第196話 トールステイン大王伝記 艦強艇壮の章
北方の征服王トールステインに関する事績は北方連合王国各地に残っているが、
現代のオスロ国立博物館に残る上級ルーン文字にて記された「大王のサーガ」の写本には、大王が単なる武力に優れた王というだけではなく、文武に優れた人材の育成や、現代につながる都市計画にも造詣が深かったことが伺える。
以下、大王のサーガより該当箇所を引用する。
聞け、九つの世界に生きる者よ
見よ、凍てつく北の果てに轟く、トールステイン大王の至高なる武徳を
大王は民を富ませるのみならず、若き狼らの血に眠る狂戦士の武を呼び覚ますため、壮大なる「盾の交錯」を興された
初めは大王の親衛隊「フギンの戦士」らが圧倒的な武威で圧勝していたが、敗れた諸地方の戦士らは血の涙を流して奮起し、やがて親衛隊と互角に火花を散らすまでに至った
彼らの激闘は永遠のルーン石碑に刻まれ、吟遊詩人が歌い継ぐ不滅のサガとなった
競技会で武を証明し「我が命を王国の守護に捧げん」と願う戦士らに、
大王は「ただ剣を振るうのみならず、民を治める智徳をも備えたる聖戦士たれ」と告げられた
予言の巫女は「法と正義を修めし文官の才を示せ」と神託を下し
エリン将軍は「我が夫たらんとする者は、この私に相応しき英雄であることを証明せよ」と言い放った
若き戦士らは奮起して智慧の泉を汲み、後世、王の近衛隊は文武に隙のない人材で満たされ、王国の千年の栄華を支える礎となった
風の精霊と友誼を結ぶエリン将軍は、若き戦士らに嵐の眷属を御する秘術を授けられた
彼らが故郷の辺土へ帰りその術を伝えたことで、王国は天を覆う黒き翼の怪物から大地を守る無敵の盾を手に入れた
悪知恵の神ロキは王国の繁栄を前に攻めあぐね、異国の王たちは醜き内紛に狂っていた
ミーミルの泉の如き知略を宿す賢者シグヴァルドは、大王に献策した
「我が大王よ。互いの肉を食らう愚者どもに、我らの戦士の尊き血を流す必要はございませぬ。奴らは飢えた狼と犬。
狼には『あの犬が王座を奪う』と囁き、犬には『王がお前を疑い、謀殺するつもりだ』と吹き込むのです。
奴らには智も仁徳もなく、周囲は奸臣ばかり。銀の貨幣をばら撒けば、戦う前に自滅いたしましょう」
大王は「賢者の策、やよし」と頷かれた
離間の計により、邪神がそそのかした異国の王たちは互いに疑心暗鬼となり、千々に乱れて自滅していった
戦火の消えた静謐の中、大王は王都を生まれ変わらせることを意図された
大王が右手を一振りするや、凄まじき魔術により王都は神々の住まうアスガルドの如き姿へ生まれ変わった
巨船が出入りする巨大な交易港には、世界の産物がユミルの骨の如くうず高く積まれた
凍てつく北の海から命からがら辿り着いた船員たちは、大王の慈悲による神聖なる熱気のサウナで身体を温め、蜜と乳の流れる至高のパンと、冷たき煙で燻された極上の鰊の煮込みで飢えを満たした
さらに、三人の酒の女神に祝福された大麦酒を黄金の杯で仰ぎ、清潔な衣服と雲の如き寝具に包まれて深い眠りについた
故郷へ帰還した船員たちは世界の隅々で「大王の王都は現世のヴァルハラなり」と触れ回り、九つの世界の民は、北の光が輝く楽土へ焦がれ、歩みを始めるのであった
以上 引用終わり
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北方連合王国は国家政策として商船の船員たちを徹底的に優遇しており、入港した船員たちには無料でサウナへ入浴、衣類を洗濯した後に、酒場にて新鮮なエールとパンを提供される習慣があった。
手厚すぎるようにも見える習慣は、結果として商船への船員の志望者を増やして北方連合王国の通商を活発化させ、また各地の港を貿易につきものの流行病から守った。
11世紀に、当時では世界最先端のメガロポリスであったコンスタンティノープルに赴いた北方連合王国の外交使節団は、石造りの都市の大きさにこそ驚いたものの、自国の船員たちに対する冷遇に激怒し「この田舎者どもは、千里を踏破した船員たちへの配慮も少なくサウナの用意もなければ衣服を洗濯する設備すら港に備えていない。新鮮なエールもパンの用意もない。誠に野蛮人と言うしかない」と公文書に記した、と伝えられている。
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「…また、トールステイン大王はときたま魔術で子供の姿で顕れては、市井の子どもたちに混じって政治への不満を聞いて回ったという、伝説がありますね。
偉大な王でありながら、目線は常に民衆の側にあったという理由づけのために、そうした話が創作されたのでしょう」
トースステイン大王の子供時代の実態は謎に包まれている。北方連合王国の建国神話においては、大王は生まれつき偉大な王であったということになっているのだが、ときたま、そうした神話に無知な極東の国が子ども時代のトールステイン大王の姿をアニメや漫画に描いてしまい、大使館から苦言を呈される、という事が起きる。
「文明人には、どこの土地に進出しても同じ水準の生活を享受したい、と故郷と同じ形式の都市設備を作る傾向があります。
文明の鋳型とでもいうべき習慣の強さ。例えばローマ人がどこの土地に進出しても風呂を作ったようなものですね。
翻って見れば、我々北方連合王国の民も、各地に進出すると鋳型のように同じ型の施設を整備しました。
それはパン釜と調理場とサウナと洗濯室と床暖房と冷燻施設を兼ねた熱複合機関でありまして、一箇所で薪を焚けば全ての設備に熱が無駄なく伝わるように設計されています。今でも伝統的な家屋は、そのような施設が備えられているはずです…」
歴史の教師の話が興味深かったのか、今日は生徒たちも大人しく聞いている。
あるいは単にクナトルレイクのシーズンでないため落ち着いているのかもしれない。
「婆ちゃんの家は、今でもそんな感じ!子供の頃は薪でサウナして料理して燻製作ってたって」
「うちはガスだけど、同じつくりだと思う」
生徒たちの発言に、歴史の教師は頷いた。
「熱をとことんまで無駄にしない発想は現代の建築にも生きていますね。この校舎にしても、基本的にはトールステイン大王の時代に発想された建築思想を元に建築されているんですよ。
例えば学校給食室の熱はコミュニティプールとサウナへと配分され、洗濯乾燥室へとつながり、やがて教室の床暖房へと返ってきています。床に触れてみてください。その温かさは、パンを焼き、サウナを暖めた残りの熱が循環されたものなのです」
生徒たちは屈んで、床にそっと手を触れる。
厳しい冬でも暖かな床は、まるで古代から伝わる偉大な大王の知恵と事績を伝えているかのように感じられるのだった。
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作者です。早いもので、もうすぐこのお話も200話を迎えそうです。
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