第201話 またおいでよ 8歳 春
「ねえ父ちゃん。そういえば、あの後はどうなったの?ええと、ソルゲイルとかいう商人の人」
あの冒険商人の一行は、倉庫での揉め事の後で決闘と称してクナトルレイクに連れて行かれて、楽しいスポーツ体験をしたはず。
それから新設のサウナに連れて行かれて、持ち込んだ武器の扱いで揉めたことまでは把握してる。
サウナは長引きそうだったし、洗濯の効率化の進め方に気を取られて建設地まで馬で出かけていたので、その後の事情はさっぱり把握していなかった。
「ああ。奴らなら、まだ酒場で飲み続けているかもしれんな」
「ええっ!?だって、あの酒場って、まだ柱と屋根とカウンターがあるだけの仮設の酒場でしょ?そんなに長く居座れるような造りになってないはずだけど?」
村では建設の労働力がとにかく足りない。
なので、酒場の作りも夏の間だけ保てばいい、という夏の家と同じような考え方で建てた柱と屋根と、カウンターと椅子だけの仮設もいいところのしろもの。
冬の家で石炉を囲み腰を据えて長時間飲み食いする北方の様式とは異なるけれど、今はそれでも仕方ない、と割り切って運営を始めたんだけど。
「連中には、旨い酒と魚とパンがあれば問題ないようだがな。
特に特製の大麦酒を飲んだときの様子ときたら、凄かったぞ?
目がこぼれ落ちるんじゃないか、とばかりに大きく見開いて一気飲みした後、この酒を全て買って帰る!と叫びはじめてなあ」
「ええ?それは困るなあ。そもそも、買い占めるほどお金を持ってないでしょ?」
冒険商人からすれば、冬越しの大麦を運ぶよりも遥かに良い商品見つけた、という感じなんだろうね。リスクを取った分、利益をたっぷり乗せて売り捌きたいんだろう。
だけど、それは困る。だって特製大麦酒は、この村の特産品として大切に育てて行きたい商品だからね。
僕は特製大麦酒を「この村に来て新鮮な商品を飲んでもらうこと、クナトルレイク大会の参加者に優先的に売ること、品質管理ができる信頼できる商品に残ったものを売ること」と優先順位をつけて付加価値をコントロールしつつ、商品ブランドを向上させていくつもりなんだ。
目先の小金につられて ―― 金を持っているか怪しいけど ―― 品質管理もいい加減な飛び込みの商人に売るつもりはないよ。
「そうだ。酒杯の蓋と料理の皿はどう?ちゃんと使われてた?」
「ああ、蓋と皿で支払いの値段を目で見て数えられるようにする、というやつだな。あれはわかりやすいな。酒で酔った頭であっても、支払いの踏み倒しが難しくなるだろう」
酒場の開設にあたって、僕は回転寿司のお皿積み上げ方式の会計を導入したのだ。
酒杯の蓋と料理のお皿を積み上げて飲み食いした価格を見える化して、後からまとめ払いさせる方式だね。
北方の男衆は、お酒を飲んだら支払いのことなんて頭から飛んじゃうから、後で飲んだ飲まないとか、食べた食べないで揉めるのが目に見えてる。
かといってカウンターでのつどつどの先払い方式にすると、船長が全ての支払を持つ北方の文化と合わないし、だいいちレジの担当者の業務量が増えすぎる。
そもそも素早く暗算してレジを任せられるような人材もいなければ、小銭での支払いにお釣りを渡せるほど、少額硬貨は流通してないからね。
支払いの段階になったら、店員と船長で一緒になって蓋と皿を数えるんだ。
メニューが増えたら、色や模様を変えればいい。
「でも…そうか。まだ飲んでるのかあ。ちゃんと支払えるのかなあ」
「やり手の商人は、戦士が短剣を隠し持つように、いざというときの財産をどこかに隠し持っているものだ。心配する必要はないだろう」
「ふうん」
まあ、払えないとか言い出したら輸送船に残った大麦を支払いに充てさせても良いし、それでも足りなかったら輸送船を没収して北方21星の大結束の雇われ船長として活躍してもらう道もあるよね。
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翌朝。大麦酒の飲みすぎで酒場の床で眠りこけている冒険商人一行を叩き起こし、積み上げられた酒杯の蓋と料理の皿を一緒に数えて、支払いをさせたんだけど。
「ううっ…頭痛え。うっぷ。くそっ、これじゃ大麦を運んできた利益が飛んじまう…うっぷ…」
と、宿酔いの頭痛と吐き気と財布が軽くなったことに涙目になりながら、それでも「特製大麦酒を売ってくれ」と言葉を続けたのだから、なかなか大した度胸の持ち主だと言えるね。
さすがに先日のクナトルレイクが効いたのか「フギンの箱を売ってくれ」という言葉は引っ込めたようだけど。
どうします?と酒場の店員に視線で尋ねられたので、僕は未開封の樽を一つだけ持って来てもらったんだ。
そうしてから、床に座り込んで頭を振っているソルゲイルに樽の焼き印が見えるようにして話しかけた。
「いいかい?これは、この村の特製の大麦酒。扱いを間違えなければ数週間は美味しさが持続する特別な大麦酒なんだ。樽の焼き印のフギンのバインドルーンに恥じない特別な売り先に特別な価格で売ることをお勧めするよ」
「お、お前は…いや、あなた様は?」
子どもが周囲の大人を差し置いて説明している事態の異常さに、酒に曇っていた頭がようやく理解に追いついたようで、ソルゲイルの言葉遣いが変わった。
僕は少しだけ胸を張って言った。
「僕はトール。勇敢な将軍グリームルの子。そして最初に村に訪れた君の勇気を称えて、特製の大麦酒の樽を一つだけ売ってあげる寛大な商人だよ。また何か良い商品を仕入れたら、懲りずにおいで。今度は良い商売をしようね」
そうして勇敢で強欲で迂闊な冒険商人のソルゲイルは、傷んだ頭と懐と大麦と、たった一つのお土産を携えて、這々の体で村から去って行ったのだった。
…また来るかな?
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「言いたいことはわかります。出来たほうがいいこともわかります。ですが、そんな労力がどこから出てくるのですか?」
「いや、足りない労力を捻り出すために考えたんですが」
「それもわかります!わかりますが!今年は無理です!」
女衆の労力を節約するために洗濯場と排水処理場を作ろう、という提案はシグリズ様にすげなく却下された。
この村には労力を節約するための設備を作る労力がないのだ、と。
お金を設けるためのお金がない、というのとの同じだね。
「むーん…」
ちょっと持ち込んだ計画が大きすぎたかもしれない。
川の近くの土地を掘り込んで石と板で囲んで渦を作る、だけじゃないからね。
排水を浄化するための浅い池を何段か階段所に作って、ヨシを植えて水草を浮かべてザリガニや小魚や貝を話して生物浄化もしよう。
サウナと洗濯場を結ぶ洗濯物運搬の牛を用意しよう。
訪問者達向けに、衣服だけでなく船の帆の洗濯のサービスをしよう。
これだけの計画を今のかつかつの建設計画にねじ込もうとしたら、切れられても仕方ない。
でもね、僕は諦めたりしないよ。
まずは小さい設備を作って、洗濯場がどれだけ女衆の労力を節約できるかを数字で示せばいいんだ。
小さい樽と籠と水車を組み合わせて、川の水流を使った野菜洗い機みたいな規模で始めてもいい。
ドラム式とかいう格好いい名前の家電も、要は樽が回ってるだけだから再現できないはずがないのだ。
考えてみれば、初めての塩作りの時もそうだったものね。
あの頃は、お小遣いもなくて協力者もいなくて、おまけに力も弱かったけど、手を動かして工夫して改善してたんだから。
いきなり大型の予算を組んでもらおう、という性根が良くない。
「ええと、使ってない樽とかないかな。穴あきでもいいんだけど…」
家の倉庫をひっくり返して、古ぼけた道具をあれこれと弄っているうちに楽しくなってきた。
僕はね、諦めが悪いのが取り柄なのだ。
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作者です。200話到達のお祝い、ありがとうございます!
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