第190話 ルーン文字を憶えたなら 7歳 晩冬
「むに!むに!ふぎん!ふぎん!」
「あーはいはい。ムニは賢いねえ」
僕は得意げに鳴く丸い鳥の喉元を指で掻いてやりながら、どうすべきか考える。
うちの村はヴァルハラではないけれど、生活水準が高くなりそうなことは間違いない。食事は美味しくて家屋は清潔で娯楽もある。
おまけにとっても人手不足なのであるからして。
せっかくの機会なので、他所の村の子にさり気なく粉をかけてみた。
村の代表に選ばれるぐらいだから、この子達も村では上澄みの層だろうしね。
「ねえねえ。うちの村で暮らしたいの?もしもそうなら、村ではルーン文字の読み書きができる人を募集してるよ?ルーン文字って書ける?」
「ルーン文字ぃ?あれって魔術だろ?」
まあ、そういう認識だろうね。
だから僕は彼らの好きなクナトルレイクの面から認識を正すよう語りかける。
「違う違う。ルーン文字は魔術じゃなくて、クナトルレイクの試合のルールを書くのに使われてる実用文字だよ。
例えばさ、君たちの村のクナトルレイク競技場と、この村のクナトルレイク競技場は同じ大きさだったでしょ?試合も同じ長さの時間だったでしょ?ルールや反則の審判の判定は同じだったでしょ?それってすごく変なことだと思わなかった?」
僕の問いかけに、賢い子どもたちの何人かは疑問を抱いてくれたようだった。
「あれ?たしかに…なんでだ?」
「誰か詳しい大人が準備したんじゃないの?」
そこで僕はルーン文字の実用性を説明する。
「実はね、そこでルーン文字が役立ったんだ。クナトルレイク競技総則っていう、フォルセティ神が定めるクナトルレイクの試合や準備の細かいルールを書いた羊皮紙が、村長さんの家にあるはずだよ。
それを読めたら、もっとクナトルレイクだって強くなれるさ。
それだけじゃない。クナトルレイク競技総則を読んで憶えたら、村の大人の戦士達も、君たちに教えを請いに来るようになるよ」
「本当に?そんなことあるの?」
「大人だぜ!大人の戦士がそんなことするのか?」
北方社会では、大人の男がやっぱり偉い。
力も強いし、いろんな物事の経験もある。
そんな大人が子どもに教えを請う、という場面が信じられないようだ。
「あるさ!保証してもいいよ!だって知識には体の大きさは関係ないからね」
僕は胸を張って答えたのだけれど、あまり反応は良くない。
「ふうん…」
「なあ。それも肩のムニン様が教えてくれたのか?」
「いや、ルーン文字は頑張って憶えたんだ。そうだ!良かったら君たちの盾の裏にも名前を書いてあげるよ」
僕はサービスのつもりで言ったんだけど、難色を示される。
「ええ、名前か…それはちょっと」
名前を教えてルーン文字を刻まれるのは、ちょっと抵抗があるか。
「じゃあ好きな言葉を書いてあげるよ。オーディン様とか勇気とか勝利とか、なんなら結婚したい村の女の子も名前でもいいよ!刻むんじゃくてインクで書くから、気に入らなかったら軽く削れば消すこともできるし」
途端に、子どもたちは食いついてきた。
「ええっ!そんなの書いてもいいのか?」
「おいおい、ロルフはイーサの名前を書いてもらったらどうだ?」
「やめろよー」
「あはははっ」
じゃれ合う子どもたちが盾を持って列をつくったので、僕はルーン文字で一人一人に希望の言葉を書いてあげたんだ。
麗しきイーサに勝利を捧げる、とかね!
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
やがて午後の試合も終わり、大会の全て試合日程が終わった。
そのまま閉会式となる。
村長の短い言葉に続いて僕も挨拶に立つと、こちらを見て驚いている何人かの子たちと目が合った。
「大会に参加した皆さん、お疲れ様でした。
第2回世界大会の結果は赤の羽のフギンの連覇となりましたが、試合の内容は僅差でした。実力の差は去年よりも遥かに縮まりましたし、数年のうちに結果が逆転してもおかしくありません。
次の勝利は、鍛錬を続ける者の上にもたらされるでしょう。
しかし同時に、私は勝利よりも皆さんがフォルセティの名の下に、正しく戦ってくれたことを嬉しく思います。
実際の戦では、正しさよりも勝利に価値があります。
どんな卑怯な手を使っても勝たなければなりません。
なぜなら、敗北は死を意味するからです。
ですが、クナトルレイクは違います。
敗北から学び、成長することが出来ます。
フォルセティの名の下に、正しく戦ってこそ名誉が得られます。
正しく戦ってこそ、1000年の間、称えられる名誉が得られるのです。
今日、皆さんは正しくフォルセティの名の下に戦いました。
その名誉は1000年の間、称えられることでしょう!
フォルセティのために!」
「「フォルセティのために!」」
ガンガンと盾が叩かれる。
「フォルセティのために!」
「「フォルセティのために」」
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
閉会式が終わったら、村の人達も一緒に晩ご飯を食べる。
競技場に幾つも三脚炉がつくられ、温かいシチューの香りが漂ってくる。
「うめぇーっ!」
「おかわり!」
競技場では、試合を通して仲良くなった村の子どもどうしが混ざり合って、輪になって食べている。こうして見ると、どこの村の子か全然わからないね。
そして、どの村の子も、とても楽しそうだ。
ここ数日は大勢で一緒にご飯を食べるのが普通になっているので、明日から各自が家で食べるようになったら、とても寂しく感じるだろう。
他所の村の子どもたちには、この楽しかった記憶を大事に持って帰って欲しい。
そうして村の父ちゃんと母ちゃんに、どれだけ楽しかったのかを報告して、将来対立することのないよう、親を説得してくれるといいなあ。
そうそう。ルーン文字を憶えてきたら、ちゃんと雇用してあげるからね!
待ってるよ!一緒に頑張ろうね!
僕が無言のメッセージを視線に込めて子どもたちを見つめていたら、なぜか数人の子どもたちが不意の悪寒に背筋をぶるっと震わせるような所作を見せた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
その夜は試合で疲れていたのか、特に何事も起こらず。
僕とエリン姉は木工職人の工房から、白樺トンボを作りたい、という子たちのために、板と棒の端材をたくさん差し入れしておいた。
もう余計な指導とかしなくても、勝手に作るでしょ。
そして翌朝。
やっぱり去年と同じようなことが起きた。
「うう…村に帰らないー!」
「僕も、この村の子になる―!」
べそべそと帰りたくない、と泣く子どもたち。
本人たちは真剣なのだろうけれど、とっても微笑ましい。
どうしたものかな、と見守っていたらエリン姉が立ち上がり、大声で叱った。
「もう!男の子なんだから、泣いたりしないの!立派な戦士になって、ルーン文字も憶えたら、あなた達と結婚してあげてもいい、って言う女の子ぐらい、村に幾らでもいるわよ!そうでしょ?トール?」
ええっ、そこで僕にふるの?
まあ、いいか。
「うん。ルーン文字を読み書きできる立派な戦士になってくれたら、必ず村で雇います。約束します!だからしっかりと鍛えて学んでね!ね?シグリズ様?」
シグリズ様も、えっ?ここで私にふるの?という顔をしたけど、そこは人材収集に余念のないシグリズ様。
如才なく整った顔に笑みを浮かべて、優しく語りかけた。
「ええ。もちろんですとも。ルーン文字を読み書きできる賢い子どもは、いくらでも歓迎します。ご両親にしっかりと伝えて、しっかり学んでいらっしゃい」
「は、はい!」
「頑張ります!」
男の子は基本的に年上の美人に弱いからね。
何人かの男の子はすっかり頬を赤くして、しゃちほこばって返事をしてた。
あの子達のうち何人かが、実際にうちの村に来てくれたら楽になる、かもしれない。
やがて、子どもたちは来たときと同じように、クナトルレイクの盾を大事そうに荷にくくりつけて、スキーを履いて帰っていった。
僕は彼らの姿が、村の境を超えてフィヨルドの向こうに見えなくなるまで見送るのだった。




