第192話 風の力で効率化するぞ 7歳 晩冬
「使者の方には、今夜は休んでもらいましょう。明日の朝には発つそうですから」
「明日、すぐにですか」
はるばる冬の陸路をやって来て、一晩泊まったらすぐにとんぼ返りか。
お仕事とはいえ、大変だなあ。
シグヴァルド様はつくづく人使いが荒い。
気の毒なので、幾つかの鰊や鱈の冷燻と薄く焼き締めた大麦パン、それに小さな樽に薬草蜂蜜酒を詰めた飲食のセットを手配した。
「あとは生石灰の懐炉を持たせようと思うんですが…」
「不要です。船上とは違って火が焚けますから。温石で十分でしょう」
まあ確かに。生石灰はちょっと扱いが難しいし、反応のための海水が豊富にある船上とは違うものね。飲水は焚き火を焚いて雪を溶かして沸かすか、凍っていない水源を探さないといけないし。
「トール様。お父様がお迎えに来ています」
「あれ?もうそんな時間?」
侍女の人が、父ちゃんが迎えに来たと教えてくれた。
シグヴァルド様の手紙への対応を議論している間に、夜になってしまったらしい。
「父ちゃん!」
「おお。トール。帰るぞ」
玄関まで走っていくと、父ちゃんがスキーを履いて槍を持って待っててくれた。
「ちょっと待ってね。今、スキーを履くから」
父ちゃんに作ってもらったスキーを履いて、しっかりと縄で縛りつける。
「ああ、やっぱり夜になってた」
長屋敷の外に出ると、すっかり日が沈んだ夜の銀世界。
月の光が冷たい雪を照らし、空気も凍りつくよう。
「よいしょ、っと」
高台にある長屋敷から家までは下り坂が多いので、スキーでの帰宅はスピードが出て楽しい。
父ちゃんは左手に松明を持ち、右手に槍というスタイルで、槍の石づきを上手く使いながら速度を合わせてくれた。
僕と父ちゃんのスキーが雪を滑らせる音以外は、しんと静まった夜に、ときおり遠くからピィィイとかキャラララ、と奇怪な音が聞こえてくる。
「鳥威しの目玉風車の音だね。夜は、こんな風に聞こえるんだ」
夜は基本的に家の中にいるので、気がつかなかった。
まるで怪物が鳴いているような音がする。
「あれのおかげで、今年は狼が少ない。家畜の被害も減った」
と、傍らを滑る父ちゃんが褒めてくれた。
そういえば、いつもの夜なら聞こえてくる狼の遠吠えがない。
狼たちも、あの目玉風車には怯えているのだろうか。
ここからは人間の世界だから近づくな、というわかりやすい警告になっているのかもしれない。
「じゃあ、来年も家畜の被害を減らせるように、もっともっと怖いやつをたくさん作るね!」
気を良くした僕は、今後も頑張ると宣言したのだけれど、父ちゃんはちょっと微妙な顔をしていた。
冷たいフィヨルドの夜風に、少しだけ土の匂いが混じっている気がする。
もうすぐ、春が来る。
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「あまり効率化出来ている気がしない…」
糸車の改良は続けているんだけど、思ったより小型化できない。
理想は卓上機サイズなんだけど、今はひっくり返したママチャリぐらいのサイズがある。歯車とかを使って増速機を組み込まないとだめなのかなあ。
「まあ最初はこんなものだろう。あとは使ってみて、だな」
手回しの車輪が大きいことにも利点はある。
大きいので回転を与えるために掴みやすいし、一度回転を与えれば、重さで長時間回ってくれる。
「でも、やっぱり大きいなあ」
これだけ大きい器械は普通の家には置けないなあ。
まずは村長さんの長屋敷で使ってもらおうかな。
糸紡ぎの奴隷の人に運用を任せて、手紡ぎの効率と比較してもらおう。
「もうちょっと効率上がりそうなんだけどなあ…」
社会科見学のときに見た器械は、なんかU字型の金具みたいやつで糸を巻き取っていたような記憶があるんだけど…。
もう少し原理と機構を思い出せないか、考えてみるか。
出来上がった試作大型糸紡ぎは、長屋敷の方に引き取られていき、手紡ぎの3倍程度の効率を叩き出した。
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村の人手不足解消のための、器械設備の開発は続く。
だって春になったら、もっと忙しいからね。
今のうちに出来るだけ人力に頼らない仕組みを作っておきたいのだ。
「そこで活躍するのが、エリン姉の風車です」
「えー、わたし?」
家で暇そうにしているエリン姉に手伝ってもらう。
「まずは大麦を浅い籠に入れます。枯れた茎や歯などが混じっています」
「見れば判るわよ」
機械選別とかしてないからね。手で刈り取って竿で脱穀しただけの大麦には、様々な大麦の実以外の夾雑物が入り混じっているのが普通だ。
「これを風の力でゴミを吹き飛ばします」
いわゆる風選という工程だね。
普通は屋外で風のある日に大麦の山をシャベルや浅い籠でざっとすくい上げて、風でゴミを飛ばしてもらう。その風を風車で起こす風で代用しよう、という実験だ。
これが上手く行けば、風選を屋内で行うことができる。
「じゃあエリン姉。浅い籠に入れた大麦を、ちょっと軽く揺らしてくれる?」
「こ、こう?」
エリン姉が籠の中身の大麦の上下の層を入れ替える程度に揺らしているところに、鳥威しの風車を改造した ―― 軸を伸ばしてハンドルを付けただけ ―― 送風機で風を送ってみた。
「わっ。ぷぷっ!」
「おっ」
思ったより強い風が巻き起こり、大麦の籠からはぶわっと殻や藁屑などが舞い上がりエリン姉の顔を直撃した。
成功だ!
「成功じゃないわよ!」
「いてっ」
顔と髪が藁屑だらけになったエリン姉には、籠で叩かれた。
とりあえず原理が正しいことは実証できた。
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それで実際の風選機の出来上がりイメージは、唐箕を踏襲することにした。
風車で風を送るのもいいんだけど、唐箕の風力は水車型だったかな。
水車といえば、最近は村でノウハウを身につけた職人がいたよね。
「それで?水車を作りたいって?」
「いや、水車型の風車を作りたいんだ。だから軽くて小さい水車を作ってほしいんだよ。それを板で挟み込むように、外からハンドルで軸を回せるようにして…」
木工職人の工房は、相変わらず忙しそうだった。
多くの若者が出入りし、樽を組み立てていた。
なんでも職人が言うには、規格化された樽の需要が大きすぎて出来上がるそばから持っていかれてしまうそうだ。
そりゃあまあ、北方21星の大結束の交易が始まったら、標準サイズのコンテナのような位置づけになりそうなんだもの。需要は1000や2000じゃないよね。
正確な見通しを伝えたら、依頼を受けてもらえなくなりそうだから黙ってるけど。
「どう?水車は作れそう?」
「まあ、あまり大きいものじゃないからな。真ん中の滑り軸受の部品さえ何とかなれば、数日で出来るだろう」
という職人の言葉通り、板に挟まれたハンドル付き水車、といった形状の大麦用風選機の試作機が数日で上がってきた。
「風力は、出口を細くするか、それとも回転数を上げるか。どっちがいいかなあ」
風力計などはないので、感覚だけが便り。
風の吹き出し口の広さを調整してから、エリン姉に合図をする。
「エリン姉、上から大麦を落として」
「はいはい」
丈夫に設けたY字型のスリットに大麦を籠から流し込んでもらい、落下する流れに横からハンドルを回して起こした風を当てる。
「おおーっ」
大麦の落下する流れから、藁屑だけが横に吹き飛ばされて、残りの大麦は下に置いた桶の中に落下した。
「これは…成功?」
「すごいわねえ…風の力ってこんなことも出来ちゃうんだ…」
桶の中に落ちた大麦を手で掬ってみると、驚くほど藁屑の混入が少ない。
ちょっと風力の調整は難しいけれど、まあまあ綺麗に大麦の風選ができた、と言ってよいだろう。
何よりも、器械を用いたとはいえ、子供の力だけで大人が労力をかけて行う仕事を代替できた、という事実は大きい。
将来的には、水車動力に組み込んで自動化もできるかもしれない。
僕は嬉々としてシグリズ様に「できました!」と試作風選機の完成報告をしたのだけれど、文官手伝いの2人のお嬢さん共々に頭痛をこらえるような仕草をするばかりで、あまり喜んではもらえなかったのは、ちょっと不満を覚えた。
「この道具!本当に凄いんですってば!ほら、こうやってハンドルを回すだけで、僕でもらくらく大麦の選別をできちゃうんですから…!」
もう!どうしてこの器械の凄さがわかんないかなあ…!
僕はシグリズ様の私室に持ち込んだ風選機を動かして見せながら、この器械がどれだけの人力を節約できるのかを頑張って説明を続けたんだけど、その結果、しばらくの間は風選機の外部へのお披露目や販売は禁止、ということになってしまうのだった。




