第207話 僕は謀略の片棒を担いでいません 8歳 春
北方21星の大結束の重要人物である来客を歓迎する宴は、特製大麦酒の強い酒精の力もあってますます盛り上がり続けていた。
酔った男たちは口々に「オーディンのために!」とか「大結束を讃えよ!」などと叫んでは、誰かが歌い出すと木の杯で分厚いオークの卓をガンガンと叩いてリズムをとったりしている。
楽しそうだけど、とっても騒々しい。
「ああ、今歌われている歌。それがまさに灰色の狼と強欲な番犬のサーガだね」
「え?」
シグヴァルド様の思わぬ指摘に、僕は騒音の中で男たちの歌に耳をそばだてた。
「森の主の 灰色の狼
群れを従えた 強欲な番犬
羊を隠した 谷の奥深く
奪われた富は 誰の目にも見えず
狼は牙をむき「全て我がもの」と
番犬は吠え立て「一歩も譲らぬ」と
引き裂かれる大地 歌は途絶え果て
ただ冷たい風が 骨を鳴らしている」
なんかシグヴァルド様まで一緒に歌ってるし。
あまりにも分かり易すぎる歌詞だけれど、このぐらい単純じゃないと市井では伝わらないのかもしれない。
「…王とトーレル卿の不仲を当て擦る歌が、うちの村にまで広まっているなんて」
僕はこの時代における歌の拡散力に衝撃を受けていた。
だって発案したのは去年の秋だよ?
せいぜい王とトーレル卿の足元の村で広まればいいや、ぐらいの見通しだったのに。まさか一冬でこの村にまで広がるなんて。
「おや意外だったかい?誰しも高い身分の方々の醜聞には興味もあれば広まるのも速いものさ。取引のある商人に依頼して、漕ぎ手に歌ってもらうようにして、酒場でも広めてもらったのだけれどね。それにしても、トールくんが知らなかったとは」
「…酒宴には参加しないもので」
僕の返事に、ああ、とシグヴァルド様は頷き、あらためて話している相手の年齢を思い出したようだった。
「父ちゃんが教えてくれれば良かったのに…」
思わず僕は口を尖らせて小声で不満を言ってしまったのだけれど、よく考えたらこんな教育に悪そうな歌を息子に教えるわけがないか。
そもそも父ちゃんは王と家臣の離間策が息子の頭の中から出てきた、なんて知らないわけだし。
「この感じだと、北方中に広まってそうですね」
僕の感想にシグヴァルド様は曖昧な笑顔を浮かべるだけで、話題を切り替えた。
「そうそう。トールくんが献策してくれた王の長屋敷の奴隷を買収する、という話。
あれも実に効果があったのでね、お礼を言いたかったのだよ。
王や重臣は、奴隷にも人格があるとか、働きに応じて報酬を払うとかいう概念がないからね。提供された情報の質に応じて約束の銀を渡したら、驚くほど簡単に内情を喋ってくれたよ」
「はあ…」
いや僕は、単にそういう手段もあるよ、と聞かれたから答えただけなので。
そんな謀略家の片棒を担いだみたいな言い方は不本意なのである。
そこまで内部協力者を確保できたのなら、暗殺でも毒殺でもすればいいじゃない、と思わないでもないのだけど、それは名誉を重んじる北方社会においては紛れもない悪手なのである。
もちろん北方社会の権力闘争においても、しばしば毒殺や暗殺などの手段がとられたことはサーガに歌われているのだけれど、周囲から評価は最悪となり、その後の統治には苦労している。
奴隷の忠誠心には期待できないことは僕たちが証明してしまっているので、毒殺をしかけて実行犯が捕まるようなことがあれば、ペラペラと指示をした犯人を喋ってしまうだろうし、そうすると北方21星の大結束の正当性、つまりは神々に祝福されているという評判に大きく傷がつきかねない。
結果として王の敵討ちという正当性を得た大軍勢が押し寄せてくる事態を招くかもしれない。リスクにリターンが見合わない悪手なのである。
もっとも暗殺や毒殺などを仕掛ける連中は、そもそもリスクとリターンを考えることなどできないからこそ、そうした手段に訴えるのかもしれないけれど。
政敵の悪い噂を流すのは名誉を汚さない行為なのかとう疑問については、シグヴァルド様が嬉々として暗躍していることからわかるように、それは別にいいみたい。
ただ僕は思うんだけど、そういう手段に訴える人がこれまでいなかったから規範がないだけじゃないのかな。
ある種の脱法行為とか規範の抜け穴を突いているだけに見えるんだよね…。
「まあそうした工作を続けていたところ、思わぬ副産物があってね」
「副産物?」
僕が尋ねると、シグヴァルド様は頷いて続けた。
「複数の村から、自分たちも北方21星の大結束に加わりたい、言い換えれば、王と家臣の不毛な争いに巻き込まれたくないので保護を求めたい、とね」
ああ、ここでクナトルレイク大会の参加チーム数の増加につながるのか。
僕とシグリズ様と2人のお嬢さん達がどれだけ振り回されたことか!
あの苦労を思い出して、僕は思わずシグヴァルド様に詰め寄ってしまった。
「シグヴァルド様!北方21星の大結束に、そんなに簡単に参加する村を加えてもらっては困ります!いった幾つの村が参加するんですか?50以上の参加なんて無理ですからね!」
シグヴァルド様は困ったように顎髭を撫でてから、違った方向からは話を続けた。
「彼らとしても、名誉のない戦には加わりたくないそうだ。どちらにも神々の加護がなさそうなので、どうせなら島の決闘で決着をつけてらもらいたいぐらいだ、との不満を隠さないぐらいでね。かといって単独の村で出兵を断るのも報復が怖い。なので、大結束に加わっておきたいのだそうだ」
島の決闘とは、決闘裁判の一種で、島や中洲のように逃げ場のない場所で双方で死ぬまで殺し合いをして、勝ったほうが正義とかいう野蛮な風習のことだね。
うちの村はクナトルレイクの勝敗で代替しているので禁止してる。
「それに北方21星の大結束の民会にも、王やトーレル卿が出兵を求めに参加するかもしれないよ。今から対応を考えておかねばね」
「え、そんなことあり得るんですか?」
だって、これだけ王とトーレル卿に敵対しているし、シグヴァルド様に至っては謀略で陣営をかき回しているじゃないか。
その相手に対して、ノコノコと王やトーレル卿本人がやって来て出兵を求めるために民会に参加する?
「私とトールくんがやったこととは、彼らも知らないよ。それに北方21星の大結束は、まず時間を稼ぐという大方針に従って、王やトーレル卿とは決定的に対立はしていないよ。これも君の献策だったね?
彼らからすれば、北方21星の大結束なんて僻地の村々の交易協定にしか見えていないと思うよ」
僕の疑問に対して、シグヴァルド様は肩をすくめて答えたのだった。
「まだ決定的に対立はしてない。とすれば、言を左右にしてのらりくらりと躱し続けていたいところですが…」
「それは、どちらからも憎まれる対応だね」
「そうですよねえ…」
アルンビョルンのせいで村が焼け野原になりました、という事前に用意しておいた言い訳は、この発展した村で行われる民会に参加されてしまったら使えないよなあ。
王の使いぐらいなら沈めてしまって知らん顔もできただろうと思うけど、王やトーレル卿本人が乗り込んでくるなら、その手も使えない。
ちなみに、その場で捕縛したりするのは暗殺と同じ扱いだから無し。北方21星の大結束の方が政治的に分解しちゃうし。
「うーん…どうしたものか…」
僕は思わぬところから降って湧いた難題に頭を抱えてしまうのだった。




