第205話 この村は子ども同然ですから 8歳 春
「酒造りを見たい!」と、我儘を言って馬を進ませるシグヴァルド様に、僕とシグリズ様は慌てて騎乗して続いた。
「…いつも、こんな感じなんですか?」
「ええ…まあ」
僕がシグリズ様に小声で訊ねると、小さなため息と共に頷きが返ってきた。
昔から振り回されてたのか。シグリズ様、大変だなあ。
ちょっぴり同情してしまう。
「ところで、先ほどから聞こえる高い叫び声のような音は何だ?鳥か獣の声か?」
シグヴァルド様が、場上から振り返って尋ねた。
少し耳を済ますと、ピィィィとか、カラカラカラ、と聞き慣れた音が聞こえてくる。
ああ、僕たちにとってはすっかり日常の音になっていたから、気が付かなかった。
確かに外から来た人には気になるよね。
「では、ご案内します」
「あ、ああ」
少し面白いことになりそうだから、僕は真面目くさった顔で音が発生する場所まで案内することにした。子どもの他愛ない悪戯というやつだね。
少しだけ馬を歩かせて、村の境目あたりまでシグヴァルド様を連れて行く。
「な、なんだあれは!亡霊か!」
道の脇に何十もずらりと並べられた目玉風車を見たときのシグヴァルド様の反応と来たら!
馬上で勇ましく腰の短剣を引き抜いたりするものだから、僕とシグリズ様は吹き出してしまった。
「シ、シグヴァルド様。あれは鳥威しの細工です。今は獣避けに置いているのです」
「なんと!?」
僕は笑いをこらえながら、目玉風車について一通りの説明をした。
「するとあれらは、全て木工細工なのか…」
「一つ、持ってきてみましょうか。実際に触った方がわかりやすいです」
僕は道端に設置されている目玉風車の一つを持ってきた。
「見てください。とまっている間は黒と白の模様でしょう?風を受けて早く回ると、目玉が浮き出る工作なんです。それと、この羽に細長い穴が開いているのが見えますよね?これが笛のような働きをして様々な音を立てるのです」
「なんと…」
シグヴァルド様は目玉風車を手に取り、ひっくり返してみたり、手で回したりと子どものように弄くり回している。
シグリズ様はその様子を馬上から実に楽しそうに見ていた。
「しかし、これだけの数と細工をよく揃えたものだ。誰か専業の作り手がいるのか?」
「ああ。これを作ったのは村の子供たちですよ」
「子どもが作ったというのか!?」
シグヴァルド様が驚いていた。
「もともとは鰊や鱈を浜で干しているのを狙ってくる鳥を脅して遠ざけるための細工なんです。ですが同じものを作っていると鳥も慣れてくるので、子どもたちに賞品を出してより恐ろしげなものを作るよう競わせてるんです」
競走の結果もあって、最近の目玉風車は実に恐ろしげな見た目や音を出せるものが増えてきた。結果として家畜の害も減ってる。
「子どもの工夫が…面白い。実に面白い」
再び馬に乗ったシグヴァルド様は、何が気に入ったのかしきりにぶつぶつと独り言を言っていた。
そんなに気に入ったのなら、あとでお土産に一つ風車をあげようかな。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
村の醸造所は、高台にある村長の長屋敷の裏を登った場所にある。
「かなり高い場所作っているのだな。不便ではないか?」
登り坂で馬を操りながら、シグヴァルド様が不思議そうに言う。
「村の重要施設ですから、部外者が入り込みにくい場所に建設しているんです。それに村の男衆ときたら酒に目がないので、護りを固める必要があるんです」
「ははは!それはそうだろうな。あの大麦酒は良い。実に美味かった」
真面目くさって答えると、シグヴァルド様は大声で笑った。
「あの大麦酒を飲んでしまっては、他の大麦酒など飲む気にもなれないだろう。用心するのは当然だ」
とまで特製大麦酒の味を褒めてくれた。
この時代、他の村ではせいぜい自家用酒に家の生えたような大麦酒しか作ってないからね。
他の料理も作ったり人が出入りする台所の隅で素人が、家事の片手間に藁屑入りの大麦を自然発酵させつくった代物と、公営の醸造所で熟練の職人が完全に清潔な環境で厳選された大麦を使用して発酵させた特製の大麦酒では、味も品質も段違いになるのは当然と言えば当然だよね。
それともう一つ、村の特製大麦酒の味を良くしている決定的な要因がある。
飛ぶように売れているからだ。
特製の大麦種は、いろいろと衛生環境の工夫を重ねて長期間味が落ちないようにしているけれど、やはり生鮮飲料には違いないので出来立てが一番美味くて、時間が経つにつれてだんだんと味が落ちていくものだ。
ところが、特製大麦種は作るそばから売れていくので、消費者は常に新鮮で最高の状態の特製大麦酒を味わうことになる。これは美味い、とますます売れる。売れることで常に新鮮な特製大麦酒が供給される。
最高の味を保つ正のサイクルができあがっているのだね。
おまけに港には商人たちが大量の大麦を持ち込み続けるので原料の心配もない。
ちょっぴり、酒造りの女衆たちの疲れは心配だけど…。
「ふうむ。ここが村の酒造りの家か。立派なものだ」
「あ、入ったら駄目ですよ」
醸造所に入ろうとするシグヴァルド様を、僕は静止した。
「なぜだ?中を見ては駄目なのか?」
不満というよりは不思議そうに尋ねるシグヴァルド様に、僕は理由を説明する。
「この村では酒造りは女衆の仕事なんです。男衆は出入り禁止です。それにシグヴァルド様は汚れているから駄目です」
「なに?先ほどサウナに入ったばかりではないか」
汚れている、と評されたことに不満を漏らすのに対して、重ねて僕は説いた。
「馬に乗っているではありませんか。それに手綱も握っています。酒造りの女達は醸造所に隣接されたサウナに入り、酒造りのために完全に清められた衣服だけをまとって酒造りを行うんです。馬に乗り汚れた衣服で入るなど、言語道断です」
「ほほう…そこまで徹底しているのか。あの美味さも納得だな」
いかにシグヴァルド様が相手でも、特製大麦酒のレシピを教えてあげるわけにはいかないものね。特製大麦酒は、村の特産品として、末永く大事にブランドを育てていくのだから。
村内を他所者が自由にうろついたり出来ないよう、港やサウナや酒場が完結した区画を整備したのも、全ては酒造りの秘密を守るためと言っても過言ではない。
「ところで隣の建物は何だ?あれも酒造りの施設か?」
シグヴァルド様が隣の小さな建物を指して尋ねた。
「あれは産院といいます。子どもを生むための家です」
「なに?子どもとは家で生むものではないのか?」
僕はシグリズ様を見たのだけれど、特に制止されなかったので説明することにした。
「この村では、出産する妊婦、出産を手伝う女衆、出産に使う道具類も全て、酒造りに関わる女衆と同じ水準で清潔さを保ってもらっています」
いまいち納得がいっていなさそうなシグヴァルド様へ僕は言葉を続けた。
「出産することは、大怪我することと同じだからです。戦で怪我をしたら、清潔な水と布で処置をしますよね?同じように考えて、産院は建物の中、出産する妊婦、手伝う人、道具も全て清潔にしています。実際に大きな効果があります。この産院が出来てから、子どもを生んで亡くなる女衆は出ていません」
「それは…そうなのか。子どもが、な…」
そう頷いてから、シグヴァルド様はシグリズ様に視線を向けた。
それまでの悪戯小僧の延長のような目つきとは違い、なんとも痛ましいものを見やるような、奇妙な光をたたえた目つきだった。
「シグリズ。ここは良い村だな。お前は…実に素晴らしい村を作り上げたようだ」
静かなシグヴァルド様の称賛を、シグリズ様は胸を張って受けた。
「ええ。兄様、この村は私の子ども同然なのです」
フィヨルドの風に金色の長髪靡かせるシグリズ様の顔は、とても誇らしげだった。




