第193話 風選機の社会的影響を考える 7歳 晩冬
「こんなに役立つのに。何が不満なんだろう…?」
僕はぶつぶつと不平不満を漏らしながら、ハンドルを回していた。
ぐるぐるとハンドルを回すと風選機の中の水車のような風車が回り、吹き出し口から風が吹き出す。
上部のスリットからザラザラと落ちてきた大麦の流れに風があたり、大麦の粒よりも軽い藁屑などが吹き飛ばされる。
僕は大麦が樽で保管されているフィヨルドの横穴に風選機を持ち込んで、試作機の改良と実働データを取るための実験をしていた。
「父ちゃん、もうちょっと大麦を流して」
「こうか?」
シグリズ様に風選機のお披露目を禁止されてしまったので、口の固い身内だけで隠れるように試験をしなければならないのだ。
「魔術とか、そういうのじゃないのに…」
大麦を樽から取り出して風選機の上に流し込む作業は、とくだんの力仕事ではないけれど、ある程度の身長が必要だからね。
大人であっても郎党や奴隷では秘密が漏れかねない。
それで今日は父ちゃんに手伝ってもらってる。
そういえば、父ちゃんと一緒に仕事をするのは久しぶりな気もする。
シグリズ様も、たまには良いことをしてくれるね。
「結構、藁屑の量が多いんだね」
「そうだな。これだけの藁屑が混じっていては大麦酒にも雑味がでるわけだ」
どの大麦の樽にも、1割ぐらいは藁クズが混じっている。
酷いのになると2割ぐらいあったりもする。酷いカサ増しだ。
藁クズは大麦酒の雑味になるだけじゃなくて、吸湿性が高いのでカビやすく樽全体の大麦を腐らせる原因になったり、コクゾウムシなどの害虫の巣になったりするので、出来るだけ取り除くのが望ましい。できれば、完全に。
とっておおきの保存食であるはずの大麦の樽を、いざ蓋を開けてみたら、腐って嫌な匂いがする上に害虫がうぞうぞと動いていたら絶望しそう。
大航海時代の映画や小説でよく見た。
まあそういうわけで、大麦の風選は100%を目指したい。
藁クズの混入は絶対に許さない過激派です。
「もうちょっと風を強くしたほうがいいかな…」
その方が藁屑を吹き飛ばせる気がする。でもあまり強くすると粒が小さい大麦も飛ばされちゃいそう。そのあたりの塩梅が難しい。
ああ、風力を計測したい。基準の風車を何回転させるとか、重りを何センチ引き上げられるかとかで測れないかな。
「むー…」
「どうしたトール。唇を突き出したりして」
変顔で悩んでいたら、父ちゃんに心配された。
「ううん。こんなに藁屑が混じった大麦の樽を運んできたんだな、って」
「そうだな。確かに船荷と船腹の無駄だ」
大麦を樽で保管した倉庫には、保存食と大麦酒の醸造のために大量の大麦の樽が積み上げられている。その数は100ではきかず、200樽とかもっとありそう。
仮に15%の割合で藁屑が混じっているとしたら、全ての藁屑を取り除けたら倉庫の樽が30個は余る計算になる。
新たにできる30個のカラの樽!
樽の需要に製造が全く追いつかず、阿鼻叫喚の様相を呈している木工職人の工房に知らせてやれば、泣いて喜ぶに違いない。
そもそも、藁屑が多く混じっている大麦の樽と、あまり混じっていない ―― それでも1割は混じっているんだけど ―― 大麦の樽の値段が、ほとんど変わらないのがおかしいんだよね。
本来的には、入港して陸揚げしたら樽の中の大麦を全数検査して藁屑を取り除いてから価格を決めたいところだ。
今は外部への風選機のお披露目が禁止されているから、出来ない相談なんだけど。
いや、樽を持ち込んだ商人や産地ごとにラベリングして、どこの商人や産地の大麦が信用できるかを評価することはできそう。
その信用スコアを元に価格を決めればいいんだ。
「…石混じりは、そのまま落ちてくるなあ」
「石は風で飛ばないからね」
大麦に混じる石も、頭の痛い問題だ。
母ちゃんも、大麦を使った料理をする前に、いつも石を取り除く作業をしている。
大きい石なら、大麦の粒の大きさよりも大きい目の籠で篩にかけて通せばいいだけなんだけど、大麦と同じ大きさの粒の石は、実際のところ選別は難しいね。
製粉のための石臼が欠けて混じることだってある。
「いや?大麦と石は比重が違うわけだから、中央が少し凹んだ大きな木皿を回して遠心力で分別できないかなあ…?」
重い石は外側におちて、軽い大麦は中に残るような仕組みは作れるかもしれない。
うーん…と悩んでいたら、ふわさっと父ちゃんが頭に手を被せるように撫でてくれた。
「焦るな、トール。お前が凄いことは村のみんなが知っている」
「うん!」
ちょっと落ち着いた。
たしかに、全てのことを一度にこなすことはできない。
一つずつ、段階を踏んで終わらせていこう。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
少し冷えた頭で、風選機が村の外に広がってしまった場合の社会的影響を考える。
シグリズ様が機にしているのは、この点だろうからね。
うちの村はいいんだよ。とにかく人手不足だから、効率的な機械はあればあるだけ楽になる。代わりの仕事も幾らでもあるし。
でも、他の村はそうじゃない。
風選機が広まったら、まず風選の仕事で食べている人が困りそう。
…そんな人いる?風選はめちゃくちゃ忙しい秋の収穫期に発生する仕事だし、減らしたところで困る人はいないんじゃない?
北方21星の大結束の村々も、僕のところと事情は大差なさそうだけど。
それとも、北方社会の典型的な半農半漁の村と違って、大勢の奴隷を使って地平線まで続く大麦や小麦の畑を経営しているような貴族には影響が大きいのかな。
風選を行う仕事で食べていた奴隷や寡婦、貧農の仕事がなくなることで社会が不安定化する、とか?
このあたりの取引関係がある先で言えば、東の同胞たる北方人とか、西のアングル人とか、南のフランク人が該当するかもしれない。
…あれ?そのあたりの社会なら、べつに混乱させても良くない?
たしかに導入先の農業生産の効率が上がってしまうから。長期的には競争面で良くないんだけど、短期的には社会に混乱を巻き起こす道具として使えるんじゃない?
北方社会の外の王侯貴族や高位聖職者に高価な嗜好品を売って銀貨を吸い取りつつ、支払いのための重税をかけさせて社会を不安定化させる、という経済的な攻撃の一つにならないかな。
機械化を促せば富農は雇用という経費を減らせるんだ。
その魅力に逆らえる富農は少ないだろう。彼らは嬉々として農民を解雇する。
そして職を失った農民が増えれば、社会は不安定化するだろう。
食べられない農民は、流民や盗賊になるしかないからね。
遠征軍の兵士になって北方社会に軍隊を派遣してくるなら困るけど、アングル人やフランク人には北方社会に攻め寄せるだけの造船技術も航海術もないから、その点は安心だ。
「機械化投資を促して職を減らし、社会の安定を削る、か。ありかもしれない…」
便利で儲かるように見える社会の不安定化。
技術的社会攻撃、というのに分類されるのかな。
社会に発生した余剰人員を適切に吸収できない政治体制が悪いのだ。
公共工事なんて概念はなさそうだものなあ。
「トール。焦るな」
「うん!」
また父ちゃんに頭を撫でられた。
そうだね。貧農や寡婦を狙うのは良くないよね!
経済で攻撃して良いのは、敵の王侯貴族や教会の聖職者だけだよね!




