはチームを率いてやって来るでしょうか?」
僕の疑問に対するシグヴァルド様の回答は「やりようによっては」というものだった。
参加や勝利することで名誉や利益が得られる、つまりメリットがあれば参加するかもしれない、ということかな。
北方21星の大結束の民会に参加をねじ込まれるよりは、クナトルレイク大会への招待という形にしてしまう方が政治としての筋が良さそうだけれど、大敗間違い無しの試合に参加させるには、もう一工夫が必要そうだね。
北方21星の大結束は、紛争解決の手段の一つとして決闘裁判の代わりにクナトルレイクの試合をすることを定めているので、法的手続きの一つとして参加させるとか。
「いやあ、僕たちは協力するつもりはあるんですけど、クナトルレイクの試合でフォルセティ様が決めたことなので無理ですわ―」との言い訳が成り立つ。…かなあ?
僕の考えに対するシグヴァルド様の回答だけれど。
「結局のところ、王もトーレル卿も事実よりも真実を欲する者たちだ。ものごとを見たいように見て、欲するままに決断するだろう」
シグヴァルド様、それって「馬鹿の考えることはわからん」と言ってませんか?
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「うー…頭が痛い…お酒は飲んでないはずなのに…」
翌朝のこと。
僕は宴で一滴もお酒を飲んでいないはずなのに、宿酔いのような症状を覚えていた。酒宴の空気にあてられたのか、それとも料理に酒精が入っていたのかな。
「トール、お酒くさーい」
「むに!ふぎん!むに!ふぎん!」
エリン姉とムニのやつにまで、お酒臭いと言われてしまった。
いつもはくっついて寝てくれるベーグルも、家のどこかに隠れて出てこない。
昨夜は飲みすぎて帰宅し、同じように宿酔いの頭痛で頭を抱えて母ちゃんにガミガミと不平を言われている父ちゃんと目が合った。
いや父ちゃん、そんな「仲間だな」みたいな目をするのはやめてください。
僕のは不可抗力ですから。
「まったく。親子そろってしょうがないねえ。ほら、スープを飲みなさい」
「ううっ」
ずきずきと痛む頭と荒れた胃には、骨のスープの優しい味が効くね…。




