第191話 もう少しの策を練ろう 7歳 晩冬
子どもクナトルレイク大会も終わり、村には日常が戻ってくる。
春の開港に向けての猛烈な忙しさ、という日常が。
男衆は村に必要となる施設の建設に汗を流し、女衆は大量の羊毛を抱えて糸を紡いでいる。
「うーん…もうちょっと何とかしたいなあ…」
僕は村の人たちのブラック労働に心を痛めていた。
やむを得ない事情が重なってどうしても大量の仕事を強いる形になってしまっているけれど、それは決して本意ではないのだ。
男衆の建設業はね、一時的な需要だからいずれは落ち着くと思うんだ。
施設が出来上がりさえすれば、あとは維持やメンテナンスの仕事がメインになるからね。
もちろん建て替え需要とかは定期的に発生するだろうし、住宅需要も依然として高いから、仕事がなくなることはないと思うけど。そうだ、我が家も床暖房の方式にして煙突も作りたいんだった。
だけど女衆の忙しさの方はね、トゲトゲ板の発明のおかげで羊から大量の毛がとれるようになったことが原因なので、どうにか効率化しないと、ずっと忙しさが続いてしまうと思うんだよね。
糸の需要は、漁網、衣服、縄、帆など幾らでもあるからね。
なんとか糸紡ぎの効率を上げたい。
それが今、僕が考えていることなんだ。
「なんだあ?車を使いたいって?」
「うん。あの2つの車がベルトでつながってカラカラと回るやつ」
僕は鍛冶職人の工房を訪れていた。
鍛冶職人が金属製の滑り軸受による回転の滑らかさの技術展示のために作った2つの車輪。あれは、少し手直しするだけで、そのまま糸紡ぎに使えるはずだ。
「糸紡ぎの車にできないかな、って」
「糸紡ぎだぁ?」
糸紡ぎは女の仕事だからね。
家の仕事を手伝っていなさそうな鍛冶職人には想像がつかないのかもしれない。
口で説明するより見せたほうが早いね。
「見てて。ちょっとやって見せるから」
僕はズボンのポケットから羊毛と重りを取り出すと、糸を紡ぎ始めた。
母ちゃんやエリン姉が紡いでいるのを見ているから、真似事ぐらいはできる。
ドロップスピンドルに羊毛をかけ、重りを回転させながら羊毛を引き伸ばして糸に変えていく。
村でずっと行われてきた伝統的な糸紡ぎの方法だ。
「わかる?要するに、羊毛の塊を引っ張りながら回転させれば糸ができるんだ」
「ああ。まあ、それは見たらわかる」
先を続けるように促されたので、僕は展示品の車を指しながら説明する。
「ドロップスピンドルの回転を、あの車輪で与えたいんだ。大きな車を手で回したら、小さい車は速く回るでしょ?小さい車の軸をちょっと伸ばして糸を巻き取れるようにすれば、座ったままで回転と引張を同時に与えられるはずなんだ」
鍛冶職人は己の作品を触りながら、僕の改良案が可能かどうか検討し、可能であるとの結論に達したようだった。
「ふうむ…まあ原理はわかる。確かにちょっと手直ししただけで作れそうではあるな。小さい方の車をもう少し小さくして、軸を伸ばして糸をかけられるようにすればいいんだろう?」
「そう!その通り!…できそう?なにか手配を手伝ったほうがいい?」
僕の申し出に、鍛冶職人は首を左右に振った。
「いや。大した改造じゃないからな。1日もあれば出来るだろう。その後は実際に羊毛を紡ぐ人を用意してくれ。意見を聞きながら改良したい」
最もな申し出だったので、僕は人員の派遣を了承した。
でもよく考えたら、奥さんとかにお願いしたらいいのでは…。
いずれ足踏みクランク式にできたら両手が空いて作業もしやすくなるだろうし。
ただ、器械の改良は気長にやっていくつもり。
いきなり完成品はできないものだからね。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
いつものように長屋敷のシグリズ様のところに顔を出すと、眉間に縦皺を寄せて深刻な顔をしていた。
なまじ顔が整っているから、不機嫌な表情を浮かべているとすごく怖い。
「シグリズ様。どうかされましたか?」
僕の質問に、シグリズ様は深くため息を吐きつつ答えた。
「先ほど、兄からの使者が届いたのです」
「この海の天気で!?」
冬の海は荒れやすい。
鱈漁のために北方の男衆は命を賭けて冬の海に乗り出すけれど、それは長年の経験と経済的な必要性に駆られてのことで、決して普通のことではない。
「船で進めるところまで進み、あとは陸路で来たようですね。湿地や河川も冬ならば横断は容易ですから」
「ああ、確かに」
多くの物資や人員を輸送するのでない限り、冬は陸路の移動一択である。
不快や虫が発生し足を取られる湿地も冬は雪に覆われているし、夏は行き来を妨げる河川も凍りつき、高速道路のように平坦で通りやすくなる。
「それで?シグヴァルド様はなんと?」
「そうですね。何から話したものか…まず、あなたの献策への感謝が述べられています。
灰色の狼と羊を隠す犬の歌は面白おかしく改変されながら、様々な宴席や酒場で盛んに歌われているようです。
王とトーレル卿の郎党の間では、何度も小競り合いが起きているとか。それも単なる言い合いなどではなく、血を見るようなこともあったとか」
「うわあ…」
血を見ると言ってけど、手下同士で殺し合いがあったんだろうね。
冬の長屋敷は娯楽が少ないし、酒癖が悪くて乱暴な部下も多そうだものね。
誰かが ―― 十中八九、シグヴァルド様の手配だと思うけど ―― 両者が揃う宴席でうっかり市井の流行の歌として紹介しちゃったりして、互いに罵り合ってナイフを抜く事態にまで、加速度的に悪化する様子が目に見えるよう。
そうして一度血を流してしまえば、それが火種や因縁となって、ますます争いが増えるだろうし。
「それよりも、多くの村が参加したいという話の続報はありませんか。50の村がクナトルレイク大会に参加したい、という情報は事実なんですか?」
シグヴァルド様が中国の軍記物のように、二虎競食の計を生き生きと楽しんで実行しているのはわかったけれど、その結果を受けて実務を投げつけられる僕たちとしては、見込みではなくて確実な情報を知りたいんだ。
けれどもシグリズ様は、政治はそういうものではない、と僕をたしなめる。
「トール。政治というのは、人の集まりの心を扱うものです。同じ課題に対しても、あるときは賛成にまわり、あるときは反対にまわる。とても繊細で流動的なものなのです。
50の村が参加する、という意向も文章や契約書になっているわけではありません。
ある者は言葉だけでしょうし、またある者は言葉以外の雰囲気や関係で約したのかもしrません。昨今のように微妙な情勢の下では、王の標的になりかねない行動はできるだけ秘しておきたいでしょうからね」
それはわかる。政治や情勢が微妙なことはもの凄くわかるんだけど、実務者としては、それはとっても困るんだよね!
「まず今年の申し込みの期限をきりましょうか。それと予選参加チームが増えるリスクについては、さっさと推薦する村の方に押し付けてしまいましょう。
使者の方は、まだいらっしゃいますよね?」
「ええ。奥の方で特製の大麦酒を飲ませています」
シグリズ様の手配に感謝だね。もしも使者の人がいなくなっていたら、またぞろ春まで情勢がわからないところだった。
「ちょうど良い機会ですから、今のうちにシグヴァルド様に課題を投げてしまいましょう。ええと…」
僕はシグリズ様の私室に備えつけられている黒板に貝殻棒で書き込む。
「1.クナトルレイク大会のチーム数増加に伴い予選と本戦分離開催方式のこと
2.予選競技場の選定と審判員派遣制度のこと
3.大会費用と実施スケジュール見積もりのこと
まあ、とりあえずは、これぐらいで良いでしょう」
僕が粉を払っていると、シグリズ様は少し言いにくそうに、シグヴァルド様からの追加の要望として、もう少し策はないかと言ってきている、と教えてくれた。
「策。策ですか…」
僕は腕組みをして少し考え込んでから、いくつかの策を思いつくままに述べた。
「トーレル卿が財産を隠しているだけでなく、王位を狙っているとの噂を流しましょうか。サーガに加えて、差出人不明の羊皮紙が発見されると良いですね。
内容は、トーレル教が王位を目指すなら喜んで協力する、とかなんとか。
伝言役としては、王の長屋敷の奴隷を誰か買収できたら良いですね。どうせ大した待遇で雇ってないでしょうし。気前よく銀をばら撒いてください。
もっと直接的に、奴隷には『トーレル卿の部下が、卿が王になるのはいつなのだ、と酔って発言しているのを聞いてしまった』と言わせるのも良いでしょう。
ああ。同じことはトーレル卿にも仕掛けられますね。王はトーレル卿の謀反を疑い密かに始末しようとしている。王の呼び出しに従ってはならない。罠に自ら飛び込むようなものだ、とか。
トーレル卿の奴隷も買収してしまいましょう。こちらは王よりもよほど簡単なはずです。なにしろトーレル卿は、元の有力者の領地に無理やりおさまった形ですからね。地元の反感は強いでしょう。
…どうかしましたか?」
ふと顔を上げると、なんだかシグリズ様の顔が強張っている。
「…よく、それだけの策がでますね」
「いいえ。シグヴァルド様のことですから、これぐらいのことは当たり前にやっているんではないでしょうか?」
北方社会は情報伝達の手段が限られているし、情報の精度を評価する仕組みもないから単純に流言飛語に弱いんだ。
長屋敷の中で信頼のおけない奴隷を雇用しているのも駄目な点だよね、
そんなの買収し放題じゃないか。
情報セキュリティという面ではザルなのである。
戦争において隙があれば、そこは突いていかねば不誠実というもの。
情報に疎く人望がないのが悪い。
少しの議論の後、羊皮紙に内容をまとめて封を施してから使者の人を呼んだ。




