第200話 洗濯場の建設を計画しよう 8歳 春
「洗濯。洗濯かあ…ちょっと手抜かりだったなあ」
冷たい雪解け水をお湯で薄めて、ざぶざぶと客人の衣類を村の女衆たちが洗っている光景を見ていると、洗濯の問題を真面目に考えていなかったことを痛感する。
「エリン姉も洗濯してる?やっぱり大変?」
「そうねえ。お湯が使えるなら楽だけど、お父さんの服はやっぱり重くて大変ね」
僕はエリン姉の馬に乗せてもらい、村を見回っている。
洗濯は女の仕事だから、と服は母ちゃんに洗ってもらってるかならなあ。
大量の衣服を洗うという行為が如何に大変なのかを、僕はちゃんと理解してなかったんだ。
特に海を渡ってくる男達の衣服は、防寒と防水のための分厚い毛皮製なので、分厚くて扱いが難しく、水を吸うと重くなるし。
それを原始的な液体石鹸と人力で何十枚と洗うのだから、村の女衆もかなりの人手を繰り出して洗濯しないといけない。
慢性的に人手が不足する我が村にとっては、無視できないコストだ。
つまりは、効率化しなければならない。
機械を用いた効率化こそが解決の道だ。
「それで?どうしてフィヨルドを見回ってるの?」
「水車の建設のときに、何箇所か川に目をつけておいたでしょ?洗濯に使える場所がないかなあ、って」
実は、川の水流を利用して洗濯槽を回転させる方式であれば、僕たちの村には既に工学的な基盤がある。
というのも、川の水流を利用して横回転の運動を発生させるのは、原理的にも技術的にも伝統的な横回転の水車と同じだからだ。
「え?じゃあ川の横に回る流れをつくれば、それで洗濯ができちゃうの?」
「まあ、理屈の上では…」
ぐるぐると回る水流から回転エネルギーを取り出す水車の代わりに、洗濯物を放り込めば天然の洗濯槽の出来上がり…なのだけれど、幾つかの問題があってね。
これは製粉用の水車を建設するときにも考慮したことなのだけれど、流れが速い雪解け水の水量は安定してない。春と夏には水が豊富に供給されるけれども、秋になると流れが細くなり、冬になれば凍りつく場所も多い。
「でも、商人の人たちは冬には村に来ないでしょ?」
「そうだね。夏だけ動けばいい、と割り切るのもありだと思う」
この点については春夏の交易船とクナトルレイク大会という季節性の訪問者による大量の洗濯物を処理するうえでは大きな問題にならないかもしれない。
冬はそもそも村にお客さんが来ないからね。
「あとは洗った後の水の処理も問題になると思うんだ。そのまま流したら汚いでしょ?川の水で料理している家とかあるかもしれないし、家畜が飲んだら病気になるかもしれないし…」
洗濯浄化槽として、汚れを一時貯めて沈める沈殿池を下流に設ける必要があるかもしれない。そこに汚れに強い淡水の魚やエビとか浮草でもあれば浄化も虫の発生も予防できていいんだけど。
あたりの川岸に生えいているヨシやガマ、水草はマツモなんかを植えるかな。エビはいないけど、淡水のザリガニみたいなのは見たことがある。あとは川の小魚や貝類を放り込めばいいか…?
ちゃんと注意しておかないと、子どもたちが池に入り込んで捕っちゃいそう。
「それに川の洗濯場の建設予定地は、港のサウナからは少し遠いんだよね。フィヨルドの上の方まで、いちいち洗濯物を運んでこないといけなくなる」
「そうねえ。川の勢いが強いところは、山の方に近いものね」
港に併設されたサウナは海際の低い土地にあるけれど、川の洗濯場は雪解け水の速い流れを利用するから山の高い方の土地に作るのが適している。
洗濯排水を浄化処理するための沈殿池も併せて建設しないといけないので、あまり家屋が近い場所はよろしくない。
「洗濯する場所を作るだけでも、大変なのねえ」
「うん。だけど必ず作るよ。だって、洗濯が楽になったら家の敷物とか毛皮を毎週洗えるようになったり、船の帆だって航海ごとに洗えるようになるかもしれないよ」
長船や輸送船の帆は巨大な羊毛の織物であって、海を航海しているうちに波しぶき塩分がこびりついたり、防水のために塗られた魚油や獣脂が汚れを巻き込んで重くなってくる。そうすると船の重心が上がり転覆しやすくなるので、定期的な洗浄やメンテナンスが欠かせないのだ。
そして長船の帆はかなり重い。屈強な男達が何十人がかりで、船から取り外した帆を川に運んで、浅い場所で踏み洗いしている光景も見たことがある。
洗濯場で洗えるとなれば、そうした労力も節約できるだろう。
「女衆だけでなく男衆にとっても、洗濯が楽になるなら賛同は得られそうだし、洗濯場の建設は急いだ方が良いかもしれないなあ…」
それと寄港した船の帆を洗うサービスも手掛ければ、村の労力節約だけでなく外貨の獲得にもつながる。かなり早い段階で投資を回収できるかもしれない。
雪解けの川の流れがある季節なら、一晩中洗っても良いわけだからね。
「港のサウナから洗濯場までの移送は、牛に背負って運んでもらおうかな。あの辺りを掘り込んで洗濯場にして、沈殿池は下流に設けて。1段のフィルターにするよりは3段ぐらいにして徐々に大きい汚れから小さい汚れを落としていくイメージで…」
そうか。沈殿槽と浄化の仕組みは、来客用のトイレにも応用できるかもしれない。
そちらは海の近くになるから、また少し違った生物浄化が必要になるだろうけど。
僕が手近な枝を使い、ガリガリと雪解けの水が勢いよく流れる川の傍の地面に線を引いていたら、エリン姉が声を帰ろう、と声をかけてきた。
「トール!もう戻るわよ!ご飯の時間になっちゃう!」
「え?もうそんな時間?」
驚いて視線を上げれば、陽は今にも水平線に沈もうとしており、世界は橙色に染まり始めていた。
僕は慌ててエリン姉に馬に乗せてもらい、家路につくのだった。
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夕食は、春のイラクサのスープ。
朝摘みの新鮮なイラクサの若芽を茹でてトゲを消したものを、冷燻の鰊とカブと牛乳に投入した薄い緑のクリームスープだ。
「こいつはいいな。冬に溜まった悪い血が綺麗になる気がする」
「えー。あたしは甘いパンの方がいいなあ」
「エリン姉、体にいいんだから食べないと」
イラクサのスープには、豊富なビタミンが含まれている、と味覚で感じる。
村が豊かになって冬でも鱈や鰊や大麦でカロリーは取れるようになったけれど、新鮮な野菜は取れないからね。
塩が豊富にとれるようになってから保存食としてキャベツ(ケイル)の塩漬けに不自由はしないけれど、やっぱり春は鮮やかな緑色のものが食べたい。
「畑に植えた白大根もリーキもアンジェリカも、早いところ食べられるようにならないかなあ」
「野菜が好きなんて、変な子ねえ…」
エリン姉は、ゴリゴリと冷燻の鰊を骨ごと齧りつつ、嬉々としてイラクサの葉を啜っている僕を評するのだった。




