第199話 足りない準備 8歳 春
「消えてもらうって…」
いや、意味はわかるよ。
交易船も人も沈めるか解体するかして、誰も来なかったことにすれば秘密が守れる、って言いたいんでしょ?
僕もそうした考えが頭の片隅を掠めなかったか?というと嘘になるけど。
でもね。交易と連帯により全体が豊かになりましょう、という理念を掲げる北方21星の大結束においては、そういう発想はなし!駄目です!
僕たちは、明るく楽しい開かれた社会を目指すんですから。
秘密主義と暗い陰謀を巡らせて良いのは、対立する王と家臣と異民族にだけです!
…とはいえ、未だに空気が読めない営業トークを続けている冒険商人に腹が立つ皆の気持ちも判るので、ここは村の伝統に沿った解決をしてもらいましょうか。
「村内の争いで揉め事が起きたら、解決の方法は?」
僕が交渉人にささやき返すと、彼はニヤリと髭面を綻ばせて応えた。
「クナトルレイク!」
「はい。その通り」
そう。村の揉め事はクナトルレイクで解決するのです。
交渉人は冒険商人ソルゲイルに向き直ると、大声で怒鳴りつけた。
「お客人!貴様はわが村と同胞を侮辱した!よって村の慣習に則り、クナトルレイクによる決闘を申し込む!」
「な、け、決闘?クナトルレイク?」
「そうだ!」
交渉人の決闘宣言に、周囲の村人たちも喜んで同調する。
「そうだ!クナトルレイクだ!」
「クナトルレイクだ!」
「やっちまえ!」
「逃げるんじゃねえぞ!」
「い、いったい何のことだ…」
事態の急変について行けない様子の冒険商人を取り囲み、肩を掴んでずるずると連れ去って行く一団に向かって、僕は一応の注意をしておいた。
「ちゃんと防具も貸してあげてねー、それと殺しちゃ駄目だよー」
背中は向けていたけれど、腕を振っていたからたぶん聞こえていただろう。
これで今後の対応を話し合うだけの時間は稼げる。
それに気が済むまでクナトルレイクの試合で可愛がられた後なら、もう少し話し合いがスムーズに運ぶと思うんだ。
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「それでシグリズ様。どうしましょうか?」
「また、あなたは…」
クナトルレイクの可愛がりで時間を稼いでいる間に、長屋敷のシグリズ様のところへ対応の相談に来たのだけれど、とっても機嫌が良くなさそうだった。
ピクピクと痙攣するこめかみを指で押さえてる。
バッド・ニュースを持ってきた人には、もっと冷静に対応しないと正しい情報が上がらなくなりますよ?
…などと言ったら、もっとぶち切れそうだから言わないけど。
「待ってください。僕は悪くないです」
「ではフギンの箱と名付けた風選機を商人に見せたのは?」
僕の言い分はシグリズ様に一瞬で粉砕される。
「…だって品質の悪い麦を売りつけようとしてたから、鼻を明かしてやろうと思って…いだだだだ!」
そして力いっぱい、こめかみをグリグリされたのだった。
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「…それで。今はクナトルレイクの最中なのですね」
「はい。交易船は船員も含めて10人もいませんが、全員を消すのはさすがにやり過ぎだと思いました。万が一、推薦状が本物だったら困りますし」
この時代の交易の輸送船というのは、後代のように海を横断して港へ来るのではなくて、数カ所の沿岸の村を飛び石のように伝って水や食料を補給しながら移動するものなので、丁寧に追跡をすればどのあたりで遭難したかは直ぐに判ってしまう。
直接証拠を握られなければ誤魔化すことはできるだろうけれど、北方21星の大結束の連帯を強めなければいけない大事な時期に、疑いを呼ぶような真似は良くない。
「それで、神器ですか」
「はい。神器に偽装すれば風選機の機構や原理はわからないだろうと甘く見ていたんですけれど、分別の結果を見て、これは儲かる、と目が眩んだようでした」
まさに銀に目が眩んだと言う表現がぴったり来る。周囲の視線を気にせず欲望を全開にする姿勢は、いっそ商人として天晴であったと言えるかもしれない。
「なるほど。商人というのは油断のできないものですね」
「まったくです。ただ…」
「ただ?」
「多分なんですが、目端の利く商人なら誰でも同じような反応をして、同じように欲しがると思うんですよ」
あの冒険商人の態度が特別おかしいというわけではなくて、銀の匂いを嗅ぎつけた商人は同じように手に入れたい、と考えるはず。
そして普通の手段で手に入らないとなれば、いずれ賄賂や暴力などの手段に訴えるだろうことは想像に難くないわけで。
「いっそ北方21星の大結束の村々には、風選機を提供しちゃいましょうか?もちろん無料というわけにはいきませんし、時期も選ぶつもりですが」
「…それでトールは構わないのですか?」
せっかく苦労して開発した技術という利権を開示することに躊躇いはないのか?
と、シグリズ様は心配してくれるようなのだけれど。
「別に構わないですよ。中心部品の金属製の滑り軸受は、うちの村のものが精度も価格も頭一つ抜けていますし、水車動力に接続するよう改良するつもりですから。
あとは振動で小石を分別する装置もつけたいですし、水車でなくて風車動力にも挑戦したいんですよね。それと…」
「ああ、わかりました。つまりあなたの中のフギンは、あの風選機はまだまだ改良の余地がある不完全な技術と言っているのですね」
「…まあ、そうですね」
僕は途中で説明が遮られたのがちょっと不満だったけれど、頷いた。
今の風選機は試作品に過ぎないわけだからね。
「それで、冒険商人の扱いなのですが」
「そういうことであれば、消すのはやり過ぎですね」
僕はシグリズ様の返答に頷いて賛成の意を示す。
「むしろ噂を広める役目を担ってもらいましょう。北方21星の大結束に参加すれば、こんなにも素晴らしい技術を提供してもらえるのだと喧伝してもらえば、さらに王の陣営を切り崩せるかもしれません」
「…逆に王の不審と侵攻を呼ぶのでは?」
と、僕は心配したのだけれど。
それはもう今さらの話ですね、と切って捨てられた。
そうか。今さらか…。
シグヴァルド様ときたら、策謀で王と家臣を対立させた上に、味方になる村を引き入れまくっているものなあ。叛意が隠せていると思う方がおかしいか。
王との対決は起こるか起こらないかという段階はとうに過ぎて、いつ対決が起きるのか、という段階に移行しているんだ。
「それはそれとして、僕たちの村を僻地の寒村呼ばわりしたケジメはしっかりとつけさせないと村の皆が納得しませんが」
今頃ソルゲイルとかいう冒険商人の一団は、村の競技場で北方最先端の新式クナトルレイクの洗礼を受けていることだろう。
「殺しては駄目ですよ」
と、誰かと同じようなことをシグリズ様は言った。
殺しちゃったら噂を広める役目を果たせないからね。
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「そらぁ!早く立て!盾を構えろ!」
「どうした!もう息がきれたか!戦場では走れなくなったやつから死ぬぞ!」
おー。やってるやってる。
ソルゲイルと船員の一行は、防具と盾を与えられた上で、村のクナトルレイク競技場で、ドカンとかバコッと鈍い音を立てて、ころんころんと転がされていた。
僻地に一番乗りするだけあって、ソルゲイル率いる冒険商人の一行も北方の荒くれ男らしく体格は良いのだけれど、村の男達とはクナトルレイクの技術も鍛え方も圧倒的に違う。
盾で押し合っては崩され弾き飛ばされ、走られては追いつけず。
まるで試合になっていなかった。
ちょっと可哀想だけど、まあ命があるだけ良かったと思って欲しいね。
あとでサウナと大麦酒を奢ってあげるからさ。
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クナトルレイクで仲良くなった後、一行はサウナへと向かう。
せっかく来客のために火を入れたんだし、熱を無駄にしたくないからね。
ところが、そこでまた問題が起きたんだ。
「え?武器を手放したくない?」
「それと入口に見張りを立てさせろ、と」
「あー…そうなるんだ」
北方の民にとってサウナは聖域であり非暴力の掟が提供される場所なんだけれど、実際にはそれが破られることも何度もあったわけで。
サウナに閉じ込められて周囲に火をつけられ焼き殺される、なんてサーガもあったりする。
もちろん金属のナイフなんて熱くなるから持ち込めないんだけど、見張りを立てたいと言い出す気分はわかる。
「殺す気なら、サウナでなんて回りくどいことしないんだけどなあ…」
思わず物騒な愚痴が口から出てしまったけれど、他の訪問者も同じようなことを言い出す可能性はある。
「武器は預かって鍵付きの箱にでも入れてもらおうか」
有力者の家には青銅の鍵付きの箱の一つや二つは置いてある。
そうした箱の一つを、サウナの脱衣所に置いて全員が非武装であることを示した方が良いかもしれない。
それと衣装箱も置いて、衣服も別に入れてもらおうか。
衣服は、客人がサウナに入っている間に洗濯して乾燥させるんだ。
パン釜の熱を利用したお湯と、動物の脂肪と海藻灰から作った原始的な石鹸で洗ってから、同じ熱源を利用した衣類乾燥室で服を乾燥させる手筈になっている。
交易に来た人へのサービスに見えるけれど、主目的は防疫だね。
それに裸なら村でうろつくこともできないから、秘密保持にも役立つ。
それで村の女の人たちに洗濯してもらっているところを見ているんだけど。
「…洗濯機、作りたいなあ」
今回は10人も客人はいないのに、洗濯はかなり大変そうだ。
これが数十人とか100人の単位になったら作業が破綻しそう。
風力か畜力で回す洗濯機なら作れると思うんだよね。
あとはローラーで挟んでギュウギュウと絞る脱水機も欲しい。
「だいぶ準備したつもりだったけれど、実際に仕事を回してみると、いろいろ準備が足りないなあ…」
思わず、ため息を吐いた。




